ハーダー、ベター、ファスター、ストロンガー 1

 スピネルのせいでウルツァイトの標的になってしまったため、オブシディアンは横に逃げるか、上に逃げるかしようとした。それだけの速さはあった。オブシディアンはダイヤモンドのようにまったく空を飛べないではなかったし、ルビーほど体の消耗が激しくない。ウルツァイトは確かにあの巨体で、信じられないほど機敏に動くが、それ専門ではないのである。


 ウルツァイトが飛び込んでくる。オブシディアンは上に逃げる、と見せかけて、体を半回転させ、ウルツァイトの下に滑り込んだ。


「逃がしちゃ駄目!」


 スピネルが叫ぶ。


 ウルツァイトは完全に虚を突かれていた。股の下を潜り抜けるオブシディアンに追い縋ろうとするが、一歩、及ばない。オブシディアンがウルツァイトの通ってきた穴を抜け、外に出る。


 外は自分がここへきたときよりもひどい状態になっていた。まともに建っている建物は見当たらず、魔法使いが今にも街に到達しそうになっている。邪魔な魔法少女たちがいないので、心なしか嬉しそうだ。


「あれは……」


 右手、スタジアムの瓦礫の下から、アンバーとホワイトリリーが出てくるのが見えた。立体駐車場とスタジアムの間には200mほどの距離があった。オブシディアンはスピードを上げ、彼女たちに近づこうとし、ウルツァイトのエネルギー波で黒曜石が壊れたことで、急落下した。


 昼間、ウルツァイトがダイヤモンドに対して使用した、エネルギー波と同じである。あの時はダイヤモンドと密着した状態から彼女を少しの間、麻痺させるにとどまっていたが、“魔法使い化”したウルツァイトのエネルギー波には指向性と威力がある。


 オブシディアンの体が地面へ落下する。オブシディアンは空中で乱回転しながら、ウルツァイトの姿を見る。ウルツァイトがこちらへ来ようとしている。


 アンバーとホワイトリリーが別れ、ホワイトリリーはオブシディアンの下へ、アンバーはダイヤモンドの下へ向かった。


                 ▽


 ダイヤモンドはウルツァイトのしっぽを掴んでウルツァイトがオブシディアンの下へ向かうのを阻止しようとした。しかしスピネルに剣で攻撃され、これをバックステップで避け、続く攻撃も体を反って避けた。スピネルがよろけて倒れる。彼女も限界なのだ。それを悟られたくないのか、苦し紛れに吐き捨てる。「邪魔立てするな! 型落ち品が!」


「うるせえ! ヴァージョンなんぞ知るか!」


 ダイヤモンドは前に飛び込み、駐車場から飛び出る直前のウルツァイトの尻尾に掴まった。

 地面に剣を刺し、ウルツァイトの動作を制限しようとするが、力負けしウルツァイトに引きずられ、結局弾き飛ばされてしまう。


「ダイヤモンド! 無事!?」


 地面に叩きつけられた彼女を見て、近くにいたルビーが言う。


「立てるか? ルビー」


 ダイヤモンドが言う。ダイヤモンドは仰向けになって火と煙と雲で覆われた空を見上げている。


「あと一回ぐらい必殺技を出せないか?」


                ▽


 オブシディアンは拳大の黒曜石を出し、地面へ激突しようとするのと、ウルツァイトの爪がこっちを抉ろうとするの、その両方を回避した。黒曜石に掴まり、それを強引に動かす。ウルツァイトと向き合う格好で、体を引きずり、彼女の猛攻をギリギリで回避する。


 ガスッ、ガスッ、という音とともに今まで自分の体のあった場所の地面に爪が刺さっているのを、冷や汗をかいて見ている。


 なにせ一撃。一撃でも喰らえばオブシディアンはばらばらになる。ダイヤモンドがあれだけやられる相手なのである。本来、ダイヤモンドという魔法少女に傷をつけるには、少なくともオブシディアンには、アーマメントを使うしかないというのに。

 

 ウルツァイトが咆哮しながら地面を叩く。


 ウルツァイトは必死だ。必死になってオブシディアンを殺そうとしている。


 一層、強く地面へ足を踏み込み、ウルツァイトはオブシディアンに追いつこうとした。ウルツァイトはオブシディアンを捉えかけたが、こちらも地面を蹴って距離を稼ぎ、ウルツァイトから逃げた。ウルツァイトが彼女の前で地面に体ごと飛び込む。オブシディアンは黒曜石を少し高く浮かせ、体勢を立て直した。


