第13話【コフリンムラ カンコウ ?】

 松明の焔が煤の味を漂わせる或る石部屋にて、容姿端麗知能明晰な一人のゴブリンが名推理を繰り広げていた。


 「はっは!!これは凄いぜぇ、なぁゴブミチよぉ!」


 漆黒を纏い白銀の剣を携えるそのゴブリンは、どこか普通とは違うオーラを纏っている。やはりおさの風格というものは隠せるものではないのだな。


 「コブの姉貴、その語り聞く方も虚しくなるのでやめてくだせぇ」


 「あん?……へぇ!?声に出てたか!!?」


 「そりゃ、外まで響くほど大きな声で」


 くっ、なんたる失態!!コフリン村の長たるこの私が、言霊すらも自在に操ることができないとは情けない限りだ!だが、ふふふ、右目の封印は解けてはいない。ならばまだ軽症だろう!


 「姉貴、また声に出てますぜ?」


 ……うっ、うぐ。顔が紅に染まってきたぁ。はずぅぅう。死にそうぅぅ。


 「で、何に気がついたんですかい?」


 「あ!そ、そうだそれだ!!聞いて驚け見て慄け、私の名推理が成した大発見だぞ!」


 大切な台詞を吐くときは深呼吸。恥ずかしさを紛らわせるのにも深呼吸。魔王様が一番最初に教えて下さったことだ。


 「私は見つけたのだ。ユウシャが脱走した痕跡を!!」


 「……一目瞭然、いやなんでもない」


 ゴブミチさんの生暖かい目を受けながら、ハッハッハッと高笑いする謎のゴブリン。何か厄介事が起こりそうなそんなイベントが出現したのと同時刻、ユウシャと機械っ娘はーーー


 【コフリン村:鬼笑滝】


 「なぁ、滝行たきぎょうって棍棒攻撃の強化に本当に繋がるのか?」


 「マスターの知識によると、滝行はどんなバトルにも勝てるようになる万能の修行だそうです。そのデータを元に検証した結果これが一番迅速かつ効率的に強くなれると確定いたしました」


 ……何故、滝行なんて始めちゃったんだろう。

 まさか機械にこれほど非論理的な話をされるとは思わなかった。というか、俺はもうおじいさんの部屋に漫画らしきものが積み重なってるのを軽く見てしまっているので、夢からは覚めてしまっている。しかしながら切なくも儚げなこのドヤ顔(無表情)は守らなくてはならないから、今更止めることもできなくてとても苦しい。なんかいい感じのイベント起こらねーかなぁ。


 「……てか、お前耐水機能もついてたんだな。もう流石というか逆に弱点なんだよって感じ?」


 「…………」


 3秒の沈黙、機械っ娘からの反応は無かった。

 ……おい、おいおいおい。ちょっと待てよ!?


 「機械っ娘!しっかりしろ機械っ娘ぉ!?メーデーメーデー、応答せよ何があった!!」


 「…………ふにゃ?おはようございますぅ、ニューマスター」


 「寝てただけかよ!?」


 たく、ガチで心配したじゃねえが。というかなんで話の途中で寝るかな、しかも本来睡眠を必要としない機械がだぞ?もしかしてわざとか?


 「水というものはなかなかに気持ちがいいものですね、マスターに止められていたので知りませんでしたが、身体の芯まで染み渡る感じがします」


 「……やっぱりお前、怖いから上がっとけ」


 それにしても、どうしてこの滝は日本名なのだろうか?前々から可能性としては考えていたがもしかしたら俺以外の転生者もこの世界にはいるのかも知れないな。まあ、合う気もないが。


 「ニューマスター、なんか視界がぐらぐらします」


 滝を出た機械っ娘が、重心を失ってよろめく。どうやら水にやられたらしい。


 「適当に体制変えつつ横になれ、一時間もすればマシになるだろ。それで駄目なら知らん」


 「ユウシャならもっと仲間を大切にするべきです。なのでもっと、何かしてください」


 「お前、機械なのに結構な頻度で言葉遣いが曖昧なときあるよな……」


 耳が痛い話だったのか、それとも単にスリープモードに移行したのか、背を向けて横になる機械っ娘からの返答はなかった。だがまあ、こいつらしいって言えばそれまでで、少し微笑ましくもあるから何も言うまい。機械っ娘と俺で楽しく旅ができれば、それだけで満足だ。機械が風邪をひくとは思えないが、一応近くの店で毛布でも借りてこようかな?いつも何かと笑わせてくれる御礼という訳でもないが。

 …………と、思った瞬間。轟音が鳴り響き機械っ娘の下の地面が"割れた"。


 「機械っ娘ぉぉおおお!?」


 天高く打ち上がる機械っ娘、見た目の割に重い(決して悪い意味などなく、金属だからという意味)その機体は複雑怪奇な軌道を描き、落下地点を悟らせてはくれない。そんな状況下において平常という名の無心に陥った俺は、総重量にして300kg超えの人型砲弾が自身の頭蓋に落っこちてこないようにするために、滝行を続けることにした。万能の修行よぉ、助けてくれたたたままえ!!!!


