フィナーレ②

 先頭集団は二十名弱、レースはここからだ。

最大勾配27パーセントの坂を唯を先頭に駆け上がっていく。唯の身体はよく動いている。ここで数名が脱落していった。


 何度も何度もきつい坂が目の前に現れる。身体の消耗が少しずつ大きくなり、身が削られていく。それでも十人程に絞られていた選手達は諦めようとしない。意地と意地がぶつかり合う。


 きっついぜ。これがレース。オレが求め続けていた世界。戻ってきたぜ。身体はまだ動く。突き抜けろ! オレ!

 唯は思い切り駆け抜けた。



 ボトルを渡し終えた勝、史也、凛の三人は、先にその場に来ていた若林達の応援団と合流しゴール地点にいた。その頂上も晴れ渡っている。標高が3275メートルもあるというのに半袖短パンでいても寒くない。


「もうすぐ先頭走者がゴールする模様です」

 響き渡る場内アナウンスに会場の興奮がグッと高まる。大会関係者を押しのけるように観客達がゴール地点に大勢集まってきた。


 最後の直線。先導車が見えてきた。

 どよめきと拍手が鳴り響く中、先導車が通り過ぎる。集まっている人達が皆一斉に息を飲む。皆の視線が同じ所に注がれている。


 ひとりの選手が現れた。一人? 

 3メートル程後ろにもう一人、いやニ人が並んでいる。少し間が開いてもう一人。この四人の勝負だ!


 先頭の選手は物凄い勢いでニ番手の選手を大きく引き離す。そして両手を天に突き上げてゴールを越えた。

 続いてニ番手、三番手の選手が同じ位の間隔でゴールし、四番手の選手は大きく遅れたが両手を挙げてゴールラインを越えた。



 わーっ!という歓声をかき消すようにゴール地点は混乱していた。

 雰囲気が何かおかしい。何が起こったのだろうか。大会関係者達の動きが激しい。


 ゴールした四人の選手達。そこに座り込んでしまっている選手もいるが、何かめているようで慌ただしい。史也も凛も状況が読めずに困惑している。


 集まってきた大会関係者や史也や凛に向かって、ゴール直後の風斗が息絶え絶えに何か必死に話している。

 しかし、益々混乱は激しくなり、時間だけが流れ、選手達が次々とゴールを駆け抜けていった。



 突然、風斗が壇上に上がり、マイクを片手に叫んだ。

「 ハァ〜、ハァ〜、聞いてくれ!」


 まだ息は上がったままで、必死に呼吸を整えようとしているが、風斗自身が混乱して興奮している。


「唯は、天に‥‥‥。蝶になって‥‥‥。最高に気持ちいいって‥‥‥」

 声は震え、自分でも何を言ってるのか分からない。


 大会役員が椅子を持ってきて風斗を座らせた。

 風斗はうつむいて、何度か深い深呼吸を繰り返し、全身の震えを抑えようと努めた。そして、静かな口調で語り始めた。


「今日のレースがスタートして‥‥‥。リアルスタートが切られるまでの間、唯は色んな事をオレに話してくれた」


 会場が静まり返った。すぐにその言葉は英語と中国語に翻訳された。風斗は冷静さを取り戻し、話を続けた。


「唯が小学生で初めてロードに乗った時の事、オレの父さん史也に憧れてロード選手になったって事、唯のお父さんが亡くなって自転車をやめようと思った事、改めて自転車に乗る喜びを教えてくれた人の事、インカレの時初めて人の力を貰って走れる事を知ったって事、その直後の事故の事、オレの母さん凛の優しさに惚れた事、車いすラグビーとの出逢い、東京オリンピックパラリンピック、頸髄再生手術、オレが生まれてからオレの成長に合わせて自分の身体を進化させていったっていう事、国内ヒルクライムレース、そして台湾KOMへの挑戦の事。


 唯は言った。『今日、オレは人生の中で最高のレースをする。でもこの後どうなるかは分からない。ゴール出来るかどうかも分からない。もしオレがゴール出来なかったら、会場に来ているみんなに伝えてほしいんだ。、と』って。


 オレは唯に『自分で言えよ』って言ったら唯は『ああ。もし何かあったら、お前はレースで見た事をありのままに皆に伝えてくれ』って言ったんだ」


 会場にいる全ての人達が真剣に風斗の話に耳を傾けていた。

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