――リリーのもとへ早く行かなければ。魔法使いを倒すには、ちょっとでもこいつから逃げる機会を無駄にしちゃいけない。


 しかし、飛んで逃げ出したいオブシディアンに対して、ウルツァイトのリカバリーが早い。大体あのエネルギー波をどうにかしなければ飛んでも意味がない。


――八方塞がりかな。


 オブシディアンは首を振った。そういう諦めは彼女の本望ではない。


――ここでキックを使う。アーマメントで傷つけて。そうすれば倒せる……はずだ。だが、本当にそうだろうか? こいつにはあのアンホーリー・トライフェルトと戦ったときと同じ匂いを感じる。あいつにアーマメントは通用したが、いつもより効きは悪かった。ちょっと傷つけるだけじゃダメだ。でもここで重傷を負うわけには……。


 ここでウルツァイトが再び体ごと飛び込んでくる。雑な攻撃で助かった、と思いながらオブシディアンは斜めに飛ぶ。着地しようとしてこちらへ向かってくるダイヤモンドとルビーの姿を見つける。それに気を取られ、着地と同時に、ウルツァイトが放ったエネルギー波を直撃し、オブシディアンは吹き飛ばされた。


「おおっと」


 ダイヤモンドが折れた腕でオブシディアンを受け止める。折れていない腕は盾をつけているため塞がないでおきたかったのだ。


「いってえなあ」


 ルビーが前に出、炎を吹き上げながらウルツァイトを攻撃した。ウルツァイトは、ダイヤモンドとオブシディアン目掛けて爪をたてようとしたのだが、途中で炎を受けたことで混乱し、転がって火から逃れようとした。

 

 ダイヤモンドがオブシディアンの尻を叩いた。炎の間から飛び去るオブシディアンを認めた掴みかかろうと伸ばした手を、ダイヤモンドが盾で止める。


「お前はこっちを見てればいいんだって。言っただろ?」


                 ▽


 オブシディアンは魔法使いの足を避けつつ、上空数十mまで昇った。


「リリー!」


 オブシディアンがホワイトリリーを呼ぶ。


「オブシディアン!」


 ホワイトリリーがオブシディアンを呼ぶ。


 二人は空中で合流した。


 オブシディアンがホワイトリリーに衝突するようにして絡みあい、ホワイトリリーがオブシディアンの肩に掴まる。オブシディアンはホワイトリリーの体をそっとおさえる。


 数時間ぶりとはいえ、いろいろあった後であるためか、オブシディアンとホワイトリリーは互いに複雑な思いを抱えていた。


 オブシディアンはホワイトリリーと再会した瞬間から、恐れを感じていた。ホワイトリリーの自分を見る目が変わっているような気がしたのだ。


――そんな場合じゃない。


 そう切り替えて頭を変えようとしたが、うまく行かなかった。感情が昂って仕方がなかった。


「知ったの? リリー」


 オブシディアンはそう訊いた。


 ホワイトリリーは肯定した。


「オブシディアン。わたしは、全部知ってるよ。わたしのつくられた理由や、どんな存在なのか。君が、どんなことになっていたのか。怖いんだろう。君は、自分が化け物なんじゃないかと心配してるんだ。アンホーリー・トライフェルトと戦って、“魔法使い”になったから。でもわたしからしてみれば、それはただの力の副作用に過ぎない。それは君じゃない。君はオブシディアン。君は魔法少女。君は、真壁純。れっきとした人間だよ」


「そうだけど、そうじゃなくて……」


 オブシディアンは堪えきれずに泣き出した。


「わたしは……もう、ダメだと思って……。魔法少女じゃなきゃ、リリーはいてくれないんじゃないかと思って……もしあなたが、ただ魔法の国のマスコットでいるだけでも、それでいいから、いてくれれば……」


「知ってる。わかってる。君が魔法少女をやめようとしたのは、耐えられなかったからだ。わたしに魔法使いになったことを知られるのも、そして、わたしが魔法の国の真実を知ったとき、どんな反応を示すか……。それが怖かったんでしょう。でも大丈夫。オブシディアンが、軍事兵器や、魔法使いや、そういうものを否定して魔法少女であろうとしたように、わたしはあなたたちのマスコットであることを自分で決める。それがなんだって、そんなことは重要じゃないんだって。だってわたしはあなたが好きだし、あなたは、わたしが好きでしょう」


