スプレー・アンド・プレイ 12

                 ▽


 跳躍し、上から拳を振るう。その動作にかかる時間がほんの少しだとしても、決して1フレームのあいだに終わる作業じゃないし、ダイヤモンドは1フレームの動きを読むことだってできる。


 そのダイヤモンドが、ウルツァイトの攻撃を見逃した。


 ダイヤモンドはウルツァイトの拳を受けて、地面に叩き落とされた。身体に大砲を受けたような衝撃が走り、景色が二転三転しているのを見て、ようやく殴られたと理解したほどだ。

 

 ダイヤモンドは焦土と化した地面に突き刺さり、うめき声をあげた。それは先ほど、変化する前のウルツァイトに受けた攻撃とはわけが違う。内臓がめちゃくちゃになっているのを感じる。


 魔法少女の中でもトップクラスの耐久力を持つダイヤモンドが、一撃で傷をつくるほどの打撃――それが、上空から降ってくる。


「ヤバい!」


 ダイヤモンドは仰向けの体勢から足で地面を蹴って一回転し、ウルツァイトの体を避けた。しかし、着地後の攻撃は避けられなかった。ウルツァイトは巨大な腕を前に出し、ダイヤモンドの体を捕まえた。そのまま締め上げる。


 しかしこれはまだ耐えられるほうだ。それよりもダイヤモンドはウルツァイトが自分を捕まえた後も停止していないのが怖かった。


――こいつはずっと動いているのだ。行動に終わりというものがない。わけがわからない。だから次になにをされるのかがわからない。


 ウルツァイトは建物の壁をダイヤモンドで突き破り、きかんぼうのようにあちこちに叩きつけた。


「やめろこのバケモン! 離せや!」


 ダイヤモンドが盾をウルツァイトの爪に叩きつける。三度目でぱっと腕から解放され、ダイヤモンドの体が落下する――前に、蹴りをいれられ、ゴムまりのように地面を跳ねる。その跳ねが終わる前に――信じられないことに跳ねているダイヤモンドに追いつき、足で踏みつけにする。


 それだけでもかなりのダメージだった。そのうえウルツァイトはゆっくりと力を入れ、背骨を曲げると、口元をダイヤモンドの近くまでもっていった。爬虫類のドクロのような顔が眼前まで近づき、息が顔にかかる。背筋の凍る思いがした。なにをする気なのかわかったのだ。


 ウルツァイトが顔を噛みちぎろうとしてくるのを、ダイヤモンドは盾を口にあてがうことで防いだ。ウルツァイトが盾に噛みつく。いったん離してもう一度噛みついて来るが、こちらもまた盾で防ぐ。だがダイヤモンドは見ている。


――盾が……。


 アンバーに渡された彼女謹製の盾が、ウルツァイトの牙でどんどん削れ、抉れているのだ。


 ダイヤモンドは盾をがちゃがちゃと動かし、ウルツァイトの力が一点に集中しないように努めた。


 どうやら簡単には外れないと見たか、ウルツァイトが攻撃を切り替える。拳を振り上げ、殴りかかろうとする。ダイヤモンドはサップレッサー・ウィズ・ダイヤモンドを引き寄せようとするが、それを手が受け取る直前、ウルツァイトの歯がダイヤモンドの腕を捕まえた。


「うああ! ああーっ!」

 

 ウルツァイトの歯がダイヤモンドの腕に沈み込む。ばきんと音をたて、ダイヤモンドの腕の骨が折れる。


――このままだと腕が千切り取られる!

 

 ダイヤモンドは盾に魔力を込め、バッシュでウルツァイトの体に衝撃を与える。しかしこの巨躯の怪物はびくともしない。


 ダイヤモンドはウルツァイトの頭を殴りつける。これに呼応するように、腹のうえに乗っているウルツァイトの足にどんどん力が籠められる。悲鳴を上げ、打撃の勢いが弱まった隙を狙われ、残った腕も地面にはりつけにされる。盾が地面に寝かせられた状態になり、ダイヤモンドの頭は無防備になる。


 ここでダイヤモンドとウルツァイトの目が合う。それはあの子供っぽい全力の怒りやうとましさをぶつけてくる目ではなく、狡猾で憎悪に満ちた、悪魔の目である。


「チャージ! 6%!」


 サップレッサー・ウィズ・ダイヤモンドから光が炸裂する。手に噛みつかれながらも、溜めていたチャージをここで使う。ウルツァイトの拘束が緩み、ダイヤモンドは地面を蹴って滑るようにして脱出する。


 腕がだらんとしている。盾のついているほうは大丈夫だが、剣を振るのは難しそうである。でもそれを悟られてはならない。ダイヤモンドは盾を構えて牽制する。サップレッサー・ウィズ・ダイヤモンドを警戒しているのか、ウルツァイトはすぐには噛みつこうとしてこない。


――情けないな……情けないけど、オブシディアンを早く出してやらないといけない。


 チャージがまったく効かないわけではないのはいいが、6%ではちょっと驚かすので精いっぱいだ。最低でも20%まで行かなければ、ダメージが通ったとは言えないだろう。


――でもそれまで待ってくれるか……? ちょっとは警戒してくれてるみたいだけど、ダメージは行ってないはずだ。だから、こっちをすぐ襲ってきてもおかしくはない。


――今、何パーセントだ……?


 ちらり、とダイヤモンドが剣の表示を見る。


 見てしまう。


「しまった」


 こんな隙をウルツァイトが見逃すはずない。ウルツァイトは目線を落とし、慌てて深く腰を落とし、力を受け流す構えを見せた。


 しかし、これではだめだ、というのを、近づいて来るウルツァイトの動きから察知もしていた。


――上から……!


