教訓②

 目が覚めると酷い脱力感と共に、度々強い痛みに襲われた。ナースコールを押すと若林がやってきた。


「唯君、大丈夫かい?」

「脱力感が酷いです。強い痛みが時々きます。取り敢えず今は我慢出来る位です」


 唯はかなりキツそうで、見ている方も辛くなる。若林はかなり濃度を下げた点滴をもう一度入れながら唯を気遣った。


「気休め程度かもしれないが、少しはマシになるはずだ。我慢しすぎるのも良くないから、その手前で必ずナースコールを押すようにな。時々見に来るから眠れる時は安心して眠ってなさい」


 唯は先生の言う通りにしていれば大丈夫だと思った。

「ありがとうございます」

 そう言って再び目を閉じた。



 あまり眠れなかった。

「自業自得、痛い目に合え! そして耐えろ!」

 必死に言い聞かせた。


 そのうち、こんなキッツイのを乗り越えたらオレはきっと強くなっちゃうなと思い始めた。こんな苦しいトレーニングを自ら進んでやる奴はいないからオレはラッキーだ、と。


 朦朧とした意識の中でもがきながら、昔好きだった漫画のヒーローになりきってみた。

 この痛みを、この身体をコントロールするトレーニングに使うんだ。強い緊張がきたら、呼吸を意識して余分な力を抜け。緊張した時の力の入り方を覚えろ。それを自分のものにしろ。

 自分でもわけが分からなくなりながら、それでも意識をそこに向けるように努め、つらい夜を何とかやり過ごす事が出来た。

 一晩中激しい筋トレをやっていたかのように朝には汗だくになっていた。


 先生が言っていた通り、次の日の昼過ぎには随分楽になって急に眠気に襲われた。唯はそのまま一日半位ずっと眠り続けた。


 翌朝の回診の時間まで唯はぐっすりと眠り、目覚めはスッキリしていた。若林が回診に来て、優しく声を掛けた。

「どうだね」


「おはようございます。ぐっすり眠ってました。昨日の昼過ぎから今まで、目、一度も覚めなかったです。一気に楽になりました。もう治ったんじゃないかな? 

 凛さんは今日来てくれますか? 寝たままでもちょっとやりたい事があって。仰向けはまだダメですか? どれ位で座れそうですか?」

 聞きたい事が沢山あった。


 若林は笑ってしまった。

「唯君、焦ったらダメだ。まだ早い。ちょっと傷の状態を診させてくれないか」


 唯のお尻を診て驚いた。

「唯君には常識は通用せんな。今、気づいた事じゃないが‥‥‥。

 見違える程良くなっているよ。だが、丁寧にやっていこう。少なくても一週間は座れない。仰向けは少なくても今日はダメだ。

 凛君は史也君と一緒に風斗君も連れて午後一番で来る予定だ。やっていい事は彼らに話しておくよ。最短で通常のトレーニングに戻れるようにするから、言われた事は守るようにな」


 唯は大きく頷いた。

「分かりました。ありがとうございます」


 若林は苦笑しながら病室を後にした。

「全く、唯はどういう身体の仕組みをしているのか理解出来ん。医者泣かせな奴だ」と。



 昼食を食べ終えて少しした頃に、史也と風斗を背負った凛がやってきた。


「唯、大丈夫?」

「あ、凛さん。こんにちは。すみません。調子に乗っちゃってて。不注意でした」

「私達こそごめんなさい。唯の変調に気づいてあげられなくて」


 史也さんと同じ事を言うんだなと思った。

「そんな事、自分で管理出来なきゃダメです。でも、もう治りました。大丈夫です」


「何言ってるの。先生にちゃんと聞いてますよ。先生の指示に従ってやりますからね」


「オレ、すごいきついトレーニング乗り越えたから強くなっちゃってますよ。強制的地獄の筋トレみたいの。それに今、オレは漫画のヒーロー気分になってるから凄い事が出来そうなんです。

 その感覚が残ってるうちに凛さんにやってもらいたい事があるんです。

 あ、今日はうつ伏せのまま、負荷は掛けなくていいんです。座れるようになるまで、寝た状態で体幹に刺激入れていきたくて。

 自分の呼吸と凛さんが入れてくれる刺激を上手く合わせてやってみたい。今、感じる事が出来る部分、動かす事が出来る部分を広げていけそうな気がするんです。腹筋背筋の方まで」


 史也と凛は少し呆れ顔で顔を見合わせた。


 史也が言う。

「何かちょっと掴んでそうだな。何でもトレーニングにしちゃう唯は凄いよ。でも今日はな、力を入れる事は先生に止められているんだ」


「分かってます。今日は呼吸とイメージだけでいいんです。背中とかちょっとさわってもらうだけで」


 駄々っ子のような唯を見て凛は風斗を史也に預け、笑いながら近づいた。


「しょうがないわね。じゃ、最初に肩周りからちょっとさわってみるね。指示出してね」


 手を触れて、思わず声が出た。

「すごい‥‥‥全然違う‥‥‥」

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