決意①
自転車に乗る事は出来なくなってしまったが、事故の三年後に行われた東京2020パラリンピックの車いすラグビーで大活躍した。世界中の人達に勇気や元気を与え、それまで人々が持っていた重度の障害者に対する可哀想というイメージを大きく変えた。
史也は唯がロード選手になるきっかけとなった憧れの選手、凛は唯が怪我をして入院していた時に心を寄せていた看護師だ。
東京オリンピック・パラリンピックが終了して、史也と凛は結婚式を挙げた。勿論、唯も出席した。本当に素敵な式だった。
史也は東京オリンピックを最後に選手を引退し、その後は自分のチームを作ってチーム監督をしている。
凛は結婚して看護師を辞めていた。
そして一年後に風斗が誕生したというわけだ。
風斗が誕生して、初対面した日から唯の心に新たな気持ちが芽生えていた。
その気持ちを押さえる事が出来ず、その思いをまず
勝は大学時代の自転車部の先輩で、唯と一緒に事故に遭い、同じように車いす生活を強いられている。
苦楽を共にし、沢山の涙を一緒に流した同志だ。車いすラグビーに本気になれたのは勝のおかげで、ニ人はパラリンピック後も日本代表チームの一員として活動している。
勝は「唯なら出来ると言ってやりたいけれど、無責任にそんな事は言えない」と言った。
唯がやろうといている事がどんなに可能性が低い事か、不可能に近い事か、勝にはよく分かっている。
「車いすラグビーを今まで通りやりながら、それに挑戦する事は出来ないのか?」
そう聞いてきた勝に唯はきっぱりと答えた。
「それは出来ません」と。
勝は苦笑いをした。
「東京パラリンピックでは達成出来なかった世界一。オレは唯と一緒に世界一を目指したいという気持ちが大きいけれど、唯の事だからそう言うと思った」
そして納得せざるを得ないといった感じで続けた。
「もしも唯が本気で取り組むのなら、オレの出来る事は全面的に協力する。唯の挑戦はオレの夢でもあるから、出来ると信じて必ずやり遂げてほしい」と。
唯は勝には頭が上がらない。
パラリンピックでオレを輝かせてくれたのは勝さんなのに、自分だけが自分勝手な道を選ぶ事なんて許さるものか。それでも勝さんは拒まなかった‥‥‥
一つ大きな壁をクリアー出来たと思えたので、勇気を出して史也と凛に相談する事にした。
風斗が驚きの動きをしたあの日から一週間が経っていた。唯が史也に連絡を入れると、迎えにきて家に連れていってくれた。
風斗に驚きの動きが現れる事はあれから一度も無く、ごく普通の生後一ヶ月の赤ん坊と同じように眠っていた。
史也は唯をその横の座椅子のようなものに座らせると凛もそこにやってきた。
「凛さん、こんばんは。お忙しいのにすみません」
「よく来てくれたね。ありがとう。唯が来てくれると気分転換になるわ。ほら、風斗も目を覚まして何だか嬉しそうよ。何か相談があるらしいって聞いてるけど、遠慮なく何でも言ってね」
「あ、ありがとうございます。何かやる事あったら普通にやって下さいね。風斗は大丈夫ですか? おしっことかおっぱいとか」
唯は言いながら、何か変な事を言っちゃったかな? と思って、後からわざと舌を出した。
凛は「ぷっ」と吹き出した。
「こっちも遠慮なく普通にやるから大丈夫よ」と笑った。
「で、何の相談なんだ?」
史也が問いかけてきた。
「あの、真剣な話なんです。まだ具体的に何も考えてないし、やっていい事かどうかも分からないんですけど、自分の正直な今の気持ちだけでも聞いてもらいたくって」
「何でも言ってくれ」
「そうよ。私達に話してくれるなんて嬉しいわ」
唯は話が切り出しやすくなってホッとした。
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