 結果、機械っ娘は水に落ちて直撃は免れた。しかしその威力は凄まじいもので、波しか当たらなかったとはいえ軽く蹴られたかと思うほどだ。そして、現在になって思うのだが……何があったぁ!?


 「ひとぉーつ、人に煌めく正義の心を」


 振り続ける水しぶきの霧の中、聞こえたその声は凛として力強い。


 「ふたぁーっつ、不死とも名高き魔王様のために」


 揺らぐ陽炎のような影でありながらも、確実にそれが強者であると分かる張り詰めた空気が揺蕩う。


 「みーーーっつう、ミンチにしてやりますぜぇユウシャさんよぉ!!!」


 霧が消えたそこに居たのはーーーゴブリンの美女だった。それに対して俺はーーー


 「正義の心など無いので付き合ってください!!末永くよろしくお願いします!!」


 「ニューマぁズター、最低でず……ぶくぶくぶく」


 告った、とても力強く告った。水に伏す機械っ娘を見捨ててまで告った。だって、めっちゃ、良かったから!!

 引き締まった腹部に、暗い緑の肌が良く映える。どことなく民族的で活発な雰囲気を醸し出しているのだが、それでいて育ちが良さそうな仕草を要所要所に見かけるのがマジでギャップで、本当にカワイイしカッコいい。碧眼も相まって『根は優しいんだけれど無理に強がってる系清楚キャラ』みたいなものが見え隠れしてて好き!最後のはおよそ願望みたいなものだけど!


 「いや、もうどうせなら籍を入れましょう。ユウシャ辞めます!」


 「ぶくぶくぶく……ニューマァスダー、コろずぞテメェ」


 なんか聞こえるけど、聞こえない。今はこの素晴らしき出会いを噛み締めたい、十年後百年後も忘れないような色彩をメモリーにインプットするのだ!!


 「お、おい!止めろぅ、恥ずかしいだろうが!?ふざけているのか!!」


 赤面するゴブリンの美女、仮にこの方をゴブリン娘と言う。は、とても恥ずかしそうにしておられる。正直尊みが深くて死にそう、まさかこれが狙いか?だとしたら何という策士!何という強者!全く勝てる気がしない!!


 「カワイイです」


 「なっ!?あぁぁっもういいから戦うぞ!お前がユウシャとして戦ってくれないと私が魔王様に褒めてもらえないんだよ!!」


 苛立ち、怒るその姿、それはまさしく至高なり。撫子の花も恥じらうであろうこの方は、どうすれば判を押してくださるだろうか?……そうだ、戦わなければいい。


 「この書類に判子を押してくださらない限り、私は正々堂々戦わないことを誓います」


 「その紙どこからだした!?てか、へ?ユウシャなのに戦わない、のか?」


 急に凹むゴブリン娘、可哀想は可愛いと言う言葉になんとなく共感できずにいた俺だったが、今は心の底から良き言葉だと思える。つまり何が言いたいかというと、kawaii。


 「いい加減にしろ、ニューマスター」


 急に耳元で、やけにはっきりと亡霊の声を聞いた。そして次の瞬間には…………暗転。


 「ニューマスターが大変迷惑をおかけしました。事情を把握したいので場所を変えましょう、ちょうどそこに茶屋がございます」


 「あ、えっと……はい?」


 ゴブリン娘は困惑した。


 【コフリン村:鬼笑茶屋】


 「自己紹介してください」


 「あの……ユウシャ起きてないけど……」


 「奴はいいのです。これは所謂ガールズトークというものです」


 私は、思う。何なのだこの状況は!?それとこれはどう考えてもガールズトークなるものではない!!!ただの茶会だ!!


