二回目の挑戦①
ニ回目の挑戦。
それぞれが置かれた環境の中で一年間、この日を目指して出来る限りの事をしてきた。
唯も風斗もいい表情でスタート地点に立っていた。今回も王さんを初め、台湾の方々や一緒に挑む選手達が暖かく迎え入れてくれた事が嬉しかったし、あとはやってきた事を全てぶつけるだけだ。
昨年同様、天候にも恵まれたレース日。出場メンバーは昨年以上に豪華だ。中でもその年のツール・ド・フランスで山岳王に輝いたセルビアが優勝候補筆頭だ。
スタート時刻は昨年より三〇分早くなり、日の出間もない朝6時、選手達が一斉にパレードを開始した。
昨年と違い、唯と風斗は招待選手として最前列からスタートを切った。唯は集団内で走れる安定した走行が可能になっていたが、不意を突かれた動きへの対応が咄嗟に出来ないので、安全マージンを大きく取る事は必須だ。唯と風斗は安全そうな位置を確保しながら順調にレースを進めていた。
ほぼ平坦の十数キロのパレード区間は集団でゆっくりと進み、正式スタートが切られてペースが一気に上がった。
その直後に、なんと唯の目の前の選手が落車!
突っ込む、もうダメ?
フルブレーキングをしたがペダルを外す事が出来ない。
咄嗟に何かに支えられて転ばずに済んだ。
「危なかったな」
風斗が支えてくれていた。
「サンキュー風斗、助かった」
完全に止められる形になってしまったが、ここで終了させられる羽目になっていたかもしれないと思うと、この先の怖いものが一切なくなった。
唯がしっかりとリカバリーしているのを見て風斗は「唯、無茶するなよ。オレは勝負してくる。ゴールで会おうな」と言って、スルスルと集団の前方に上がっていった。
風斗には集団走行の経験が殆ど無く、多人数で走ったのは国内のヒルクライムレースニ回と昨年のこの大会だけだ。
集団走行では四方八方を周りの選手に囲まれているので慣れないうちは恐怖感を伴い、ズルズルと後退していってしまいがちだ。経験を重ねてそのコツを習得していくのが普通だが、稀に最初から上手く走ってしまう者もいる。風斗は誰に教わる事も無く抜群のセンスを持っていた。
誰に教わる事も無く?
確かに直接教えてもらった事は無いが、彼は野生動物の群れの動きを見る事で自然に彼らから学んでいた。
群れを率いるリーダーの動きと、その群れの中でのそれぞれの役割。渡り鳥の群れの先頭交代。
幼い頃から見続けて、今は専門学校で彼らの動きを研究し学んでいるのだ。
力がある。センスもある。この一年間はこれまでの中で一番熱心にトレーニングにも励んできた。
それでも、今年ツール・ド・フランスで山岳王に輝いたセルビアとの力の差は歴然だ。両者が真剣勝負をしたら風斗は箸にも棒にもかからない筈だ。
しかし、このレースに臨む意気込みが違う。
セルビアは九月に行われた世界選手権を終えてシーズンオフに入り、既に一ヶ月が過ぎている。大会主催者に招待されてここにやってきているが、セルビアにとってこのレースはお祭りのようなものだろう。
風斗は思っていた。
オレは一年間この日の為にやってきた。勝算ゼロという事は無い。思い切り挑戦してやる、と。
ペースは昨年より速く、85キロ地点からの下りを終えて先頭集団は六名になっていた。勿論、セルビアと風斗の姿もそこにはある。
しかし、セルビアの調子はあまり良さそうに見えない。集団を引く時間も短いし、上手く立ち回っている感じだ。風斗はニ人での勝負を考えていた。今のセルビアの余力は自分よりはあるだろうけど、凄味を感じる事は無い。
逆にセルビアは生き生きと躍動感に溢れている風斗を警戒しているように見える。
およそ90キロ地点で勾配の変化を利用して風斗がアタックすると、そこに付いてきたのはセルビア一人だった。
そこからはニ人の一騎討ちが続く事となる。
いくらシーズンオフだとは言え、こんな名も無い日本の若造に負けるわけにはいかない。
セルビアは変な義務感に襲われていた。
それに対し、風斗の力は限界に近づいているものの強い奴を相手にやり合ってる感が堪らなく嬉しくて、勝負に夢中になっていた。
風斗を先頭に最後の下りを終え、残り2キロの看板が目に入る。
昨年急に身体が動かなくなった地点だ。風斗は自分の心の声が聞こえ、心の中でセルビアに呼びかけた。
きっついぜ。これがレースか。お前に勝ちたい。
お前、焦ってるだろ? オレが予想以上に走るもんだから。オレはお前の力を貰ってるんだ。だからこんなに走れている。そしてもっと走れる。きっついけど身体は動く。
勝負のポイントがゴールに近くなれば百戦錬磨のセルビアに勝ち目は無いと考えた風斗はいちかばちかの勝負をここに懸けてアタックした。
セルビアは冷静だった。
ゴールは遠い。2キロも持つ筈がない。ペースで追おう。
心と身体が一致して動いていた。
風斗には失う物は何も無い。身体は悲鳴を上げていたが、その強い意志に背く事なく全身が動いてくれている。風斗はまるで自分が大好きなユキヒョウになったかのように、本能に任せるように走り続けている。
標高は3000メートルを越えている。呼吸がやばい。手足も痺れてきて苦しくてたまらない。だけどまだ動く。
何だ、アイツは! ペースが落ちない。これはやばいかもしれない。
セルビアは、無我夢中で駆け抜ける風斗の姿を見て焦りを感じ、ペースを上げた。
前を行く風斗の背中が少しずつ大きくなってくる。
追いつかないはずがない。最後の直線で必ず捕らえてやる!
セルビアが意地を見せる。残り100メートル。山岳王のダンシングが炸裂する。
最後の力を振り絞っていた風斗は後ろを振り向く事はなかったが、背後から物凄い圧力を感じた。
本能で身体が動く。セルビアの圧力に押されるように、風斗はもがききり、ハンドルを投げた。
わずかの差だったが風斗が先着した。
風斗はゴールラインを越えて、右の
ニューヒーロー誕生の瞬間だ。
ゴール地点に大きな
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