team Faith③
暫くして、少し離れた所で自転車を降り、芝生に座り込んだ風斗に唯だけは気づいた。
「ちょっとだけすみません」
そう言って、風斗に向かって車いすを走らせていくと風斗はうつむいていた。
「ごめん、ごめん」
右の頬にアザを付けたわんぱくそうな顔の目には涙が沢山溜まっている。
近くまで来て声を掛けると、風斗は唯の顔を見上げてヒックヒックとしゃくり上げた。
「ゆいばっかり〜」
唯は風斗の頭を撫でた。
「ごめんな。かざと先生が前を走ってくれなかったら、オレ、走れなかった。ありがとな。今日、いちばんカッコよくて、いちばん速かったのは、かざとだよ。おめでとう!」
風斗は「ヒック」と肩を揺すった。
「ぼくがいちばん、ゆいがにばん?」
「そうだな。かざとは、とびっきりのいちばんだ!」
それを聞いて、泣いたカラスがもう笑った。
「ゆいもおめでとう!」
「ありがとう。さあ、みんなのところに行こう!」
ニ人はにこにこしながら並んで輪の中に入っていった。
「風斗すごいね」「ニ人共おめでとう!」という声に包まれていた。
その日は、皆んなでランチを食べて、ケーキを食べてお祝いをした。
あの事故の後、誰が今の唯を想像出来ただろう。奇跡という言葉はこの時の為に作られた言葉なのかもしれない。
夜は家に戻って四人で夕飯を食べながら話が盛り上がっていた。
唯が真面目な顔になってこんな事を言った。
「諦めてました。風斗が生まれる前までは、まさか自分が再び自転車に乗れるなんて夢にも思う事は出来なかった。乗る事なんて考えなかったし、割り切る事が出来ていた。
けど、オレは自転車に乗ってこそ本当のオレでいられるんだって思いました。
史也さん、凛さん、風斗先生、オレを本当のオレにしてくれて、本当にありがとうございます」
「いっいっ!」
風斗が赤ちゃんの時から一番嬉しそうによく使う言葉だ。
「唯だったから出来た」
史也が心から言った。
凛が続けた。
「唯と一緒に歩む事が出来て、私達も本当に嬉しいわ。ありがとう」
そして唯のやりたい事はもう決まっている。
「オレは、今日のようにノロノロと自転車に乗っただけで終わらせるつもりはないです。もっとちゃんと乗れるようになりたい。思いっきり風を切りたいんです」
「いっいっ!」
史也が言った。
「分かってるさ。少し前から凛と話していた事があるんだ。うちでやってるプロチームとは別に、オレ達四人でクラブチームを作ろうって。選手は唯と風斗だ」
唯は好きな人に好きだと言えない時に相手から告白されたような気持ちになった。胸が張り裂けそうだ。
その隣では風斗がぴょんぴょんと跳ね回っている。
「いっいっ! いっいっ!」
少しセンチになっていた唯はそれを見て満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。オレ、何度も何度も思い描いていまきた。以前凛さんが教えてくれたメディスンプレイスでは、オレ達四人はチームで、オレと風斗は思い切り走ってるんです。
そのチームの名前は『team Faith』」
凛の目に涙が浮かんだ。
史也もFaithという言葉は何度も凛から聞いていた。
「『team Faith』いいな。それでいくか?」
「いっいっ! いっいっ!」
みんなの目が輝いている。
「ありがとうございます。めっちゃ嬉しいです。宜しくお願いします!」
こうして、一つの目標が達成されると同時にまた新たな取り組みが始まった。
風斗はその夜、夢を見た。
雪豹の神様みたいな奴が突然目の前に現れて風斗に話かけてきた。
「風斗、成長したな。久しぶり。と言ってもお前は私と以前会っている事を覚えてないだろうけれど。お前は凄い奴だ。私の能力を授かる事なくあれ程の能力を持っているとは。
これがラストチャンスだ。私の能力を授かればお前は間違い無く世界一の選手になれる。それは史也や唯、日本中の夢でもあるはずだ。唯もお前のお陰で自転車に乗れるようになった。もう否定する理由なんてないはずだ」
「ぼくがじてんしゃにのれるようになったことより、みんなはゆいがじてんしゃにのれるようになったことのほうがうれしいんだ。ぼくだっておんなじだよ。ぼくはいちばんになりたいけど、ゆいがいちばんになったほうがいいんだ。ぼくにはやりたいことがあるんだ」
「お前に私の能力を授ける事が出来ないならば、私はお前にアザを残すと同時に奪わなければならない物がある。お前は人間らしい表情や言葉を失う事になるかもしれない。それは定めなのだ。それでも良いのか? 怖くないのか?」
「それでもいい。こわくなんかない。いじめられたって、とうさんやかあさんやゆいがたすけてくれるから。ぼくはだいじょうぶだ」
「お前は強くて優しい子だね。私はお前に力を授ける事が出来ないのは残念だが、お前を選んだ事を誇りに思うよ。夢から覚めれば私とやりとりした記憶は全て消える。覚えている事は出来ないだろうけど、私はずっと風斗の味方だ」
そう言ってそいつは消えていった。
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