 「では私から紹介しましょう。私は、機械です」


 …………えっ、それだけ?しかも無表情だし、それでいてどうにも積極的だし、私この子のこと分からないかも。というか、機械なのか、そうなのか……。


 「次、ゴブリンの方」


 「えっ、あっははい!えーゴホン、私の名は白銀世界の鎌鼬『コブ=コリン』!!このコフリン村を代々治めてきた家系の現当主であり、この村及びここいらの森を管理ぃ……いや支配しているものだ!実力を見込まれて現在は魔王様に四天王の地位をいただ………」


 「長いです。要約するとなんか凄い方でしょうから、それで」


 「この機械、話聞かないのな!!?」


 というか、私が言うのもなんだけど攻略に結構重要な情報があったと思うんだけど?それ聞かなくて良いの??もしやこの機械ポンコツ?


 「現在、失礼なことを考えていたと推定します。それを心得た上で、問、『変質者から貴方を救ったのは』?応えないとこの店が消えます」


 「すいませんでした機械様ぁぁああ!!」


 うぅ、どうしてこんな状況に……。

 本来ならカッコいい決め台詞(異議は認めない)で華麗に登場してユウシャを完膚なきまでに圧倒、首を肩に下げて魔王様へ報告に行きめいっぱい褒められてハッピーエンド!ってシナリオだったのに、それなのに、ユウシャは爆睡してるわ連れの機械は話を聞かないわで、しかもちゃっかり勘定表が私のところに移動してるわで何もかもめちゃくちゃじゃん!!本当に、なんで!?うぅ。

 そりゃまあ、戦いで負けたとかならまだ納得のしようがあると思うけど、ユウシャ戦ってないしそもそもなんかあの人変だしで、もう何もしてないのに敗北感がすっごいの。脱力感とも喪失感とも言えるかもね。で、勘定だけど、私お金持ってないよ?


 「もし代金が払えないようでしたら、身体で払ってください」


 「そこはツケとかじゃないの!?なんで最初にその発想が出てくる!!?」


 「ゴブリンがそういう種族であることは、マスターから聞いております故」


 ……この娘を作った人も、また変人なのだろうか?そして、資料という文字の箱に薄くも内容のアツい本が詰められている光景がやけに鮮明に想像できるのは、何故だろうか?あまり人を疑うのは良くないことなのだろうが、どうしても会いたいとは言えない人であると断言できてしまうのは、何故だろうか?


 「……店員さん、ツケでお願いできるでしょうか」


 取り敢えず、そんな展開は村の長としても一人の女性としても嫌なので、最悪土下座ぐらいはする覚悟で店員さんを呼ぶ。こんなことになるんなら、鬼笑区間の予算をもっと潤沢にしておけばよかった。

 トットットッという軽い足音と共に、店員さんが駆けてくる。麻を生地とした涼しい色の給仕服がちょうど今の季節にあっておりなんとも和やかな空気を放っていた。こんな状況でなければ着せてもらったのに、残念だ。


 「ツケですね、承知いたしました。ではこちらにお名前とご住所をお書きください」


 「……あっ、はい。いやぁこういうの初めてでちょっと心配していたのだが、杞憂だった、よう……だな?」


 その瞬間、絶句。目の前にいたのは、いやいらしたのはどなただと思う?翡翠のような綺麗な角に、複雑に絡み合った五芒星の紅い瞳、流れるような白い髪と、給仕服の背から伸びる半身ほどの翼。そう、そこにいらしたのは我らが偉大なる王。その名もーーー


 「魔王アリス・フル・ゲート・ブレイクベル・ナイト・フリーク・ハイド・ビターアップル・ブラッド・ラバー・ホワイト・エンズ・シャルロッテ様!?ご、ごごご無沙汰しておりました!」


 「意見提示、とにかく長いからアリスと称しましょう。これが却下された場合、魔王の名称は「ア」となります」


 「フッフッフッ、吾輩の正体に気づくとは流石は四天王!良い心がけよ!!……して、吾輩の名がいつの間にか52/1スケールに成り果てているのだが、どうしてくれようか?この娘、滅ぼしても良いな?」


 魔王様はそう言うと、極黒獄ごくこくごくという大魔法を指先に集中させて、ごまのような浮遊する破壊兵器を作り出した。極黒獄は範囲内の万物を焼き尽くす魔法で、性質としては結界に近い。触れさえしなければ燃えないこの魔法は、この店を巻き込まないための配慮だろう。

 ……一方、機械の方は何やら黒い魔力球を作り出している。割り箸だったはずの煤が店内に霧消する様は見ていて大変心苦しい。魔王様の配慮など鼻で笑うかのように、いや、実際に鼻で笑って「質量イコールパワー、パワーイズジャスティス!!」とかほざいているので心の底から呆れ果てた。これでも自称機械、なのだよな……。


 「あの、お二人様。店内での喧嘩はお止め下さい」


 仲裁に入らないと死ぬ気がしたので、勇気を出して双方の魔法に板挟みにされる。結果、魔王様が先に引く形で場が収まってくれた。良かった、大事に至らなくて。……けど、機械、あなたは魔力供給こそ止めているけど魔法陣自体は消してないですよね?魔王様が黙認しているから免れているが、本来の決闘ならそれ死刑ものだからな!?


