ミッドナイト・ハンティング 3
「信じらんねえ! 逃げるとかありかよ!」
そんなの、ありに決まってる……。とは、ホワイトリリーも言わなかった。ただ今度は自分を置いて先に行かないよう言い聞かせ、早く追おうなにが起こるかわからない、と言う。
「それより、肩は大丈夫? 当たってたけど」
ダイヤモンドは先ほど触手をぶつけられた肩をみやる。あとはどこにも残っていない。あれ自体に大した攻撃力はないようだ。
「大丈夫。なんともない。どっちいった? リリー」
「えっとね……」
解析こそできなかったが、あれが魔力のかたまりであることに変わりはない。ホワイトリリーが念じれば、魔法使いのいる方向や動きぐらいはわかる。
ホワイトリリーは魔法使いを探知する。すると、不思議なことがわかる。
「あれ……あいつ、どこも襲ってない。ここら辺一帯に、犠牲になった人はいないみたい」
「そりゃよかった! で、どっち!」
「え、ちょっと待って……うん、ここから北西。高度からすると路地を走ってるみたい」
ダイヤモンドが飛び跳ね、屋根伝いを走る。さっき適当に捜索していた時とは違う、トップスピードだ。天井をぶち抜いてしまわないよう最低限の気遣いはしているが、かなりの力を込めている。明日は行政が泣くことになるかもしれない。
フラッシュを焚かれた一瞬。その一瞬だけだった。出遅れたのは。なら離された距離はほとんどないはずだ。塀の穴に足をかけ、天高く跳ぶ。アクロバティックな空中遊泳をしながら、上空25mから、敵を、探す、探す。
かなり騒いだからか、電気の消していた家も電気をつけている。窓際で覗いているものもいる。
「チェ、いないぞ。リリー! こっちなんだよな!」
ダイヤモンドが落ちながら言う。三点着地で地面にひびをいれると、再び飛び跳ね、また上空へ駆けあがる。
その激しい動きのなか、ホワイトリリーは冷静に観察していた。見えないはずないのだ。どこかにはいるはずだ。
二度目の着地。また見つからなかったらしい。ダイヤモンドが舌打ちをし、ああ! と苛立たし気に唸る。
リリーは方向はあってる、距離も縮まってる、と答える。事実だからだ。
「民家の中に入ってるとかはないのか?」
「もしそうなら、魔法少女の耳ならガラスを割ったりした音がしてるはずだよ。騒いでる人がいてもおかしくない……」
ダイヤモンドが二の句を継ぐ。
「そうだ。騒いでるやつがいてもおかしくないな。おかしいぞ。誰も騒いでない。姿を消してるんだ。どうやってるかは知らないけどな」
ダイヤモンドが走る。飛び跳ねる。さっきまではあのクソみたいな見た目を探していた。今度は、違和感を探さないといけない。
じっと見る。じーっと見る。落ちながら。髪がさかさになっていた。家のあかりのせいで見えづらいところもあるが、見つける。一軒家、洋風の一軒家の庭から道路へ飛び出した柿の枝が、今吹いている風と反対方向に揺れた。
「見つけた!」
ダイヤモンドが空中で体をひねり、方向を定める。地面に着地すると、勢いを殺さず、地面すれすれの角度を保って走った。
ホワイトリリーは、ダイヤモンドに距離がどんどん近くなっていることを伝えた。50m、30m、少し西のほうへズレる。そして、4m地点まで来たところで、ダイヤモンドが動きを止める。
「境界線だ」ホワイトリリーが言う。「ここから先は隣の地区だ」
そこは橋の上だった。K県K市と、隣の都市の境界線だ。下には大きな川が通り、遠くには電車も見える。
「なんでこんなとこで止まってる? 止まってるんだよな、そいつ」
ダイヤモンドがめんどうそうに言った。
魔法少女同士での地区問題は、いつの時代もつきまとっていた。一人一人が強大な力を持ち、プライドを持つ彼女たちは、自分の役割を侵されるのが好きではない。境界線を越えて“魔法使い”と闘うときは、慎重な判断が必要になる。
しかし、二人が止まったのはもちろんそういう理由ではない。境界線問題は今でも続く重大な問題だが、領域を少しぐらい踏み越えても、やりすぎなければ普通、文句は言われない。特に今のように、その地区に自分の地区の魔法少女が貸し出されているなら猶更だ。
だから問題はない。しかし……。
「うん。止まってる……。どうしてだろ」
「ヤな感じだな」
ダイヤモンドが言った。
「でも、やるしかないか」
その通りだった。ダイヤモンドには、いずれにせよ殺さないという選択肢はないのである。
ダイヤモンドが剣を構えながら、ホワイトリリーに指定された方向へ向かう。そこは橋の中心から少しこちら側へ来たところの、街灯のほうだった。
「必殺技使ってもいいかな」
「橋が崩れるのはちょっと……」
じっくりと、一歩一歩ダイヤモンドは進んでいく。中腰で、剣先を街灯のほうに向けて。
そこまで近寄れば、擬態してもバレバレだった。そこだけ奇妙に空間が歪んでいる。光源のもとでは、それがはっきりとわかる。
それでダイヤモンドはふんぎりがついた。猛然と駆け出し、街灯ごと撃破する勢いで剣を振るう。“魔法使い”が姿を表した。あの哀れっぽい姿のままだったが、ひし形の体に今度はほのかに赤い色を灯していた。
切っ先が届こうとする。“魔法使い”の触手もだ。多少攻撃を受けても構わない。ダイヤモンドは自分のタフネスを信じている。これまでどんな強敵も、ダイヤモンドに一撃で致命的なダメージを与えたものはいない。
“魔法使い”の触手がダイヤモンドに触れると、甲冑に簡単に穴が空き、触手がダイヤモンドの体を穿った。
ダイヤモンドの体にはいつの間にか、あの赤いしみが復活していた。
「うっ?」
ダイヤモンドは剣を振るうことができなかった。
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