宴の後②
「変わらない。やりたい事は変わらない。自分では気づけなかった自分の力がどんどん引き出されていくレースは魅力的な世界だし、セルビアにあんな風に言ってもらえて嬉しかった。
けど彼らの本気の力がどれ程凄いか、本場のレースは本気になれない奴には通用しない世界だって事は、唯の方がよく知ってるだろ?
オレ、夏にロシアいったろ? 雪豹の調査に特別に同行させてもらえたんだ。誰にも言ってないけど凄い体験をした。
単独での行動は禁止されていたけれど、オレは気持ちを抑える事が出来ずに、誰も見ていない時にちょっとだけ決められたルートを外れてみたんだ。
その瞬間は突然やってきた。
後ろに何かハッとする動きがあったような気がして、振り向くと、それはそれは神々しい、この地球上のものとは思えないような美しい姿をした雪豹が目の前をゆうゆうと歩いていたんだ。
オレは息を飲んだ。雪豹はオレを恐れる様子も気にする様子も全く無く、そのままゆうゆうと通り過ぎていった。オレは数十秒の間、そこに凍りついていた。
夢のような空間だったけど、凄まじい冷気と殺気のような物さえ感じたんだ。
雪豹は姿を確認するだけでも難しいって言われているけど、オレは気配を感じる事が出来るし、数年後には自分自身の能力をここで思う存分発揮出来るって確信してるんだ。
あと一年、専門学校に通ったらロシアに行きたいと思ってる。そしたら自転車には力を注げなくなると思う。レースは来年を最後にしようと思ってるんだ。
唯、オレは今日、誰よりも速く一番でゴールした。自転車でやりたい事はあと一つだけなんだ。
唯との勝負だ。
乗鞍でもKOMでも、オレより強い選手がオレの力を引き出してくれた。今度はオレが唯の力をもっともっと引き出してやるから」
「風斗は赤ちゃんのときからずっと、オレの力をたくさんたくさん引き出してくれてるじゃないか」
「まだ足りないんだ。唯の力はこんなものじゃないから」
こんなに熱い風斗は初めてだった。
「風斗、ありがとな。でもオレ、もうギリギリなんだ。オレ、死んじゃうかもな」
「そんな事は分かってる」
「えっ?」
「死ぬのが怖いのか?」
真っ暗な部屋が揺らいでみえた。
お前の言ってる事、オレの心の声なのか?
さっきから風斗が言ってる言葉は、風斗の声なのか自分の心の声なのか、唯には分からなくなっていた。
「唯の本当の心の声を聞けよ。オレはいつだって唯の心と一緒にいる」
風斗はそこで言葉を切った。そして最後にひとりごとのように言った。
「今日はメディスンプレイスに唯を連れていこう」と。
メディスンプレイスか。風斗も凛さんに教えてもらったのかな?
唯も自分の本当の声を聴きに、今からメディスンプレイスに行ってみる事にした。素の自分を求めて。
レースを終えた日は身体は疲れ果てているのに気持ちが高ぶり、眠れない事が多い。今日も全く眠れそうにない。
唯も風斗もしばらくはイメージの世界の中で自由に遊んでいたが、そのうちニ人共まどろみの世界に落ちていった。
風斗は唯を連れて野生の雪豹が住んでいるロシアを訪れていた。ニ人が楽しそうに探索していると、突然すぐ近くに冷んやりとした殺気を感じた。
叫び声を出す間もなく、茂みから雪豹が飛び出してきて唯に襲いかかった。車いすごと唯が倒された。
風斗はビックリして飛び起きた。
「夢? か?」
隣を見ると唯が苦しそうにうなされている。
「唯、唯、大丈夫か?」
唯が目を覚さないので電気をつけて唯を揺り動かした。
突然唯がガバッと起き上がった。肩で息をしている。
「雪豹に襲われた」
しばらく呆然としていた唯が現実に戻ってきた。
「あー、夢か。良かった。ビックリした。リアル過ぎた」
「そ、そうか。なら良かった」
風斗も動揺していた。
「オレも今、同じ夢を」
風斗がそう言いながら、唯の顔を見て固まった。
アザ。風斗にもカートにもある獣の3本の爪痕が、唯の右の頬に薄っすらと刻まれているではないか!
「ゆ、唯! 同じアザが‥‥‥」と言いながら、急いで鏡を取り出してきた。
「こ、これで顔、見てみろよ!」
「え?」
唯は鏡を見ながら右の頬のアザを
「どういう事?」
ニ人はキツネにつままれたようにしばらく唖然としていた。
「もしかして」
風斗の目が輝いた。
「いや、もしかしてじゃなくて、これはきっと、いや、きっとじゃなくて、必ず、絶対、うまくいく。
唯、喜べ! 雪豹の神様が唯に力を与えてくれるはずだ。
Faithの力。来年の唯の誕生日は『team Faith』を最高の形で締めくくってやろう!」
「あ、ああ。どうなってんだか分からないけど、オレ、嬉しいよ。風斗とカートと同じ模様のアザ。今はまだ薄っすいけど、風斗と同じ位浮き上がらせてみせるぜ。風斗先生、よろしくな」
そう言って唯が笑うと、風斗は少し口角を上げた。
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