スプレー・アンド・プレイ 11

                 ▽


 ダイヤモンドは目前に迫ったウルツァイトの攻撃を、受けるか、よけるか、そしてそのどちらが可能であるかを考える。盾を構えてガードするのはいいが、姿勢があまりにも悪く、ガードしたあとに体勢を立て直す機会を設けなければ、相手のターンを続けることになるからだ。


 避ける? でもそれって可能か? ダイヤモンドは視界の端に転がったサップレッサー・ウィズ・ダイヤモンドを見つけた。チャージが30%は溜まっているものだ。


 ダイヤモンドは手を伸ばし、魔法で剣を引き寄せる。横殴りにきたモーニングスターを盾で受け止め、地面を這ってやってきた剣を掴み、盾を引き剥がそうと掴みかかってきたウルツァイトの腹に剣先を押し付け、必殺技を放った。


「チャージ! 30%!」


 周囲に熱が浮き、青白い光線が剣から溢れ出、ウルツァイトに直撃する。ウルツァイトは一瞬、堪える様相を見せるが、勢いに負け吹き飛ばされる。本来、足を踏ん張ってやらなければいけないパーセントゲージの必殺技である。腕がついてこれず、ビームがぶれそうになる。両手で抑え込もうとすると、たまたま直線上にいた魔法使いの足にビームが命中し、魔法使いが悲鳴を上げた。


「ルビー! 近づくな!」


 ダイヤモンドは魔法使いの腕の横殴りを受け、数m先のレンガでできた壁に叩きつけられた。


 魔法使いがダイヤモンドを見ている。ダイヤモンドは起き上がろうとして、足が鉄骨に挟まっていることに気づく。魔法使いが腕を振り下ろしてくる。ダイヤモンドが盾で身を守ろうとすると、ルビーがダイヤモンドと魔法使いの腕の間に滑り込み、体で魔法使いを受け止めた。


 ルビーの体は発光していた。体内に魔力を貯め、これを放出することで一時的にパワーをあげていた。しかしこれは前準備に過ぎない。ルビーは自分の体が音を立てて崩れそうになっているのも構わず、「マジェスティ!」と叫ぶ。


「マジェスティ! ラトラナジュ! 宝石王の威光!」


 身体の光が一点に集まり、放射状の光を放った。先ほど魔法使いに使ったものと同一の技だが、出力はずっと下だった。肉体を犠牲にしても、腕を弾き返すのがやっとだ。


 ルビーがその場にうずくまる。鉄骨をどかしたダイヤモンドはルビーを横抱きにし、その場から離脱する。


「なんてことを……」


 ダイヤモンドが呟き、ルビーを瓦礫の上に横たえる。ルビーは体中がひび割れ、全身に重度の火傷を負っていた。このままじゃ戦うどころか、飛ぶこともままならないだろう。しかしルビーは、大丈夫、立てるから、と言った。


「少し休めば大丈夫だから。それより、ダイヤモンド、オブシディアンをあそこから解放しないと」


「言ってる場合か!」


「言ってる場合でしょ。勘違いしないで。ダイヤモンド。このままだと私たちの街がめちゃくちゃにされちゃうの。一大事なんだよ」


 ダイヤモンドが歯噛みし、袖を捲って腕を差し出した。


「イヤなのは知ってる。アタシだってオブシディアンぐらい躊躇なくやる気にはならないけど、血を吸ってくれ。それで少しは魔力も回復するだろ」


 ルビーは逡巡した。それを察知したダイヤモンドが問題ない、と言う。


「アタシはここに来る前に魔力を全快にしてきたんだ。まだ全然余裕はある。それに、オブシディアンを出しさえすれば、あとはほとんどあいつに任せていいんだ。楽なもんだよ」


 ふっとルビーが笑う。


「そういうの、口に出すもんじゃないわ」


「お前が笑ってくれるなら何回だっていうよ」


 ルビーがダイヤモンドの腕に歯を立てる。ガリ、と音がし、ルビーの唇の下から血が一筋流れる。ルビーがちゅうと音をたて血を吸い、こくんと喉が動く。


 はあ、とダイヤモンドが息を吐く。


 四回ほど吸ったところでルビーが口を離し、ダイヤモンドの腕の傷に触れないよう、彼女の腕を下げた。


「もう、大丈夫。行って? 私も後からついていくから」


「ああ。また後で」


 ダイヤモンドは立体駐車場へ跳んで行った。そして、地面でのたうち回るウルツァイトを見つけた。


                  ▽


 ホーリー・ウルツァイトは怪物である。それはなにもその出自や、見た目や、性能だけのことを言っているのではない。彼女の本性の話である。

 

