ファイナルに向かって①

 帰国後、史也と凛に一通りの出来事とこれからの事を伝えた。「来年のKOMで『team Faith』は最高の締めくくりをする」と言ったニ人の覚悟をしっかりと感じとってくれた。


 史也と凛は『team Faith』の締めくくりの日をお世話になった沢山の方々と一緒に祝いたいと考えていた。

 風斗の四歳の誕生日、唯が再び自転車に乗れるようになった日を大勢の人達でお祝いしたように、その日を迎えたい。


 来年はニ泊三日の台湾KOMツアーを組む事にし、唯と風斗がお世話になってきた人達や友人達に声を掛けた。

 かつて唯と深い友情で結ばれていた勝も、今もお世話になっている主治医の若林も喜んでツアーに参加すると言ってくれた。

 あまり大人数でのツアーを組む事は難しかったがニ十名程が一緒に台湾に向かう事に決まった。



 唯の身体はどんどん変わっていった。普段の身体の不自由さはあまり変わらなかったけれど、自転車に乗って何かスイッチが入ると、身体が少しずつ自由に動くようになっていった。

 勿論、健常の頃より力はずっと落ちてるから、風斗が本気で走る時は付いていく事なんか出来ない。それでも、ちゃんとトレーニングが出来て、回復して、日に日に走れる感じが増していた。


 唯と風斗は予定を合わせられる時は出来るだけ一緒にトレーニングをし、その日に向けて猛練習を重ねていった。

 唯はどんどん動くようになっていく身体への感謝の気持ちと、猛練習出来る喜びを噛みしめながら充実した日々を送っていった。



 決戦前夜。

 唯、風斗、史也、凛の四人はレースのスタート地点から5キロ程離れた大会のオフィシャルホテルにいた。大会のセレモニーを終えて、四人で早めの夕食を済ませて部屋に戻った。

 唯と風斗が同じ部屋、史也と凛の部屋は同じ階のエレベーターを挟んで反対側の部屋だ。


 部屋に入った凛はカーテンを閉めようとして外を見た。窓を少し開け、暗くなった空をぼんやりと眺めていた。

 一風呂浴び終えた史也が隣にやってきた。


「星が綺麗なの」

 凛が視線を変えずに言うと、史也は優しく凛の左肩に手を置いた。

「唯の所に行ってこいよ」


「え? だって‥‥‥」

 涙が溢れ出そうだったので上を向いてごまかした。


 史也は優しく微笑んだ。

「行ってこい」



 時を同じくして、唯と風斗は自分達の部屋に戻るとそれぞれのベッドに寝転んでいた。唯と風斗はニ人で沢山の時間を過ごしてきたはずなのに、二人共なぜかこの時間を居心地のいいとても貴重な時間に感じていた。


 唯はベッドから車いすに移乗して窓を開けてしばらく空を眺めていた。何の音も無かった心地いい空間に静かな声が生まれた。


「唯、母さんに会ってこいよ」

 風斗の声だった。


「え?」

 風斗がそんな事を言うなんて思いもしなかった。この心地いい空間に浸って空の星を見て、凛さんのピアスみたいだなってほんの少しだけ考えてしまった事を読まれてしまったのか?


「いいじゃないか。行ってこいよ」

 唯は窓を閉めて車いすを漕ぎ出した。

「じゃ、ちょっとだけ。サンキュー」

 そう言い残して慌てて出ていった。



 エレベーターの近くまで来た時にニ人はほぼ同時に相手に気づいた。心構えが出来る前に会ってしまったのでニ人共一瞬歩みを止めた。


 凛が左手を振りながら再び歩み出した。唯は照れ臭そうな顔をしながら漕ぎ出し、エレベーターの所で一緒になった。


「唯、どうしたの?」

「風斗の奴がさ。凛さんに会ってこいって言うもんだから」


 凛の顔がほころんだ。

「え? 風斗が? 私もね、史也が唯に会ってこいって。偶然ね。唯、下に降りて一緒に星でも見ようか」


 唯はちょっとドキドキしたが、平静さを装い「はい」と言った。


 外に出るとムワッとした生ぬるい空気が漂っている。十月の夜とは思えないが、ここは台湾。


「星が綺麗に見えそうな暗い所までちょっとだけ歩こっか」

「はい。何かオレ、若い頃に戻ったみたいにドキドキしちゃうな。凛さんの話し方、以前のまんまだし」

「もうこんなにおばちゃんになっちゃったけどね。唯こそいつまでたっても私にとってはカッコいい青年よ」


 そんな会話をしながら暗い所を目掛けて進んでいくと小さなベンチがあった。


「あ、あそこに座ろうかな」

 凛はそこまで行くと腰を下ろし、唯は隣に車いすを止めた。

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