 なにも考えてない体当たりじゃない。ウルツァイトの爪がダイヤモンドに迫る。避けられない。避けられるタイミングじゃない。防ぐことだってできない。


 あの爪が直撃すれば、頭がもってかれるかもしれない。そうなれば思考を失う。それは戦えなくなるということだ。クォーツに教えられた。


 自分の頭のない死体を食べるウルツァイトを想像し、ダイヤモンドは戦慄した。


                 ▽


 ルビーが横合いにダイヤモンドを搔っ攫い、弱弱しいながらも飛んで距離を離した。


 ウルツァイトの爪が空ぶる。


 無論、まだ動いていいようなタイミングではない。その証拠にルビーは地上数十センチを飛ぶのでも満足にすることができず、すぐ地面についてしまう。ダイヤモンドがルビーの体に触れ、ウルツァイトが後ろから近づいてきている音を聞きとり、体を回して盾でウルツァイトの牙を受け止める。


 ウルツァイトが盾を口に咥えたままダイヤモンドを振り回す。盾がウルツァイトの口の中でみしみしと音を立てる。ウルツァイトはダイヤモンドの足を掴み、引っ張った。身体が引き裂かれるような痛みに、ダイヤモンドが苦悶の声をあげる。


 この窮地を救ったのは、意外なものだった。“やるべきこと”に一定時間戻っていたことで、三歳児程度の知性を取り戻した魔法使いが、近くにいたダイヤモンド、ウルツァイトを狙って腕を振るったのである。


 直前に気づいたウルツァイトがダイヤモンドを離し、魔法使いの腕を受け止める。ルビーが必殺技を使ってなんとか止め、ダイヤモンドが吹き飛ばされた腕を、ウルツァイトは体を押されながらも、なんとか抑えつける。


 ウルツァイトが嘲るような鳴き声を出す。次の振り下ろしには気づかず、頭から直撃した。


 それをダイヤモンドがルビーを引きずりながら、少し距離をとって見ていた。


 この隙に立体駐車場へ向かうのだ。


「クソッ、マジでクソだわ。こんなに強い体を貰っときながら、十四の子供を頼らなきゃなにもできないなんてな。マジで最悪だわ」


 悪態をつきつつも、ダイヤモンドは剣を立体駐車場の壁へ向ける。


 そして後ろから迫ってきていたウルツァイトの張り手を受け、自分の体ごと立体駐車場の壁を破壊した。それはアンバーの言う、閉鎖空間を破壊する強烈な一撃、という条件をゆうゆうクリアするほどの、強い一撃だった。


                  ▽


 そして、時間は現在へと戻る。


 オブシディアンがスピネルとの決着を付けようとしたそのとき、ダイヤモンドが現れ、その決定的瞬間の邪魔をする。アンバーとホワイトリリーが地下でアップデートを続け、ルビーは体に負ったダメージをどう誤魔化して戦うか考えている。


 魔法少女たちは、その怪物と相対する。

 アンホーリー・ウルツァイトが咆哮あげる。

 ダイヤモンドが盾を構える。オブシディアンが黒曜石を出し、そこに足を乗せる。


 ルビーは起き上がり、外からウルツァイトの背中を見ている。動いている魔法使いへ首を振り返り、それからまたウルツァイトへ視線を戻す。


 時間が止まっているようだった。

 その場にいる、魔法少女五人――ルビー、オブシディアン、ダイヤモンド、スピネル、ウルツァイト、その全員が相手の動きを待っていた。


 そんな中でも、次の行動について考えていたのは、オブシディアンである。彼女はウルツァイトをというよりも、後ろで行進を開始している魔法使いのほうに眼をやっている。


――こいつがウルツァイトだっていうのは、わかった。問題は、あいつがあそこにずっといたんじゃ、わたしは魔法使いのところへ辿り着けない。

 かといって、あいつをどかせるかと言えば――それも厳しい。わたしの魔力はもうほとんど残ってない。


 オブシディアンはシミュレートした。上階に行って、そこから外に出るのはどうだ? あいつがどれだけ早いかは知らないが、天井をぶち破って上に行くんだ。外にでさえすればあいつは飛んでいるこちらを捕まえることはできない。


 天井を見上げ、計算立てていたオブシディアンの肩を、ダイヤモンドが引き留めた。アイコンタクトし、首を振る。それは無理だ、と。


 よく見るとダイヤモンドは、ひどい状態だった。戦っているとき、コスチュームが最も汚れるのは敵の攻撃を真正面からわざと受けることのあるダイヤモンドだが、これは汚れなんかじゃなかった。これは傷だ。それも重症である。


 足がびっこを引いているのは折れているからだし、盾はあるが半分壊れかけだ。彼女の専用装備であるサップレッサー・ウィズ・ダイヤモンドには見えづらいが亀裂が入っているようだし、それを持つ腕に力が入っていない。こちらも折れているかしているのかもしれない。


 ウルツァイトが動かないのは、スピネルがなにも言わないからだ。ウルツァイト一人の状態だとダイヤモンドとオブシディアンを目の前にし、ルビーを後ろにしているこのシチュエーションでは、その優先順位をつけきれないのである。


 しかしだからといって、ファースト・アタックがダイヤモンドやオブシディアンやルビーに与えられているわけではない。誰かが攻撃でも逃走でも、動いた瞬間、ウルツァイトもまた動く。


 そして殺す。


 それがわかっているのだ。


 そのため必然的に、五人の魔法少女のなかではじめにアクションを起こしたのは、ウルツァイトに狙われている者ではなくウルツァイト本人でもない、スピネルしかいない。彼女は変異したウルツァイトに驚いたものの、すぐこれを利用するしかないと考え、必死になってウルツァイトに話しかける。


「ウルツァイト! 黒いやつよ! オブシディアンを殺して!」


「なんなんだよ……」

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