ハーダー、ベター、ファスター、ストロンガー 2

「まだあるの? さっきわたし全部終わったみたいなこと言っちゃったんだけど」


 オブシディアンが冗談を言う。


「気が早かったな」


 ダイヤモンドが不機嫌そうに返す。折られた腕の骨はホワイトリリーに治してもらったらしく、傷のできていた辺りをしきりに撫でている。


 今はルビーが魔力の回復にあてられ、ある程度、戦えると判断したか、アンホーリー・ウルツァイトが完全に変異したのを見たか、ありがとう。「もう大丈夫」とホワイトリリーにお礼を言う。


「わかってるな。最初にやることは」


 オブシディアンが頷く。


「さあ、ラストバトルになると願って行こう」


 ダイヤモンドが手の中で剣をくるりと回す。ルビーが飛ぶと同時に駆け出し、ウルツァイトの攻撃が来ると後退し、盾で受ける。


 ルビーが上から炎を放ち、ウルツァイトの眼を眩ませる。ウルツァイトの視界が晴れかけたところで、ダイヤモンドがその額を剣で打ち、ウルツァイトの攻撃を誘う。頭の痛みに釣られたウルツァイトは前に出て炎から逃れるが、ダイヤモンドはルビーに掴まって上空にいる。


 その間にオブシディアンはスピネル、アンバーの元へ飛んでいる。


 ダイヤモンドはあらかじめオブシディアンに言っておいていた。先ず、アンバーを助けるようにと。現状、アンバーは血を流して倒れており、スピネルにされるがままになっている。スピネルはアンバーの体をつかって魔力を回復する気であり、アンバーを助けることを重きを置いているダイヤモンドに対して、オブシディアンはスピネルに回復させないことを第一に考えている。


「ウルツァイト! 後ろよ!」


 当然、オブシディアンが飛んでくるのが見えているスピネルは、ウルツァイトに向かって叫ぶ。


 これを聞いたウルツァイトがオブシディアンへ例のエネルギー波を放とうとするが、それを見てオブシディアンが地面に着地する。地面を走り出し、スピネルのもとへ一直線で向かう。


 ウルツァイトが追うが、上から降ってきたダイヤモンドに背中を取られ、首を締めあげられてしまい、驚きから体を振り回す。それでもなんとか立体駐車場のほうへ跳躍した。


                 ▽


 スピネルが無抵抗のアンバーの体の中をまさぐり、コア・ストーンを探している。オブシディアンが迫っている。コア・ストーンを見つけ、それを外へ出したところで、オブシディアンの膝がスピネルの顎に炸裂した。


「ぐげっ」


 という声を出し、スピネルが駐車場のなかを転がる。その際に手から零れ落ちたコア・ストーンをキャッチし、それを眺める。アンバーのコア・ストーンは大きめの琥珀だ。中には蝶のような蛾のような昆虫が固められている。オブシディアンはそれをアンバーの体のなかに戻し、彼女を持ち上げたところで降ってくるウルツァイトに気づき、その場にアンバーを落とした。意識がなかったためアンバーはなにも言わなかったが、意識があれば悪態の一つでもついていただろう。


「うおおお!」


 ウルツァイトが空中で暴れながら落下していったために、ダイヤモンドはウルツァイトの背中で大声を上げ、ウルツァイトが頭から地上に激突したときに一緒に転がり、最終的に分裂して投げ出された。


                 ▽


 オブシディアンはウルツァイトが先に起き上がっていたため、すぐさま背後に黒曜石を出現させ、それをぶつけ、キックの体勢に入った。


 ダイヤモンドはウルツァイトの攻撃の一つぐらいは受ける覚悟でいたが、胸板にもろにはいった蹴りによって奇跡的に無傷でいられた。オブシディアンのキックは、アーマメントの使用や杭を使っていなくても、かなりの衝撃がある。


 ウルツァイトが後ろによろけ、オブシディアンはその場に落下する。足が明らかに変な方向に曲がっている。威力はあっても、彼女の耐久力に変化があるわけではないのだ。


 ウルツァイトがすぐに立ち直り、ダイヤモンドが慌てて飛び起き、ウルツァイトが爪をたてようとしたオブシディアンの体を引っ張り、回避させる。がら空きになった頭にホームランを打つ感覚で剣を振るう。


 すさまじい存在感。そこにずっしりと立っているこの存在は、根っこでもあるかのようにびくともしない。ダイヤモンドが頭に青筋をたて、歯を食いしばり、サップレッサー・ウィズ・ダイヤモンドを振りぬく。


 ウルツァイトが斜めに弾かれたように後退し、ダイヤモンドがその場に尻もちをついた。


 こちらまで飛んできたルビーが加勢しようとするが、ダイヤモンドが腕を振り、アンバーを安全な場所まで避難させるよう伝える。


 減速しかけていたルビーが再び速度を上げ、アンバーのもとへむかう。


 ウルツァイトがそれを見てダイヤモンドとオブシディアンを捨て置き、ルビーのもとへ跳ぶ。


「しまっ」


 しまった、とダイヤモンドは思った。自分の命を捨てる覚悟でスピネルの命令を聞いているようなやつが、おめおめと行かせるわけがないのだ。


 ダイヤモンドが渾身の力でサップレッサー・ウィズ・ダイヤモンドを投げる。


 ルビーの足を掴みそうになっていたウルツァイトが足にこれを受け、転倒した。しかしすぐまた体勢を立て直し、ルビーを追う。続いてホワイトリリーに回復魔法をかけられたオブシディアンが、ウルツァイトのほうへ限りなく地面に近い高度で飛んだ。


 体勢を立て直し、改めてルビーを捕まえようとしていたウルツァイトが、オブシディアンの接近に気づき、振り返って爪を振るう。


 さっきこっちをよろめかせたキックをもう一度するつもりだ。そう考えて接近にあわせて爪を振るったウルツァイトだが、逆さまになっているオブシディアンと目があう。いったいなにを、と思ったのもつかの間、オブシディアンが宙返りをして自分の前に出たのを見て、ダイヤモンドが「ナイス」と呟いた。


――ああすればウルツァイトはどっちを攻撃すればいいかわからないだろう。どっちも攻撃すべきだが、優先順位をつけられないはずだ。


 しかしこれは間違っていた。


                ▽


 ウルツァイトは前に二人の魔法少女が出たとき、すぐにオブシディアンのほうを攻撃した。彼女の攻撃の優先順位は、主に自分を害した、ないし害しそうという限りない主観によって決められるが、もっと限定的な状況では、スピネルの言ったことが第一だったのだ。


 スピネルが先ほど、「黒いのを殺して」と言ったから、オブシディアンを攻撃したのである。


 オブシディアンはウルツァイトの攻撃を避け、立体駐車場のなかに入った。立体駐車場の壁に沿って飛び、カーブを曲がって上の階へ上がる。ウルツァイトがそれを追って上の階へ上がる。ルビーがその間にアンバーを抱きかかえ、外に出る。


 唯一、建物の形が残っていた駐車場の警備員の詰め所に寝かせる。


「大丈夫そう。よし。よし。次は……」


 ルビーが首を向けた立体駐車場の中からは、オブシディアンとウルツァイトの攻防が行われる音が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る