 ホワイトリリーはオブシディアンの涙を羽で拭った。


「それで納得してくれるなら、またはじめよう?」


 オブシディアンは頷いた。


                 ▽


 天高く上る。魔法使いは、ルビーが余暇として頭にいれていた公園を乗り越え、ついにオフィス街に踏み込もうとしている。


 オブシディアンはホワイトリリーを肩に乗せたまま、魔法使いの顔の前のほうに出た。


 見たところ、倒すのは不可能じゃない。バカみたいだ。バカみたいなことを考えているぞ、とオブシディアンは思う。なんの根拠もなくそう思ったのだ。倒すのは不可能じゃないと。でもそれは偽らざる本心だった。本心から、倒せるとしたのである。


「リリー。キル・スイッチの場所、わかる?」


「うん」


 ホワイトリリーの眼に格子状の光が浮かぶ。ホーリー・シリーズのマスコットのために用意された情報をアップロードされたホワイトリリーは、言うなればホワイトリリー2.0だ。従来の観察機能に加え、相手の弱点や異物を精密に探し出し、相手の動きを予測することができ、これまでは焼け石に水程度だった回復魔法も、弱めの魔法少女が使う回復魔法ぐらいにはなっている。

 

 代わりに体重が12%増加し、羽の向きほんの少し斜めになったが、それ以外のデメリットはない。


 ホワイトリリーは魔法使いの体をアナライズした。魔法使いはオブシディアンを攻撃したが、射程圏外に佇んでいたため、当たりはしない。オブシディアン自身はすでにオフィス街に入り込んでいるが、この辺りはすでに避難が完了しているのか、人からの視線などは感じられない。恐らくこの先の大通りに大規模な封鎖線を敷いていて、それを徐々に広げている最中だろう。


 それが大規模災害が起こった際のシークエンスだからだ。


 では自分は? 自分のシークエンスは、今どこにある。


 オブシディアンは自分は状況に流されただけだが、悪い位置にはいないだろうと考えた。


「わかったよ」


 ホワイトリリーが言う。


「キル・スイッチは血管の中だ。動いているから、設計したアンバーでも位置がわからなかったんだ。でも、心臓を貫けばいい。心臓にあるときだけ、他よりいる時間が長い。タイミングよくキックをいれるんだ」


「了解。じゃあ、アーマメントを使う」


 オブシディアンはパーライトやスピネルにしたときのように、黒曜石の道を作り出し、自分と魔法使いをリンクさせた。


 魔法使いはなにがなにやら、わかっていない。ただルビーやアンバー、ダイヤモンド、そしてウルツァイトのように、自分を害してきた魔法少女と、少し違うと感じている。


 もちろんそれは間違いである。


 オブシディアンは誰よりも魔法使いの命と近い位置にいる。


 オブシディアンは黒曜石のナイフを作り出し、自分の胸に刺した。スピネルに刺されたところとほぼおなじ場所だ。切っ先が胸に沈み、血が流れ、それが魔法使いの体にも伝わる。


