夢の中で
台湾KOMへの挑戦は本当に楽しかった。だけどレースを終えて唯は色々な事を考えさせられていた。
風斗は凄い。最後は体力の限界が来てしまったけれど、ラスト2キロまで先頭集団に残っていた。毎日専門学校に通い、時間が無い中で精一杯トレーニングしてここまできた。グングン成長している。
オレはどうだ? 自転車だけやっててこれ位か? 確かに少しは成長している。けれど自分の限界ギリギリの所までやってきてこんなもんだ。ここ数年の進化はイメージしているように上手くいってない。このままやっていく価値があるのか?
風斗に何て言われた?
「オレは自由に動く身体を手に入れた唯と一緒に走りたい。信じてるから」ってか?
風斗はオレが自由に動く身体を手に入れる事、風斗のレベルになれる事を信じてるんだよな。
「唯はもっと出来る。もっと自分を信じろよ」ってか?
そうだ。オレは出来るはずた。オレを信じなきゃ。
強気になったり、弱気になったり、唯の気持ちは数日間堂々巡りが続いていた。そんなある日の事。
深い霧の中、唯は一人車いすを漕いでいた。目の前を一頭のアサギマダラがふわふわふわふわ翔んでいる。それがアサギマダラだって事は一目で分かった。風斗が昔言ってたように何かを感じたから。
「待て、待て、待ってよ」という唯の言葉に耳をかす事無くアサギマダラは翔んでいく。すると背後から優しい声がした。
「唯、待って。貴方は何を恐れているの?」
あの時と同じ声。唯が事故に遭って生死の境をさまよっている時に助けてくれた声、入院中の苦しい時に救ってくれた声の持ち主は今でははっきり誰のものだか分かる。
「凛さん」と言おうとしたが声にならない。優しい声は畳み掛けてきた。
「ずっと分からなかった。私は貴方じゃないから。想像しか出来なかった。でも、今は分かる。唯なら出来るという事が。必ず出来るようになるから。
何をしたいの? どうなりたいの? ぼんやりと見えている物をはっきりと思い描いてね。その為には、何をどうすれば良いのか? 考えて、探って、行動してね。急いではダメ。細かく細かく、丁寧に丁寧に。
私達にも協力させてね。それから覚えておいてほしいのは、私よりももっと風斗は貴方の事を分かっっているって事。あの子は神秘的な力を感じ取る不思議な能力を持っているの」
その耳には小さな星が輝いていた。
今回はその事を口にする事が出来た。
「凛さん、そのピアス、ずっと素敵だなって思ってました。オレが頸髄再生手術をして弱りきっていた時に気づいたんです。それまでピアスなんてしてませんでしたよね?」
「あっ、これ? 唯が弱っている時に史也がくれたのよ。
星はね、私達にとって特別な物なの。看護師の時から人の身体を傷つけないように私は指輪はしてこなかったし、看護師を辞めてからも唯の身体を触るから婚約指輪や結婚指輪は断ってたの。その代わりにってあの時、史也が。
あのね。昔、唯が交通事故に遭って私が勤める病院に運ばれてきた時、私には自転車選手の風谷唯君だって事が分かっていたの。史也から唯の話はよく聞いていたから。私はその時慌ててフランスにいる史也にLINEを送った。何も出来ない、どうしようって。
史也は祈る事が出来るなら祈ればいいって言った。星が出たら一緒に祈ろうって。お星様は私達の願いを叶えてくれた。
私はお星様が大好きになった。そして再生手術をして弱っている唯を見て泣いてばかりいる私に、史也がこのピアスを送ってくれたの。『唯は大丈夫だ』って」
目が覚めた時、涙で顔が
史也さん、凛さん、あの時も、あの時も、本当にありがとうございました。助けてもらった命、最高に輝かせたい。
それから「風斗の神秘的な力を感じ取る不思議な能力」か。確かに風斗は雪豹とかアサギマダラとか、ちょっと神秘的な生き物と通じ合える何かを持っている感じだよな。
そいつらの神秘的な能力が風斗の能力と合わさって何かスイッチが入るのかな? 唯はそんな風に考えていた。
そうだ、何をしたいのか、どうなりたいのかをはっきりと思い描いて、その為にやるべき事を細かく丁寧に、考えて探って行動するんだ。
オレが一番やりたい事を突き詰めたい。必ず出来る。出来ない事を恐れるな。
次の日、また同じような夢を見た。
深い霧の中、唯は一人車いすを漕いでいた。目の前を一頭のアサギマダラがふわふわふわふわ飛んでいる。
「待て、待て、待ってよ」という唯の言葉に耳をかす事無くアサギマダラは翔んでいく。すると背後から優しい声がした。
「唯、待って。きついよね、痛いよね、私は唯の身体を触っているといつも涙が出そうになる。やめたかったらいつでもやめていいんだよ。でも、それでもやりたかったらやりなさい。限界を作っちゃダメ。時間が掛かるの。諦めたらそこで終わりよ。
ねえ、唯はカタクリの花の事を知ってる? 春に小さな花を下向きに咲かせる地味で可憐なピンク色の野の花よ。
カタクリはね、種が発芽して花が咲くまでに七年以上もかかるの。一年目は芽を出すだけで枯れてしまう。ニ年目から六年目は春に葉を一枚出すだけで、じっくりと球根に栄養をためて、花を咲かせる準備をするんだって。七年目からようやく葉をニ枚出して可憐な花を咲かせるの。
唯は再びレースに出始めて何年目? それが何年目になるか分からないけれど、カタクリの花のようにパッと花を咲かせられる時がきっと来るよ。
いつやめても、やめなくても貴方が選ぶ道を私はずっと応援しているよ」
ここでやめるなんて道は選べない。せめてあのレースをしっかり走り切らなきゃ終われない。
凛さん、ありがとうございます。
唯はもう一度決意を新たにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます