team Faith①

 風斗の四歳の誕生日に向けて着々と準備は進められていった。


 風斗はニ歳になると、地面を脚で蹴りながら進むキックバイクに乗るようになり、三歳になってオムツが取れた頃には、初めから補助輪を付ける事無く、小さな子供用自転車を乗り回すようになった。


 唯も負けじとエルゴメーター、そして固定ローラーと乗れるようになっていった。

 固定ローラーには昔、唯が乗っていたロードレーサーが取り付けられている。前傾姿勢のきついそのままのポジションで乗る事は難しいので、ドロップハンドルを逆向きに付けて、クランクはとても短い物へ、ギアは軽い物へと史也に変更してもらった。

 初めのうちは史也に支えてもらわないと漕げなかったが、そのうち乗り降りの補助だけをしてもらえば自力で漕げるようになった。


 風斗に関しては、スポーツバイクを渡せば、今すぐにでも乗れそうだったが、史也は四歳の誕生日まで我慢させた。


 外で実際に自転車に乗る事は唯にとってはハードルが高い。

 ロードよりはもっと安定した自転車で、例えば脚こぎ車いすに近い三輪のリカンベントや三輪のママチャリ、ニ輪のママチャリ、マウンテンバイク、というように少しずつ進めていく方法が良いように思えたが、唯は固定ローラーで自信を掴めれば大丈夫だと考えていた。

 そして唯は、外で走る練習は一切せずに、風斗の誕生日をロードで外を走る初挑戦の日にして、一発で成功させると決めていた。



 史也と凛は、その日を一大イベントにしようと計画を練った。唯がこれまでお世話になってきた人達を沢山招待する事にした。

 その日、風斗にプレゼントする新品のカッコいいスポーツバイクは既に用意されている。

 そして、唯にも新しい真っ白なロードバイクが用意された。普段唯が練習している固定ローラーに備え付けてあるバイクとほぼ同じポジションで乗れるようにした物だ。


 メインイベントのイメージはこうだ。

 場所は唯が以前入所していた安全なリハビリセンターの敷地内。 

 招待を受けた人達にも出来るだけ自転車に乗ってもらって、車いすの人達も一緒に走り出し、およそ一キロをぐるっと回って帰ってくる。

 唯と風斗と史也を先頭にして、もし唯が上手く走れなかった場合でも、隣に史也がいれば大丈夫だろうと考えた。

 一緒に走らない人達はそのパレードを見守り、パレードの様子はリハビリセンターのスタッフにしっかりとビデオに収めてもらう。


 唯と風斗に気づかれないように、ニ人は着々と準備を進めていった。



 その日がやってきた。

 風斗の誕生日。

 史也と凛と唯と風斗の四人は車に乗ってリハビリセンターに向かった。今日はリハビリセンターに行って皆んなで自転車の練習をしよう、という事にしていた。


 到着すると若林が待ち構えていて、偶然を装い唯を喫茶室に連れていった。


「唯君、ちょっとだけ話たい事があるから来てくれないかい」


 ここから作戦は既に始まっていた。唯が若林と話をしている間に、イベントの準備が整えられた。何と百人程が集まっていて、敷地の中央にあるラックに唯と風斗の真新しい自転車が掛けられている。


 準備が整うと、凛が唯を呼びに来た。

「若林先生、お話中申し訳ございません。お話はあとどれ位かかりそうですか?」


「あ、悪い悪い。もういいんだ。大した話があったわけじゃないんだ。予定があるんだろ。唯君、悪かったな。行っておいで」


 そう言って若林は唯を送り出した。先生ったら上手だな、と思いながら凛は車いすに乗った唯と並んで外に向かった。


 外に出ると何やら大勢の人達がザワザワと楽しそうにしている。今日は何かあるのかな? と思いながら「こんにちは〜」と挨拶しながら進んでいくと、車いすに乗った集団があった。唯が不思議そうな顔をしていると呼び止められた。


「おっ! 唯。久しぶり! 頑張ってるらしいな」


 唯は驚いた。

「え? 勝さんじゃないですか。どうしたんですか? 何かあるんですか? 今日」


「何かイベントがあるらしいんだ」

 勝は言いたい事を堪えて、何も知らないように装った。

 自分の知り合いばかりが集まっている事にやっと気づいた唯は戸惑いの表情を見せている。



 史也がマイクを持って話始めた。


「おはようございます! 皆様、今日はお忙しい中、こんなに大勢の方々にお集まり頂き、本当にありがとうございます。今日は私と凛の息子、風斗の四歳の誕生日です」


 会場から拍手が起こった。


「ありがとうございます。この日を目標に、私達はある取り組みをしてきました。

 風谷唯は数年前、インカレロードレースで劇的な優勝を遂げた直後、交通事故で頸髄損傷の大怪我を負いました。

 風斗が生まれてニヶ月後に唯の頸髄再生手術が行われ、動けなかった唯は風斗を先生にしてに成長を遂げてきました。

 風斗の四歳の誕生日に、風斗はスポーツバイクに、唯は再びロードに一緒に乗り始めようと目標を掲げました。沢山の方々に支えられて唯がここまできた事、それを支えて下さった方々と一緒に喜びたいと思い、このイベントを企画しました。


 唯は室内でのトレーニングはしてきましたが、外で自転車に乗るのは今日が初めてです。足こぎ車いす以外、三輪ママチャリにさえ乗っていません。乗れるという確証はありません。けれど、私達は出来ると信じています。

 これから、唯と風斗を先頭に自転車を持っている方、車いすを漕げる方と一緒に一キロの周回コースを走ってスタート地点に戻ってきます。今から数分後のゴール地点が皆様の笑顔で溢れる事を願っています。どうぞ宜しくお願い致します!」

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