第3話 やってきました、ファンタジー世界!
結局家に帰るのにタクシーを使う羽目になり、予想外の出費となってしまった。
さらには、普段の休みなら家で四六時中寝ている一般的な社畜の俺が、一日使って買い物に勤しむこととなるのは非常に珍しい。
「異世界って何あればいいんだろ……とりあえずライターとナイフ?」
異世界ものの漫画などから、サバイバルに必要そうなものを手あたり次第に買っていく。
何しろ行くのは異世界だ。何を持っていけばいいのかなど、それこそ想像の域を出ない。
「レイラさんの連絡先もらっておけばよかったな……てか、スマホあるのかな?」
さらには、念のための食料としてお菓子なども買っておく。
「ピクニックじゃないんだし、怒られるかな……」
いろいろと心配は尽きないが、自分でできるだけの用意はしておく。それに越したことはない。
「魔法、魔法か……炎とか飛んでくるのかな。じゃあ、耐火のジャケットとかいるのか?でも、それこそ魔法とかで防げば……ていうか、向こうで買い物ってどうするんだろ。円じゃないよなあ、どう考えても」
スーパーでそんなことをぶつくさ言いながら買い物に勤しむ姿は、まさしく狂人である。
そして買い物を一通り済ませて再び「空中庭園」に来てみれば、当のレイラさんは何とも軽装であった。
「あらまあ、結構買い込んできたねえ。……邪魔だから置いといたほうがいいよ?」
「ええ!? 」
「そんな長丁場な仕事にはなんないんだから。1日あれば充分よ?」
マジすか、と俺はうなだれた。俺の荷物は手提げ袋4つにリュックサック。中には着替えや食べ物、火起こしようの道具。テントなんて、キャンプにもいかないのにわざわざアウトドアショップに行って買ったのだ。
「なけなしの貯金が……」
「まあ、あって困るもんでもないし、ね?」
レイラさんのフォローが身に染みる。
少し待っていると、店の奥に異世界へのゲートが現れた。その中から、アルテミスが姿を現す。
「うわあ!! 」
「な、何?どうしたの? 」
「いや、本当に女神なんだなって」
「ええ……」
いきなりドアが現れて、人が現れるなど普通では到底あり得ない話だ。昨日の土下座の第一印象から比べれば、一気に箔が付いている。
「と、とにかく。目的はチート持ちの討伐です。お願いしますよ!! 」
「はいはい」
「では、ゲートの中に入ってください」
アルテミスの言葉とともに、レイラさんはずかずかとゲートの中に入っていった。
「……やめるなら、今のうちですよ? 」
アルテミスが、一瞬止まった俺を見て言う。
冷静になれば、到底頭のおかしい話だ。突然異世界に行くなんて、荒唐無稽にもほどがある。
だが、目の前にあるのは大冒険の気配がプンプンするゲートだ。ここをくぐらないのは、夢も希望もすっかり枯れてしまっている人だろう。あるいは、こっちの世界に大事な何かを残している人。
「……人生は一度きり。こんなチャンスは二度とないんだ。……やる。やってやる!! 」
俺は意を決して、紫色の渦のようなゲートへと飛び込んだ。
ゲートの中は常に回るような奇妙な感覚で、まっすぐ歩いているはずなのに目が回った。おまけにごうごうと音は聞こえるし、五感すべてがぐちゃぐちゃになりそうな気さえする。
つまずきそうになった俺の手を、はっきりと何かが掴む感触があった。
「君、大丈夫?」
レイラさんだった。すっかり慣れっこなのか、まるで動じずに歩みを進めていく。そんな彼女に手を引かれて、俺も必死になってあとを追った。
やがて歩き続けるうちに、光が見えてきた。ゴールがはっきり見えることで、俺の足取りもはっきりしたものになる。
そうして光までたどり着くと、そこは小高い丘の上だった。
「……さっきまで、店の中にいたのに……」
「そりゃあ、転移したからね。……にしても、遅かったかぁ」
レイラさんが座ると、遠くを指さす。
指の先には、巨大な都市が燃え盛っていた。
「な、何だあれ……!? 」
「ここ、魔物の首都だね。つまり、例のチート持ちが絶賛魔王城を攻め落としている最中」
「ええ!? 」
「なんかあったのかな?魔物の領地を攻める大義名分でもできたか」
レイラさんはそう言うと、あたりを見回す。そして、おもむろにポケットからスマホを取りだした。やっぱり持ってたのか。
「さてと。となると、どうすっかな」
指でスワイプしている様子を見るに、何か画像を見ているらしい。覗き込むと、地図だった。アルテミスに見せてもらったのを写真に撮ったのだそうだ。
「よし。じゃあ、今のうちに王都に行こうか」
「王都に?なんでですか?」
「魔王ぶっ倒すのに、チート持ち君が出張らないと思う?」
俺はふと考えた。魔王を倒すなら、ということは……。
「……いるでしょうね。あの火の海の中に」
「女の子も見繕いたいだろうからね。ファンタジーの主人公が魔王倒さないでどうするんだか」
「でも、こっから王都までってすぐに行けるもんですか?」
