雪豹②
ボクはある日、ユイとお勉強している時に、赤ちゃんの時に使っていた「いっいっ」っていう言葉を思いだした。
「カザト、今日は天気がいいから、家でお勉強じゃなくて、外で自転車に乗りたいな」
ユイがそう言った時だった。
「いっいっ」
ボクがそう言うと、ユイはうれしそうにボクをだきしめてくれた。
「そうか、そうか。そう思うよな、カザト。そうだ、『いっいっ』って言う時にはうなずいてみてごらん。これだけは覚えられるといいな。『いっいっ』はこれ」
と言ってユイはうなずいた。
「いやな時はこれ」
と言ってユイは首を横にふった。
もう一度「いっいっ」と言ってうなずき、「いや」と言って首を横にふる。ユイが何回かそれをやったのでボクはマネをしてみた。
「いっいっ」
「いや」
ニ人は何回も一緒にやった。
「そうだ、そうだ。カザトいいぞ〜」
ユイがとってもうれしそうだったので、ボクはお勉強もがんばるようになって言葉も少しずつわかるようになっていった。
あのユキヒョウの赤ちゃんは「カート」って名前になった。ボクがつけた名前だ。ボクはカートと兄弟のように仲良くなった。
でもニ年後のある日、カートは急にいなくなっちゃったんだ。カートだけじゃなくてユキヒョウはみんな消えちゃった。
ボクは何か大変な事が起こってしまったんだと思ったけれど、それが何かはわからなかった。飼育員さん達もその事は何も言わず、ボクは他の色んな動物の世話をするようになった。飼育員さん達は色々教えてくれた。
一年たって、カートだけがもどってきた。ボクはびっくりした。そいつがカートだって事はすぐにわかったけれど、顔に三本のキズがあって三本足だったんだ。
カートのお父さんと戦いをして足が一本なくなってしまったらしい。お父さんは死んじゃって、お母さんはどこか別の動物園に行っちゃったらしい。
カートの顔に付いていたキズはボクの顔のアザと同じ形だった。ボクはそれまで自分のアザがきらいだったけど、カートのキズはカッケーなって思った。ボクはうれしくなった。ボクのアザも好きになったし、少しだけ自信が出た。
カートはすごいんだ。三本足になってからは、前みたいにたくさん動かなくなったけど、ケガする前と同じようにかっこよく動く。
ボクはユイにこの事を教えたかった。でも、どうやって教えたらいいかわからなかった。そう思っていたらユイの方から言ってきてくれた。
「何か久々にズーズーに行きたくなっちゃったな。明日でも一緒に行くか?」
ユイは自分で車を運転できるようになっていた。ユイでも運転できるようにした車が家にある。
「オレ車出すから、ズーズーの案内よろしくな」
「いっいっ! いっいっ!」
ボクは言葉はよくわからなかったけど大体の事がわかったので一生懸命にうなずいてみせた。
次の日、ボクのお仕事は飼育のお手伝いではなくユイを案内する事だった。すぐにユキヒョウの所に連れていった。
ユイはユキヒョウがいなくなった時の事もカートがもどってきた事も知らないはずた。三本足のユキヒョウを見てユイはどんな顔をするか心配だった。
「カート」
ユイの口から最初に出た言葉は「カート」だった。ボクにはそれがはっきりとわかった。ユイにはその三本足のユキヒョウがカートだってわかっている。
「おい! カザト。おそろいじゃないか。すっげーな。その爪痕、カッケーな。カザトとカートはやっぱり兄弟なのか? 何か大変な事があったようだけどカートはすげーな」
ユイの言葉はよくわからなかったけど、ボクと同じような事を思っていると感じた。
☆
ニ人が檻に近づくと、カートは大きく伸びをしてガーッと大きなあくびをしてニ人の近くにやってきた。
顔の傷が勇敢さを引き立てている。ゆったりと柔らかい動き。肩甲骨の動きがよく分かる。足は三本だが、言われなければ気づかないくらい自然に歩いている。
その美しい動きに唯は息を飲んだ。ガラス越しだが手を伸ばせば届く程の所までやってきた。
唯は風斗をちらっと見た。
風斗とカートの間に流れている何かを感じた。風斗の目とカートの目。見つめ合っているわけではないが、同じ目をして何かを感じ合っている。
「こいつら、ただものじゃないな」
唯には入り込めない何かがあった。
唯は自然と彼らの呼吸を読み取り、波長を合わせ始めていた。
カートは同じ場所をグルグルと周りながら、次第に唯にも心を許していった。
フォーカス! カートの一挙一動を唯は見逃さなかった。
五分間位の美しいステージだった。カートは岩場を駆け上り、駆け下り、跳躍する。長くてふさふさの尾っぽが舵を取る。その柔らかな動作に音は無い。なんて美しい!
一連の動きを終えたカートは、風斗と唯の前をゆったりとした足取りで通り過ぎ、岩場の奥に行って動きを止めた。
唯はしばらくの間、呼吸を忘れたかのように固まっていた。
「あ、おー。感動〜〜〜! すげーな。すっごくいいもん見た。三本足になっても不自由さを全く感じさせない。オレも不自由な身体を感じさせないようないい動きが出来るように頑張るよ」
風斗はそんな唯を誇らしげに見ていた。
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