ミッドナイト・ハンティング 2

 ダイヤモンドは屋根から路地に降り立った。どこからかともなく、名前も知らない虫の鳴き声が聞こえてきていた。一定間隔に街灯がたてられていたが、人工的な光と、炎の光には大きな違いがある。未だにAに灯る炎に照らされた真夜中に光る茜色の空は、距離が離れていても存在感があった。


 ダイヤモンドは、口笛をふくふりをしていた。


「いなかったって?」


 ホワイトリリーはオブシディアンの家に行った時のことを話していた」


「うん。どうやら両親にもなにも言わずにでてったみたい。お財布やケータイは持ってってると思うんだけど、でないし。もしかしたら、“魔法使い”の現場にいたかもしれない」


「は? マジかよ」ダイヤモンドは驚いて言い、「なんかそんな話をきいたのか?」と問う。普段仲のいいわけではなくとも、流石に心配になるらしい。しかしホワイトリリーが、そうじゃないんだけど……、と返すと、白けた顔になり、なんだ思ってるだけか、と返した。


「家出かなんかじゃないの~? それか、リリーとかアタシらを避けてるとか」


「そうおもう?」


 ダイヤモンドは首を傾げた。


「どうだろ。わかんないな……あーあ。あいつに関してなんかこんなマジに話す時が来るなんて思わなかったな……」


 ホワイトリリーがくすくすと笑った。

「それはちょっとひどいよ……」


「ま、実際そうだし。なんていうか、必要なかったじゃん。あいつ先輩だし、大抵のことは手助けなしでこなせるしさ」


 ダイヤモンドが地面の石ころを拾い、塀に向けて軽く投げた。石は塀を跳ね、電柱を跳ね、再び塀に、そしてダイヤモンドの手に戻ってきた。


「それがなんで今手を焼かせるかね……」


 ホワイトリリーはダイヤモンドの前をふよふよと飛んでいる。


 なにか考え込んでいる様子だ。


 ダイヤモンドの声は聞こえていないらしい。


 またどうせ暗いことを考えているのだろう。


 ホワイトリリーは考えていることは以下のことだ。

 オブシディアンはどこへ行ったのだろうか。どうしてどこかへ行ってしまったのだろうか。あの現場には本当にいなかったのか。どこかへ行ってしまったとしたら、戻ってくることはもうないのか。彼女は完全に自分たちから逃げようとしているのか……。


「リリー?」


 ダイヤモンドが尋ねるが、ホワイトリリーは答えない。

 ダイヤモンドはふくれっ面になった。


「ああ、もう!」ダイヤモンドは突然言った。考え事から強制的に引き戻されたホワイトリリーの体が跳ねた。「めんどくさいやつらだな!」


「ダイヤモンド?」


「探そう! リリー!」


「な、なにを? 魔法使いを?」


「オブシディアンに決まってるだろクソバカ!外野でごちゃごちゃ考えてたってわかんねーもんはわかんねーって。やっぱ直接会って、それで確かめよう!」


 天高く跳ぼうと腰を低くしたダイヤモンドに、慌てて声をかける。


「ちょ、ちょっとちょっと! ダメだよ! 魔法使いはどうするの?」


「え? あーそっか。そーだよな。一瞬忘れてた。そっち優先した方がいいわな……」


 ダイヤモンドは消沈したように肩を落とした。

 勢い削がれたー、だの、あースイッチいれなきゃ、だの独り言をいうダイヤモンド。彼女のおかげで、ホワイトリリーの気分は晴れやかになっていた。


「ダイヤモンド」


「ん?」


「ありがとう」


 ダイヤモンドはハニカミ笑顔をした。


「いーっていーって……」

 

 そして、ホワイトリリーの後方、数百メートル先に、“あれ”を見つけた。


                  ▽


 “あれ”は、姿が衝撃的だったために、遠目でもすぐそれが異常な物体であることを理解できた。魔法少女の“目”なら猶更だ。ダイヤモンドは突然視界に入ってきた“あれ”を見て、目玉をひん剥いたほどである。

 “あれ”は、人間の姿をしていた。なので一瞬だけなら、遠目であれば、角度によっては人間に見えたかもしれない。“あれ”はひし形の鉱石のような体をしていた。下から糸のような足が何本か生えていて、それで移動しているらしい。驚いたのは、ひし形の体の外側に、人間をくっつけていることだ。ひし形の、辺に沿って四体の人型が、ぶきっちょな工作のようにくっつけられ、“あれ”が動くとゆらゆら揺れているのである。