 比率で言えば、オブシディアンと魔法使いの傷の大きさは、少しオブシディアンのほうが大きかった。やはりこれぐらいの相手になると、効きが悪くなるようである。


「お陰で心臓の直前まで刺さないといけなかったじゃないか」


「大丈夫? オブシディアン」


「問題ないよ」


 オブシディアンは笑った。


 そんなものあるわけない。


 自分の背後に黒曜石の塊を三つ、出現させる。突然の負傷にうろたえ、魔法使いが興奮している。ホワイトリリーが血管の中を動くキル・スイッチを観察している。


「まだだよ。まだ……」


「リリー」


「もうすぐだ」


「わたしはね、今ならなんでもできる」


「今」


 がちん! がちん! と、黒曜石がぶつかり合う。最後の一つに手をかけたオブシディアンが、黒曜石の杭を自分の前に出現させる。


 全ての黒曜石がかち合ったとき、オブシディアンは全エネルギーを集中させ、魔法使いの下へと飛び出した。


「オブシディアン! キィィィック!」


 魔法使いの傷に杭が打ち込まれる。


 オブシディアンがそれを押し、同時に彼女の体がかき消える。


「しぃぃぃぃねぇぇぇぇ!」


 体内を通るオブシディアンの足先は、キル・スイッチを刺激し、魔法使いを突き通った。背後でキル・スイッチが爆発する。オブシディアンの体が揺れ、軌道が変化する。


                 ▽


 アンバーが魔法使いに仕込んだキル・スイッチには、以下の効果があった。


 一つには、体を破壊すること。


 もう一つは、体を破壊したあと、毒を吐き出すこと。


 魔法使いは体内で起きた大きな衝撃にその場で飛び跳ねるかのように体を伸ばし、続く毒素から身震いをした。自分のなかの細胞一つ一つが、破壊されていくのを感じていた。それは死の恐怖だった。魔法使いは死ぬ直前になって、それを感じた。それは衝撃的な感情であり、ともすれば、魔法使いの人格に、なんらかの奇跡を起こさせる可能性もあったが、今回の場合、それは誰にも見えない萌芽に終わり、ただ魔法使いの死をして記憶されるにとどまった。


「ああ! 駄目! 駄目!」


 スピネルが倒壊する“魔法使い”を見て、悲痛な声をあげた。


 ダイヤモンドはウルツァイトの攻撃が収まったため、顔をあげた。


 ウルツァイトは悲し気にそれを見ていた。身体がどんどん小さくなり、肉体がもとに戻っていく。


 ルビーはウルツァイトの首を引っ張ってダイヤモンドから剝がそうとしていたが、ダイヤモンドと同じように、その方向に眼を向けた。


 魔法使いはキル・スイッチの爆発と毒素に加え、オブシディアンの必殺技を喰らい、結晶化が始まっていた。オブシディアンは“魔法使い”の胸に傷をつけ、そこへ巨大な杭を突き立てた。そこへキックをいれ、彼女は魔法使いの体を通り抜け、その背中側へ出現した。


 空が赤らんでいた。魔法使いの上半身が大きな音を立てて崩れ落ちると、向こう側から出かけの太陽が現れた。その光に照らされ、誰もが動きを止めていた。


「ああ~……駄目だ駄目だ駄目だ駄目だあ……」


 スピネルが拳でなんども地面を叩き、現実に抗おうとする。


「受け入れろ。スピネル」


 飛んできたアンバーがスピネルの横に立った。


「お前は負けたんだ。これで終わりだよ」


 スピネルがキッとアンバーを睨みつける。


「裏切り者め。なにを考えてる。魔法の国に帰ってみろ、お前はすぐ裁判にかけられ、縛り首になるんだぞ」


「そうはならない。僕は、貴重だからな」


 アンバーが言う。スピネルはウルツァイトのほうを見る。そして、まだだ……、と呟く。


「まだだ……まだ終わってない」


「なにを言って……」


 アンバーの言葉が途切れる。見れば、スピネルの腕がアンバーの体を貫通している。アンバーは全魔法少女のなかでも特に耐久力が低いため、消耗したスピネルであっても、傷つけるのは容易だった。


「ウルツァイト! なにを止まっているの! そいつらを皆殺しになさい!」


 スピネルが狂ったように叫ぶ。


 地面に倒れ伏したアンバーが弱弱しく詰問する。


「この期に及んで……魔法使いはもういないんだぞ……計画は……」


 スピネルがアンバーの腹に手をいれ、ぐちゃぐちゃとかき乱した。


「計画は! キュア・シリーズの倒せない敵を用意して、ホーリー・シリーズがそれを倒すこと! つまり! ウルツァイトがあいつらを皆殺しにして、わたくしがあの子を殺せば! それで計画は成り立つんですのよ!」


                   ▽


「マジか……」


 ダイヤモンドが呟く。


 所在なさげに立っていたウルツァイトが、スピネルの声を聞いて再び動き出す。


「おまえたちを、ぜんいんころす」


「話聞いてなかったのか!? あいつお前のこと殺す気だぞ! 利用されてんだぞ!」


「そんなことしってる!」


 ウルツァイトが叫ぶ。


 ウルツァイトは瞬きをする。再び七つに分裂していた目が、もういちど一つになろうとしている。


 ダイヤモンドは胸糞悪くなって苦渋の表情になった。


「ダイヤモンド」


 ルビーがダイヤモンドの肩に手を置き、その場から離す。


 オブシディアンとホワイトリリーが降りてくる。


 魔法少女が三人、それからマスコットが一人。


 

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