変貌③

「それから」と風斗が続けた。


「今日は自分でも信じられないような力を出せた。最高に楽しかった。だけどやっぱり自転車は自由に乗りたい。仕事にはしたくない」と言った。


 風斗はあと半年ちょっとで中学校を卒業する。

 彼は口数は少ないが自分の意志をしっかりと持っている。

 幼い頃から持ち続けている一つの夢は今も変わらない。野生動物の研究をして、それに関わる仕事に付き、彼らを守りたいと考えている。

 人間のエゴによる密猟や自然破壊によって、美しい彼らの生命が奪われていく事に耐えられない。彼はいつの日か、大好きな野生動物達と同じ空間で過ごす事が出来るようになりたいという夢を持っている。

 風斗は普通の高校ではなく、野生動物の研究が出来る専門学校に行く事を希望している。


「自転車は今まで通り、唯と一緒に『team Faith 』で走りたいんだ。今よりもっともっと強く速くなってみせる」

 そう言って言葉を切った。


 唯は少し考えていた。

「勿体ないな」

 自然とそんな言葉が出て風斗の方を向くと、風斗は小さな寝息を立てて眠っていた。


 唯は思った。

 風斗は「何か話す事ってすげ〜疲れる」って言ってたっけ。エネルギー切れか? 頑張って話してくれてありがとな。そうか。そんな生き方もカッケーな。自転車のプロになる事が一番いいって事でもないしな。


 風斗が目を覚ました時はきっと魔法は溶けてしまっていて、ほとんど何も話さなくなるのだろうと思うと、風斗の寝顔がとてもいとおしく思えて仕方なかった。



 午後から行われた表彰式。人前に出る事が大の苦手な風斗はステージに立って何とか無事に表彰状を受け取り、綺麗なお姉さんにチャンピオンジャージを着せられた。


 壇上の風斗を見ながら唯は思っていた。

 何か風斗、ますますカッケーな。輝いてるな〜。あんな格好いい男だったかな? 日の当たり具合のせいかな? 風斗の髪、あんな色してなかったよな?

 短くて少しふわっとした髪が所々銀色に光っていた。


「おめでとうございます。今日はスタート前から勝つ自信があったんですか?」

 マイクを向けられた風斗は低い声で無表情のままボソッと言った。


「一年間、勝つイメージしかしてこなかったから」

 何とかそれは答えたが、あとの質問には答える事が出来ずマゴマゴし始めた。


 ステージの下から唯が大きな声を出した。

「勘弁して下さ〜い! オレ話すの苦手で〜!」

 茶化したような言い方をした。  

 会場に笑いが起こった。



「あ、今日のレースの事、ちょっと私が話してもいいですか?」

 風斗の隣にいた今日のレースでニ位になったベテラン選手が関西弁で司会のお姉さんに尋ねた。


「あ、勿論です。お願いします。皆さん聞きたいですよね〜」

 お姉さんの問いかけに大きな拍手が沸き起こる。


 ベテラン選手はマイクを片手に話始めた。


「いや〜。たまげましたわ。たった一時間弱のレースで彼はけたとしか言いようがないですわ。

 私ね、スタートから結構この風斗君の近く走ってたんです。まあ、風斗君が私をマークしてたのかどうかは分かりませんがね。いや、綺麗なフォームで走る子やなと思ってたんです。手足長いしね。は〜、羨ましいなと思ってたんです。

 レース中盤まで付いてきてたから、結構やるやないかと思ってましたわ。けど割といっぱいいっぱいの感じやったから、もうすぐ千切れるやろと思ってたんです。


 それがね。それがそうやなかったんです。スタート時には少年のような気配しかなかったのに、どんどんオーラみたいなもんが出てきて存在感が増していったんですわ。

 ラスト3キロ位からはそれはもう『なんや、こいつ』と思いましたね。野生動物みたいやったな。こんな子供に負けられんと思ってましたけど、ラスト1キロからは彼の鬼引きでしたわ。こっちも必死に食らいついてましたが、どうにもこうにもなりませんでした。この子、何者なんですかね?」


 その落語家のように面白おかしい話ぶりに会場の皆んなが聞き入っていた。司会のお姉さんが言った。


「史也さんの、あのツール・ド・フランスでも活躍した史也さんの息子さんのようですね」


 会場に色んな声が沸き起こった。


「は〜、なるほどね。少し納得しましたわ。いや〜、けど楽しみですね。彼ならツールで優勝出来るんとちゃいますか? 憎らしいほどカッコいいし、スター誕生ですな。なあ、風斗君。素晴らしい走りやったよ。おめでとう」


 そう言ったベテラン選手に向かって、風斗は照れ臭そうにピョコンと頭を下げた。


「とても貴重なお話をありがとうございました。チャンピオンクラス入賞の方々にもう一度大きな拍手を!」


 選手達は手を振り、大きな拍手に包まれて後段した。

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