妹絡みの婚約破棄の話

山吹弓美

妹絡みの婚約破棄の話

「お前との婚約は、なかったこととする。その代わりに、お前の妹を我が妻とすることに俺は決めた」


 王子が、人々の前でそう宣言した。本来の婚約者である公爵令嬢と相対し、王子の腕の中には令嬢の妹が寄り添っている。

 本日この場は本来、王子と令嬢の結婚式について発表される場であったはずだった。故に、王都に滞在する大体の貴族当主や近隣国の大使などもこの場には参加している。

 その彼らの前で、この暴挙。呆れや白けが漂う場で、当の公爵令嬢……姉令嬢は完璧なカーテシーにて返礼を行った。


「……婚約破棄の件については、承知いたしました。ただ、私の一存では解決しない事柄ですので、父に事情説明の上お話を進めていただきたく思います」


「ふん。既に公爵には話を進めさせている。父上にはこれから、話すつもりだ。お前が俺の妻にふさわしくないという、様々な証拠と共にな」


 ……そのような重大な話を何故当日、公衆の面前でいきなり明言する必要があるのだろうか。

 というか、この王子って王位継承権第一位ではなかったか。

 継承者がこのような者で、この国は大丈夫なのだろうか。


 多くの貴族当主やその名代、各国大使の脳裏にはほぼ、同じ内容の言葉が流れただろう。だが当の王子、そして妹令嬢は自分たちの行いを正しいものと信じて疑わぬような、自信に満ちた笑みを浮かべている。


「でも、いいの?」


 不意に姉令嬢が声をかけた相手は、自身の実妹。王子の新しい婚約者となるであろう彼女に対し、姉は不安げな表情でそっと言葉を紡いだ。


「あなたが殿下の妻になったら、嫌いなお野菜もきちんと食べなくちゃいけないのよ?」


『は?』


 王子と妹令嬢が、ほぼ同時に上げた一声。王子は訝しげに眉をひそめ、妹令嬢は何やら冷や汗をかき始めた。


「王子殿下の妃として、あちらこちらのパーティや晩餐会に出なければならないの。そのときに、食べ物や飲み物の好き嫌いなんてしてはいけないわ。はしたないし、民が心を込めて作ったものに手を付けないなんて民に失礼だもの」


「な、な」


 姉というよりは母親、乳母、養育係のように妹に言い聞かせる令嬢。顔をひきつらせる妹令嬢を、王子はおかしなものを見る目で見つめる。

 王子だけではなく、この場にいる皆が。


「行儀作法も、しっかり教えていただかないといけないわね。お家では好き勝手していたけれど、お外ではそうもいかないのだから」


「お、お姉さま! 何を、ふざけたことをおっしゃってるのかしらあ!」


「ダンスとお茶の時間だけは完璧だけど、それだけじゃお妃は務まらない、と私は言っているの。人々の前での演説や地味な事務処理もしなくちゃいけないし、他国の方との交流のために、様々な言語も覚えなくちゃならないのよ?」


「え、あ」


「メイクやスタイリストはいるけれど、体型維持は自分で頑張らなくてはいけないの。今はおうちで我慢させているからいいけれど、お城に入ったら大変よ?」


 ……つまり食い意地張っとるんかい、この妹。

 勉強、できなさそうですねえ。

 ダンスとお茶だけ完璧なら、そりゃよその殿方をだまくらかすことはできますよね。


 周囲からひそひそと、状況を把握した者たちの小声での会話が漏れ聞こえてくる。

 どうやらこの妹、姉が王子の妃となるために受けていた王家教育はおろか実家での貴族教育もろくすっぽ受けていない……というか逃げるなりスルーなりしているらしい、と王子もさすがに気がついた。

 しかし、姉妹の父親である公爵家当主は、王子からの申し出を喜んで受け入れたではないか。その理由は、一体。


「え、ええと」


 おろおろしている王子に向き直り、姉令嬢は穏やかに微笑んでみせた。


「殿下。お聞きのように私の妹は貴族の娘としての教育がなかなかはかどってはおりません。ですが、殿下と相思相愛ということなのでしたらば、添い遂げるためにきっと教育を進んで受けていただけるものと私は考えますわ」


「あ、えっと」


「それでは、私は国王陛下にこの旨について申し上げなければなりませんので、この場を失礼いたしますわ。どうぞ、我が妹とお幸せに」


 ぽかん、と王子が目を丸くしているうちに姉令嬢は深く礼をして、さっさと退場していった。それを見送って妹令嬢は、なぜかホッとしたように王子の腕を抱え込んでいる自分のそれにぎゅっと力を入れる。


「殿下、わたしたち大丈夫みたいですよ? 勉強だってわたし、ちゃんとできますもん!」


「え、えええ……」


 え、もしかしてこのなってない娘、丸投げされた? 公爵家の手に余る、こいつを?

 というか俺、今後まずいんじゃね?


 思わず妹令嬢の身体から手を離し、王子は先程の彼女以上に冷や汗をかきながら自分の立ち位置を今更ながらに思い知った。




 王子と妹令嬢の婚約は、無事整えられた。というか、あれだけ多くの人の前で宣言した以上、とても撤回できるものではなかったからだ。全責任を王子におっかぶせた、とも言う。

 王位継承権所持者が王子以外にも存在している、ということもあり、王子は継承権争いから脱落させられることとなった。公爵家へ婿として入ることになったため、元当主夫妻は大慌てだという。……無論、教育のなっていない妹令嬢が戻ってくるからだが。

 そうして姉令嬢は、王位継承権を有する者の中から最高位であり年の近い、王弟の子息と婚姻を結ぶこととなった。王弟自身は辺境伯として国を守る地位についており、そのときに自身の継承権は放棄しているとのことだった。


「……せめて、きちんと学んでいてくれればよかったのですが」


「そんなの、君の妹に言い聞かせてやれなかったご両親とそのくらい理解できなかった妹が悪いに決まってるだろ。君が心を痛めることはないよ」


 新しく婚約者となった彼は、そう言い放った後は公爵家について口に出すことはなかった、と言う。

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