誘い①

 表彰式を見ていた史也と凛と唯に風斗が合流し、四人が会場を後にしようとした時、ダンディーな中年男性に声を掛けられた。


「唯さん、突然声を掛けたりしてすみません。私は台湾KOMというヒルクライムレースを主催しているワンと申します。お帰りをお急ぎですか? 出来れば皆様に少し話を聞いていただきたいのですが」


 少し日本人と発音が異なるが流暢りゅうちょうな日本語で、とても腰の低い話し方だ。


 唯は史也に「大丈夫ですよね?」と尋ねて「大丈夫ですよ」と答えた。


 王は深々と頭を下げた。

「ここは日向で暑いですし、あの食堂でも行ってお茶でも飲みながら話ましょう」

 入りやすそうな食堂を指差して四人を促した。


 ここはヒルクライムのスタート地点であるが、すでに標高1500メートルあり、爽やかな風が吹く日陰のテラス席は涼しくて気持ちよい。


 テーブルにつくと王が話始めた。

「お疲れの所すみません。あ、お昼ご飯はまだなんじゃないですか? もしよかったら好きな物、頼んで下さい」


 唯と風斗は顔を見合わせて、ニ人とも唾を飲み込んだ。

「実はお腹減っちゃってて。何か食べていいですか?」


 唯がそう言うと、隣で風斗が小さな声で呟いた。

山賊さんぞくバーガーあるぜ」


「え? あ、あの。昨日宿の夕飯の時に隣の人達の話が聞こえたんですけど。昼に会場で食べた山賊バーガーがすごく美味しかったって。山賊焼きっていうのがこの辺りのご当地グルメみたいなんですよ。

 鶏の一枚肉をニンニクの効いたタレに漬け込んで揚げた物だとか何とか言ってたな。それがここにあるみたいなんで、食べてみたいなと‥‥‥。王さんはお昼済ませたんですか?」


 唯の話を聞いて王はニコニコしている。

「あ、私もそれ、頂いてみたいです。お飲み物は?」

 四人の注文を聞いて、山賊バーガーセットのチケットを三枚買った。


 王は史也の顔を見て話し始めた。

「私は、2020年のオリンピック、日本に見に行ったんです。元々私もロードレースをやっていて、史也さんの大ファンで。史也さんとは同い年なんです。オリンピックでの史也さんのあの走り、感動しました。お会い出来て嬉しいです」


 そして唯に顔を向けた。

「それから当時、台湾でも唯さんの事は報道されてました。私はその報道で唯さんの事を知ったのですが、あなたのチャレンジを見てみたいと思って、パラリンピックの車いすラグビーも観にいったんです。

 大きな勇気を頂きました。あなたが、自転車のヒルクライムレースに復帰したという話を聞き、大会本部の方に問い合わせた所、今回のレースにもエントリーしているという事だったので、観に来たんです」


 唯の目は輝いていた。

 史也と凛も嬉しそうに聞いている。


「あ、ありがとうございます。嬉しいな、東京オリパラ観に来て下さったなんて。それに、わざわざ今日観に来て下さったんですか?」


 王はニコニコしながら言った。


「はい。観に来て良かったです。今朝、車いすに乗っている唯さんの姿を見た時、正直言うと本当に走れるのか? って思ってたんです。

 私は車に乗せていただき、頂上近くでレースを観ていました。事前に大会関係者に風斗さんの事も聞いていました。史也さんの息子さんなのですね。

 今日のレース、先導車の後、風斗さんが先頭を切って上ってくる姿を見て目を疑いました。美しかった。あんな走りを今まで見た事が無かったです。史也さんとはまた違う美しさでした。

 そして、私はずっとそこで観ていました。唯さんを見つけた時、涙が流れました。車いすに乗っていた姿からは想像出来ない姿でした。苦しそうだったけど嬉しそうでした。周りの人と比べて早かったわけではないです。でも唯さんはスポットライトを浴びているように輝いてみえました。私は見に来て良かったなと‥‥‥」



 そこに山賊バーガーが運ばれてきた。

「おー」「来た来た」と声があがる。

「食べながら話しましょう」と王。


「嬉しいな。王さん、そんな風に見てもらえてたなんて」

 唯はそう言いながらバーガーにかぶりついた。


「ウメー!」

 思わず声が出た。


「このバンス、赤みがかってるでしょ。赤米が練り込まれてるって言ってました。普通のパンよりヘルシーそうだし、いい味出してますよね」

「本当だ。美味しいですね。これ! 鶏肉もジューシーだし衣がサクッとしてますね。新鮮なトマトとレタスとキャベツもたっぷり。甘いタレとマヨネーズがベストマッチです」


 唯は笑った。

「王さん、グルメリポーターみたいですね」


 風斗は黙々と食べている。


「あ、でも、皆さんが嬉しそうな顔をして食べているし、私も同じ物を食べてるから余計に美味しく感じるのでしょう。貴方達と幸せなお食事が出来て良かった」


 王は心から幸せそうな顔をしてそう言った。

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