魔法少女の不在
オブシディアンは森を振り返る。ウルツァイトが自分を見つけている気配はない。真っ黒に見える木と、枝葉の間に見える黄昏の空が、オブシディアンにぐっと迫ってくる。
オブシディアンはぐっと息を詰まらせ、変身を解いた。変身後同様、こちらもひどく疲れた様子である。ダイヤモンドがテレビで言っていた通り、まだトライフェルトとの戦いによる疲労は、休養しなければならないほどではないにしろ、まだ残っている。
オブシディアンは近くの岩に身を寄せた。
自分の身元がばれていた。家には帰れない。あいつらは一体、何者なのだ? オブシディアンは、自分が襲われた理由を知っている。誰に襲われたのかはわからなくても。
やらなくてはならないことがたくさんある。あいつらが誰なのか、誰にしろ、ダイヤモンドやルビー、そしてホワイトリリーを巻き込もうとは思えない。これは自分の問題なのだ。
岩に寄り掛かりながら、オブシディアンは眠気を感じていた。それは抗いがたい感覚だった。
――絶対的な死が、自分を横ぎろうとしたときは、それを受け入れようとしてはいけない。
オブシディアンは瞼をあけるのでやっとだった。
オブシディアンは眠っていた。
▽
19時45分。夜。Aの上空にヘリコプターが飛んでいた。
ばりばりばりばり、とヘリコプターの羽が唸り声をあげる。地面にほど近い距離を飛んでいるため、かなりの音が響いている。
軍仕様のヘリコプターだが、乗っているのは軍人ではない――乗っている四人、操縦士を除く三人が、フリルや可愛らしい刺繍のついた衣服に身を包む魔法少女だ。
彼女たちは“魔法使い”の発生現場にいた。数時間前、謎の爆発とともに現れた彼らによって、周辺住民の虐殺が起こった場所だ。
「うっわー。派手にやられてますよ。これ。どうするんすか」
ヘリコプター備え付けのライトを操っている魔法少女が言った。
「どうするもなにも、生きている人がいないなら完全に焼却するしかないでしょ」
別の一人が返す。
「イヤっすよ私。あんな気持ちの悪いところに飛び込むの」
下は惨状だ。ゴキブリのような“魔法使い”に埋め尽くされている。ヘリコプターからのライトの当たった場所には、その間に、食われた人間の体が見え隠れしている。
「いないわ」
尻込みする二人の後方から、凛とした声がかけられる。どうやら他の二人よりも立場が上のようだ。二人とも身震いを起こして、姿勢を正している。
「あそこに生きているものはいない」
ライトを操作していた魔法少女が引きつった笑みを浮かべた。
隣の魔法少女に話しかける。
「マジっすか。って、え~……どこ情報っすか。って、訊いていいんですかね?」
「わたしにフらないでよ」
生きているものはいない。この魔法少女は、上空からそれを判断できる魔法を持っているのだろうか。二人の知る限り、持っていない。しかしそれでも彼女は、自信たっぷりに、こう続けるのだ。
「大マジよ。焼却しなさい」
こうなると、従うほかない。同じ魔法少女。されど立場は……。
「はいはい。わかりました~っと」
「了解しました!」
その言葉を受けて、二人はヘリコプターの縁に寄った。下の景色すべてが見える位置だ。二人は互いの手を握り、集中し合う。
「「炎よ!」」
二人の複合技が発動し、辺り一帯を焼き尽くす。“魔法使い”の悲鳴にも似た鳴き声と、命を含んだ煙が漂う。その様子を、ラブラドライトが見下ろしている。
「逃げろうさぎ、逃げろ~」
ラブラドライトが口ずさむ。
「なんてね」
「そういや、あそこから飛び出してったのがいるってSNSで話題になってましたよ。そっちはどうするんすか?」
「そっちは問題ないわ。“魔法使い”が二人、逃げただけだもの」
「へっ? それってけっこうな問題なような……」
やめなさいよ、ともう一人の魔法少女がどついた。
▽
そのころ。
オブシディアンと話しに来たホワイトリリーは、彼女が帰ってきていないことに気づいた。
下の階でオブシディアンの両親である真壁夫妻があちこちに電話をかけ、娘の心配をしている音がする。
彼らはオブシディアンが魔法少女であることを知らない。多くの場合、魔法少女の身元は、魔法少女間にしか知られてはいないし、そうしなければならないことになっているのだ。彼らが見ているテレビには、燃え盛るAの市街地が映されていた。大規模な“魔法使い”の侵攻があったという。到着したときにはもう手遅れになっており、やむなく一帯を焼き払ったと、魔法少女のラブラドライトが会見で話をしていた。オブシディアンの両親は、娘がそこにいたのではないかと心配しているのだ。
「やっぱりもういちど警察にかけてみよう。どこかで保護されているかもしれない」
ラブラドライトは会見で亡くなった人々への哀悼の意と、身元の確認には時間がかかるので、そういった相談は控えるようにと伝えていた。
北の空にはまだ炎の茜色があった。それがホワイトリリーを照らし、暗くなっているオブシディアンの部屋を照らした。
(オブシディアンはベテランだし、突発的な状況には慣れてる。もし仮にあの現場にいたとしても、簡単に死んだりはしないはず……)
それに、あそこにいたとは限らない。オブシディアンは社交的なほうではないが、趣味の行動範囲は広い方だ。
しかし、ホワイトリリーの不安は拭えなかった。オブシディアンになにかあったと思うと、ホワイトリリーはとても不安で、悲しくなってくるのだ。
(どうか無事で……いや、ラブラドライトのところへ行って訊くか……)
マスコットが他区域まで出向いて魔法少女に話しかけるのも、当然ながら推奨されていない。不可侵領域に足を踏み入れることになってしまうだろう。しかし思いついてしまうと、ホワイトリリーにはそれ以上の案はないように思えた。
ホワイトリリーの行動を止めたのは、ダイヤモンドからの連絡だった。
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