「ん?大丈夫だよ」
レイラさんはそう言うと立ち上がり、燃え盛る町の反対方向へと歩き出す。俺もそれに着いていくと、何人かの男がたむろしていた。身なり、ガタイからして、ごろつきなのは間違いない。頭に角が生えていたり、尻尾があったり、翼が生えたりしているが。
「人型の魔物だね。盗賊みたいなもんだよ」
「……そんな当たり前みたいに言われても。初めてのファンタジー要素がこれか……」
俺の狩る愚痴も気にせず、レイラさんは彼らに近づいていった。俺もとりあえず、それに着いていく。
「sldkfなkふぁsjf!! 」
レイラさんの口から、突如あまりにも聞きなれない音が発せられた。俺はさっぱり理解できなかったが、向こうはその言葉に明らかに反応している。彼らの言葉なのだろうか。
「kふぁksfじゃskljふぁsljfぁs? 」
「rうぇいおつうぇりうごえrj933yt9。いrjw9えthf。tyれgq@wrjf@じゃしうfはあjふぁsj? 」
相手の言葉にレイラさんは飄々とした感じで答える。向こうも警戒はしているらしいが、向こうの言葉で返してくれているようだった。
「kさjふぉぱsjfhww9ふぇ8gヵvな。へwrhfw9。じゃえをいjw@さd、jf9あwjfw@j。ふぃjわえfhうぇおhふぁえwlふぁせj?」
「hぽあsghぁ!! fjさどf、jふぁおえfjわいお!! 」
どうやら何かの交渉が成立したらしい。レイラさんは軽く頭を下げると、俺の方を向いた。
「自分たちが飼ってるワイバーンを譲ってくれるってさ。王都があんなんだから買い手もいないし、格安でいいって」
「え、今の会話そういうのだったんですか? 」
「そ。代わりに、リュックの中の食料彼らに上げてもいいかい?」
「全部?いや、今日中に終わるならそれでも構わないですけど……」
俺はリュックをさかさまにすると、中のお菓子がボロボロと地面に落ちる。う●い棒、おやつカル●ス、チ●鱈など、腹にそこそこ膨れそうなものを選んだつもりだったが、まさか自分の腹に入らないとは。
魔物の男たちも味見し、納得したようだった。俺とレイラさんのところに1匹のワイバーンを連れてくる。手綱を口元に着けられ他ワイバーンは、俺とレイラさんより一回りは大きかった。
「そんじゃあ、乗ろうか」
「いやいやいや、待ってくださいよ! 俺、馬にも乗ったことないっすよ!? 」
「そうなの?じゃああたしに捕まって……離れないようにすればいいか」
そう言ってレイラさんは俺のズボンのベルトを外すと、自分の腕に括り付ける。それを俺の腕にも巻き付け、離れないようにしてくれた。
そうして、俺は人生で初めて、ワイバーンの背中にまたがった。ワイバーンは思ったより湿っていて、ごつごつしていた。そして以外にもおとなしかった。
「じゃあ、行くよ!!」
レイラさんが手綱を振るい、ワイバーンが空を飛ぶ。
「ひえええええええええええええええええええええええええええええ!!!??? 」
当たり前のように空を飛ぶワイバーンに、俺の精神は恐怖で塗りつぶされた。
考えて見れば、生身で空など飛んだこともない。ジェットコースターには何度か乗ったことがあるが、あれだってシートベルトと安全バーで身体をがっちりと固定したうえで乗るものだ。
少なくとも、手に巻き付けたベルトと人一人という命綱とも言えない物で乗る代物ではない。
空に舞い上がる身体、空を切る感触。いずれも、元の世界では到底味わえるものではない。スカイダイビングとかやっていれば別かもしれないが。
そして俺は、そんな物やったことはない。
「怖いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!! 」
「我慢しなー、2時間くらいで着くから」
「2時間!!!!????」
レイラさんの言葉は、あまりにも絶望的なものに思えて仕方なかった。
だが、実際の所かなり気を使って運転してくれたようで、姿勢を正して落ち着いて見れば、意外と安定していることに気づいたのが上昇して10分くらい。
2時間飛行して王都に着くころには、ワイバーンの飛行にもだいぶ慣れている俺がいた。
「どうだった?」
「最初こそビビりましたけど、慣れれば意外と」
俺はワイバーンから降りると、けろっとした顔でそう言った。さっきまで顔面蒼白だったのに。
「ま、慣れだよねえ、どんなことも」
そう言いながら、俺たちは王都のど真ん中に立っていた。ワイバーン交易用の、いわゆる空港があったので、そこに降りたのだ。
「さて、許可の出てないワイバーンだし、とっとと行こうか」
「行くって……」
「城だよ。王様が戻ってこないうちにね?」
レイラさんはそう言うと、ぱっと走り出す。俺もあわてて後を追うように走りだした。
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