宴の後①

 ゴールした選手達には美味しそうなランチボックスが配られ、充実感に満ちた至福の時間が流れていた。


 唯はちょっと具合が悪くて食欲がないからと、風斗がニ人分をたいらげた。

 車でも下山には時間がかかるので、唯が横になって帰れるように特別に車を用意してもらえた。

 風斗も一緒に乗り込み、唯の隣りに座って時々唯の様子を見ながら目を閉じていた。時々痙攣を起こして辛そうな唯を見ているのは風斗も辛かった。


 唯は凄いな。全力を出し切ったんだな。あの身体であんなに走れるなんて。もう終わりにしろよって言ってやりたい。けど、唯はこんな所で終わっちゃいけないんだ。絶対に夢を実現できる人なんだから。

 どうか神様、唯をこれ以上苦しめる事なく、だけど夢を実現させてあげて下さい。

 唯を見ながらそう願わずにはいられなかった。



 その夜のパーティー会場。バイキング形式で様々な美味しい飲み物、食べ物が食べ放題だ。厳しいレースから解放されて、好きな物を食べ、色んな話が飛び交い、楽しい宴が繰り広げられていた。

 

 少し元気を取り戻した唯を連れて、風斗は少しだけ会場に顔を出した。

 そのタイミングでニ位になったセルビアと風斗を王が呼び寄せ、壇上に上がらせた。

 会場に拍手が起こった。


「KAZATO! 今日の走りは素晴らしかったぞ。ツールで待ってるぜ。コテンパンにやっつけてやる!」


 風斗はセルビアに深く頭を下げた。

「Thank you.今日、オレは信じられないような力を出せた。それは貴方と戦う事が出来たからです」


 会場が拍手で沸いた。唯はその光景を下から嬉しそうに眺めていた。


 唯と風斗は王に丁寧に挨拶をしてパーティー会場をあとにした。 

 別れ際、王が言った。

「素晴らしいレースをありがとうございました。どうかお身体をしっかりと休めて下さい。来年の大会は十月三〇日。唯さんのお誕生日ですね。また是非ご参加お願い致します」と。



 部屋に戻り、自力でベッドにも上がれない唯を風斗が介助し、風斗も横になった。

「今日はもう休もう」

そう言って、風斗は電気を消した。

 真っ暗な沈黙が続いていた。


「風斗、まだ起きてるか?」


 目をつぶって、これまでの唯との思い出を思い浮かべていた風斗はハッと目を開けた。


「起きてるよ」

 そう言って唯の方を向いた。真っ暗で何も見えなかった。


「風斗、すげー事やったな。本当におめでとう。ちょっと話聞いてくれるか?」


「ああ、勿論」


「なんか、オレ、疲れちゃったんだ。ゴールしてこれで終わりに出来るかなって思った。今の自分を全て出し尽くせた。もうこれ以上速くも上手くも走れない気がする」


 唯は風斗のねぎらいの言葉を待っていた。


「そんな事言うなよ」

 間髪いれずに強い口調が返ってきた。

「完走しただけで終わっていいのかよ。唯の力はそんなもんか? 風谷唯って何なんだよ」


 グサッときた。

 今のはオレの声か? オレの心の声かなのか? 


 風斗の方を振り向いた。真っ暗で何も見えない。見えないはずだった。

 見えないはずの所にキラキラと輝く美しい一粒の光が見えた。


 涙? なぜ光ってる? 灯りも無いのに。どんな宝石よりも美しい涙に見えた。

 こいつは何て美しい涙を流すんだ? 四歳まではいっぱい泣いてたけど、その後、風斗の涙なんて見た事がなかった。どんな気持ちで今の言葉を言ったのか、その涙が語っているような気がした。

 唯は何も言えず、話を切り替えた。


「風斗、もううんざりかもしれないけど、もう一度だけ言わせてくれ。お前は凄い。今回のレースでも三時間半の間に大化けした。乗鞍でもそうだった。

 お前の適応力は尋常じゃない。本場でまれれば凄い選手になれる。ツールの山岳王に挑戦状叩きつけられたんだぞ。どうするんだよ」

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