 「魔王に質問、事前情報として返答が強制であることを開示。何故こんな辺鄙なところに魔族の王がいる?」


 「吾輩は強制されることを嫌うが、今回は特別に応えてやろう!……秘書にな、暇だったら社会勉強でもしてこいと追い出され、現在はこの鬼笑茶屋で給仕の仕事をやっているのだ。料理にソースで文字を書いたり、前衛的な呪文で味を整えたりするのは楽しいが、流石にもうそろそろ帰りたい」


 ……秘書さん、そろそろ魔王様を帰してあげてください。我らが偉大なる王は今、茶請けの団子を丸めながら苦しんでいます。


 「元気だしてください、魔王様。ほら、なんというか……そのお召し物も大変似合っておりますし」


 「言われても嬉しくないが!?」


 「魔王に対して感嘆、給仕する様がお似合いですね、わら。魔法を練るよりも団子を練る方が適していると鑑定いたします」


 正直、私は本当にカワイイと思ったから言ったのだが、どうやらそれを悪用されてしまったらしい。すみません魔王様。魚に水、というより機械に潤滑油を渡してしまったようです。


 「もう良い!こうなったらお前らにも付き合ってもらうぞ!!」


 梁の高さまで給仕服が飛んで、それが一気に落ちてきた。どういう原理か分からないが、気がついたときにはすでに私は給仕服をきていた。何が起こったのか分からねぇと思うが、私にも分からない。こういうときは脳筋だったじいちゃんの常套句じょうとうく「まほうってすげぇ〜」の出番だろう。というか、なんだ。これ凄く恥ずかしい。


 「何しやがるでございますか。あの服はマスターが見繕ってくださったものなんです、返却を強要します」


 無表情で、だが魔法陣に再度魔力を込めながら言う機械。顔の作りとしては大和なる異界のマンガなるものに出てくるものに近いが、彼女の材質は西洋的である。陶磁器の人形にも似た顔質は麻の給仕服と同じ東西のハーフ、つまりギャップでありながらもギャップでない、そんな奇妙で魅力的な関係がそこに存在していた。認めるのは悔しいけど、なかなかに美しく出来上がっている。


 「フッフッフッ、なかなか似合っておるではないか機械っ娘よ。茶屋の看板娘にでも転職したらどうじゃ?」


 「うるさいです。あなたには魔王職よりも給仕が適切であると測定いたしましたので、これからはそう名乗って暮らしていくのが最良だと進言します」


 お二方の仲の悪さに拍車がかかってしまった。

 けど、今はそこには目を瞑って、私は鏡を見ようと思う。実は田舎者ながらファッションとかにも憧れを持っていたりするので、店に入ってからずっと気になっていたこの服を着れたことには素直に胸が弾んだ。それに、魔王様以外の店員さんは全てゴブリンだったはずだから、肌の色に合うかなんて気にせずに着れる。これは私にとっては非常にありがたいことなのだ!

 さて、お手前は……


 「あの、魔王様」


 「「なに?」」


 なぜか機械も反応したが、深いことは考えずに悲痛な現状を話す。


 「胸のサイズが……致命的に合いません」


 そう、そこには今にも見えてしまいそうな二つのたわわが実っていた。大抵が避難したと言えども、ふと人が現れるかもしれないこの状況、非常にマズイのはお分かりだろう。故に私は、半べそをかきながらも魔王様にこの状況を打壊する"何か"を懇願する他なかった。すると魔王様は神々しさすら感じる優しい微笑みで、私の側に寄り添ってくださる。その後ろには、無表情が少し歪んで笑顔になった機械がいて、そして、二人はーーー


 「「残念だが消えてもらう他ない」」


 と、息ぴったりに大魔法を使用したのでした。うぅん?うん!?


【コフリン教会】


 「おはよう、マイハニー」


 「……」


 10Gの教会で一緒に蘇生された【ヘンタイユウシャ】が呪われているのかと思うほどうざいのだが、どうすればいい?

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