ミッドナイト・ハンティング 1

 ダイヤモンドは、郊外の駐車場でホワイトリリーの到着を待った。彼女はまだ変身しておらず、キャラメル色のショートパンツに、上は青いシャツワンピースを羽織っている。


 ダイヤモンドの正体は、新庄佳織というK市の女子高生である。17歳で、ホワイトリリーに声をかけられたときは、まだ中学生だった。


 駐車場にルビーの姿はなかった。ダイヤモンドは一人で、料金所に寄り掛かってひさしとひさしに半分隠された夜空を見ていた。彼女はほんの少し、いらいらしていた。さっき男に話しかけられたからだ。心配したふりをした、明らかな誘い文句。自分を家出少女かなにかと勘違いしたのだろうか。すぐむこうでまだ人や物が燃えている明かりがあるというのに、よくそんなことができる。


 ダイヤモンドには、一流の倫理観があった。少なくとも本人はそう思っていた。


「やっと来た」


 ホワイトリリーがやってきたとき、ダイヤモンドは自分の声が思ったより険を含んでいることに気が付いた。


「ごめん。ルビーはどこ?」


「隣の地区に応援。あそこいま一人しかいないから。当然じゃない? こっちは三人だと思われてるんだし」


「というかそもそも、なにがあったの?」


 ダイヤモンドは眉を上げ、ああそこからか、という表情をつくった。


 シャツワンピースの下に指をいれ、脇腹の皮膚を引っ掻く。


「ん~……実はさっき、ラブラドライトから連絡があったんだ。なんか、あっちの現場から二匹逃げたのがいるらしい。こっちに来てるかもしれないから巡回するようにって」


「それならわたしに直接連絡を入れてくれればいいのに」


「そう言ったよ。なんで私って。そしたらホワイトリリーは今忙しいんじゃないのだって。あいつなんか知ってんの? 気に食わないなあ」


 ダイヤモンドは肩をすくめてしゃあないと息を吐いた。


「こっちはなにもないんだし、さっさと探そう。リリー。さっさと探知してみてよ」


「わかった」


 ダイヤモンドが変身する。

 すると、ホワイトリリーはあるものを見つける。


「それ」


「なに?」


「おなかのそれ、まだ取れてないの?」


「え?」ダイヤモンドが自分のコスチュームを見下ろす。緑がかった銀色の鎧の表面に、赤い斑点がいくつか飛んでいる。「うわっ、マジだ。なんだこれ」


「なんだろう……呪いの一種かも。ちょっと見てみるね?」


 ホワイトリリーが赤いしみを分析する。


「うーん……呪いかどうかはわからないけど、魔法でつけられてるのは間違いないみたい。とりあえず消すね?」


 ホワイトリリーは呪文を唱えた。ダイヤモンドは元々、そういったものに対する耐性が強いほうなので、それほど苦労はしなかった。赤いしみは呪文とともに薄くなり、消えた。


「ありがと。じゃ、行こうか」

 

 ダイヤモンドがしみのあった部分をぱっ、ぱっ、と手で払う仕草をした。


「オブシディアンは来ないんだろ?」


 ホワイトリリーが「うん……」と口ごもる。


「じゃ、行こうぜ」

 ダイヤモンドはあっけからんと返す。

 

 ダイヤモンドはホワイトリリーを伴い、住居の天井づたいに街のなかを逃げ込んだらしい“魔法使い”を捜索する。


 ホワイトリリーは集中した。ホワイトリリーはマスコットとして、いくらかの特殊な機能をつけられている。さきほど使った簡単な状態回復や、魔力を感じ取る機能、録音機能というものもある。ホワイトリリーはその内、魔力を感じ取る機能をフルに使い、辺りに残された魔力の塊や残滓を感じ取ろうとする。


 すぐに反応があった。これは、当たり前のことだ。屋内にいる人――それに反応しただけなのである。魔法少女になれるほどの才能があるものは少ないが、人間は誰しも少なからず魔力を持っている。ある家は食事をとり、ある家は喧嘩をしている。ある家は一家全員がベッドのなかでもう寝ていて、家族全員で筋トレをしている家もある。しかしどうやら、多くの家がテレビを見ているようだ。


 事件がまだ続いているので、心配なのだろう。


 ダイヤモンドは、家から家へ飛び移ろうとしたとき、二階の窓からこちらを見る女の子に気が付いた。見返すと、ぽかんとした顔をしながらも、こちらに手を振ってくる。振り返す。笑顔になってもっと激しく手を振り返してきた。


「ふふ」


 ダイヤモンドは手を振りながら次の区画へ跳んで行った。


“魔法使い”はなかなか見つからなかった。そもそも本当にこの辺りにいるのかもわからないのだ。


 ダイヤモンドは早くもキレ気味だった。


 感情の起伏が激しいのが彼女の欠点であり、魅力だ。


 一方のホワイトリリーはレーダーに集中していたが、ふと、これでならオブシディアンを探せるかもと考えてしまった。バツが悪くなってダイヤモンドを見上げると、目があった。


 ダイヤモンドはその迷いのあるつぶらな目を認めると、つい優しくしたくなるのだった。


「オブシディアンと話せなかったのか? 門前払いされたか」


「ううん」ホワイトリリーが俯く。「そういうわけじゃない」


「ちょっと休憩しよう。歩こう。普通に」


 ダイヤモンドが屋根から路地に降り立った。

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