 ウルツァイトの精神は幼児的で、分裂している。


 彼女の前の魔法少女たち。彼女の中にいるヴァニシング・ツイン。彼女の眼に宿る七つのそれが表すように、ウルツァイトの中には“魔法の国”の実験によって犠牲となった六人の魔法少女と、彼女自身の魂が宿っている。


 ウルツァイトは空を見上げ、瞬きをした。


 ウルツァイトはダイヤモンドの必殺技をうけ、体が動かなくなっていた。肉体にダメージがあるわけではない。彼女の体はぴんぴんしている。身体が動かないのは、精神の問題だ。ウルツァイトの分裂した精神は、無意識下の思考に影響を受けやすく、その思考はもう戦いたくない、痛いのは嫌だ、と言っていた。


――そんなのやだ。


 ウルツァイトは体を揺すってみた。


「うー……」


 とてもイラついた。自分の体が思い通りに動かせないというのは、ひどいストレスだった。


 痛み、悲しみ、寂しさ、怒り、これらはウルツァイトの中の魔法少女たちが、ウルツァイトを形作る材料に使ったものである。彼女たちはコア・ストーンに宿った残留思念であり、個々の意思はもっていないのだが、胎児という限りなく無辜の存在にその思念を与え、誕生したその瞬間から、感情エネルギーを持つように仕向けた。


 内的な経験によって芽生える自我を、彼女たちは外側から包み込み、輪郭をつくりだすことによって、人工的に作り出したのである。それはさながら四角いスイカである。


 しかし、ウルツァイト自身にも魂はある。人が、幼い頃の体験を己の一部としながらも、大人になった以後もその考え方やアイデンティティを流動させるように、魔法少女たちはウルツァイトの最初の自我をつくったが、それが全てではないのだ。


 事実、ウルツァイトはスピネルが好きであった。彼女は自分をケージにいれることはしないし、閉じ込めて電気を流したりもしてこない。いつも自分に優しい。頭を撫でてくれる。傷を治してくれる。


 ウルツァイトには生まれたあとの経験から内的に作り出した、本来の意味の自我があるのである。


 その自我が、動けと言っている。


 動かないと、スピネルに見捨てられてしまう。


 ウルツァイトは涙を流していた。


 うーうーうーうー、あーあーあーあー、いーいーいーいー、おーおーおーおー、喉から声を出し、これとともに感情の奔流がおもてへ現れ、それはやがて鳴き声に変わっていた。


――スピネルはこわい。きのうから、ずっとこわい。ボクを見ても全然笑ってくれなくなった。ボクに命令をするようになった。ほかのおとなとおなじように。


「ボクが悪いんだ。ボクが黒いのを逃がしたから。スピネルのてをわずらわせたから」


――今動けなかったら、見捨てられる!


 六人の魔法少女たちは彼女の中で協議した。そして、決めた。


――戦っていいよ。


 ウルツァイトは瞬きをする。彼女の眼には彼女自身と六人の魔法少女たちの分である、七つの黒目がある。それが忙しなく動いている。ウルツァイトが痙攣しはじめる。がたがたと体が揺れ、段々と地面に伝播していく。


 次に瞬きをしたとき、ウルツァイトの眼に宿る黒目は一つになっている。


 ウルツァイトは怪物である。彼女の精神は幼児的であり、七つに分裂している。しかしそれは、必要な措置なのだ。なんらかの現実にたいし複雑な感情を抱かない幼児の精神と、曖昧な魂が、ウルツァイトの怪物性を閉じ込めているのだ。


 ウルツァイトの体が変形を始める。その眼を除けば普通の、愛らしい魔法少女と変わらないその見目が、肥大化し、見るに堪えないものとなる。コスチュームが伸び、顔が流線形になり、腕の先が岩のような形になる。しっぽが生え、背骨が曲がる。今のウルツァイトは、巨大な腕と足を持つ、凶悪な魔法使い。

 アンホーリー・ウルツァイトになっていた。


「おいおい……あれは絶対に、魔法少女なんかじゃ、ないぞ」


 落下しながらダイヤモンドが呟く。


 ウルツァイトが立ち上がり、スタジアムから現れた魔法使いに勝るとも劣らないほどの大きさで、咆哮をする。目が合った。次の瞬間、ダイヤモンドは、空中から殴り落とされていた。

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