「ひどいな……」


 ダイヤモンドが剣――固有武器であるサップレッサー・ウィズ・ダイヤモンドを抜く。


 三年間。三年間、戦ってきた。

 長い時間だ。でかい虫も、妙な肉のかたまりも、他にもたくさんの“魔法使い”と戦った。だが、あんな妙な見た目の敵は見たことがない。


 そもそも“魔法使い”は、異界の生物なのだ。生物である以上、奇妙ではあっても、みんな生命体である、とわかる形をしている。あんな不合理な見た目をしているのを見たことはない。そもそもあんな姿である意味がないからだ。


「見えてるか? 見えてるよな……。逃げた“魔法使い”って、絶対にあれだよな」


 ダイヤモンドが興奮気味にホワイトリリーへ話しかける。


「う、うん……」


 一方でホワイトリリーは不安げだった。

――なに、あれ。解析ができない。


 マスコットとして、備わっている機能。相手を解析して、弱点を見つけ出すこと――それができない。いつもなら組成まで理解できるのに。


「とりあえず殺してくるわ」


「ちょっと待ってダイヤモンド! まだ行かないで!」


 ホワイトリリーがそう叫ぶ前に、ダイヤモンドは“魔法使い”のところまで到達していた。

 先ほどまでの少しお茶らけた様子はない。敵を切り潰すときの彼女は、どこまでも本気である。


 ダイヤモンドは飛び跳ね、体をひねり、剣に遠心力を加える。切っ先が“魔法使い”の体にひっつく人型の一つに触れそうになる。


“魔法使い”は、このダイヤモンドの渾身の一振りを、そのまま受けた。受けたくて受けたのかはわからない。気付いてすらいなかったのかもしれない。だが、受けた――人型のひとつが千切れとび、そのまま全身ごと塀に叩きつけられる。全魔法少女中トップクラスの力で“魔法使い”を叩きつけられた石材の塀は、あわれ崩落して、“魔法使い”とダイヤモンドの体に降り注いだ。


「あーやっべ。やっちゃった」


 言いながらも、ダイヤモンドは自分の攻撃の余波などは気にもしていない。魔法少女によって壊された個人の占有物は、国による補償か、魔法によって直される。だから確かに、ダイヤモンドに気にする必要はないのだが。


 “魔法使い”が足の触手を繰り出す。ダイヤモンドが剣でそれを振り払う。次に繰り出された触手はダイヤモンドの腕に巻き付いた。腕がひっぱられる。しかし、ダイヤモンドが少し力を込めれば、関係は逆転してしまう。ダイヤモンドは“魔法使い”を瓦礫から引きずり出し、振り回して地面に叩きつけた。


 “魔法使い”はまだ生きていたが、だいぶ哀れっぽい姿へと変えられていた。四つあった人型は二つがつぶれ、残り二つもひしゃげている。中のひし形もところどころに欠けがある。足も何本か切ったが、こちらは生えてくるらしい。本数は同じだ。


 ダイヤモンドは叩きつけたさいに引っこ抜けた“魔法使い”の足を腕から取り払い、のしのしと大股で“魔法使い”へ近づく。


「気を付けて……なにをしてくるかわからない」


 追いついたホワイトリリーがそう忠告する。

 ダイヤモンドが頷く。


――これはなんなんだろう? 

 ホワイトリリーは思う。マスコットである自分が解析できない敵なんてはじめてじゃないか。あのアンホーリー・トライフェルトでさえ、解析はできたのに。


「チッ、まだ動いてやがる。はやいとこ殺そう」

 “魔法使い”はひっくり返された亀のように触手を動かし、体を揺らしていた。ダイヤモンドたちが近づくと、ダイヤモンドたちのほうへ触手を伸ばしたが、なにかできるわけでもなかった。


 だというのに、“魔法使い”は、動き出した。ダイヤモンドが“魔法使い”を自分のキルゾーンにいれた瞬間、触手を動かして飛び起き、カッと青色に光ったのである。


 ダイヤモンドが思わず目を覆ってしまう。しまった、と思う。ホワイトリリーが「おなかと右胸!」と叫び、がむしゃらにそのあたりを剣で薙ぐ。

 弾いた”魔法使い”の攻撃が肩に命中する」

 光が収まると、“魔法使い”の姿はどこにもなかった。


 ダイヤモンドが叫んだ。

「あいつ、逃げやがった!」

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