第2話 女店主の「副業」

「……あなた、興味があるんですか?」


 驚くべきことに、女性の方が話しかけてきた。


「え?」


 いつの間にやら、こちらの席の近くに来ている。その格好で、近づいてくるのはきつい。しかもかなりの別嬪さん。到底日本にはいないような顔立ちをしている。


「え、いや、その……」

「よしなよ、アルテミス。普通の人に頼むような仕事じゃないんだから」

「レイラさん、でも、人出は多い方が……」


「むしろいない方がいいよ。その方がやりやすいし」


 俺はぽかんとして、彼女を見やる。……アルテミス?


「め、女神……?」


 ファンタジー系のゲームをやっていれば、大体の神様の名前は覚えられる。アルテミスもそんな神様の名前だったよな。ギリシャとかそっちの方。


「あら、知ってるんですか?私の事」


「えっ」

「えっ?」


 予想外の反応に、互いに変な声が出た。


「いや、女神って……え?」

「女神ですけど、何か?」


 俺はレイラさんをちらりと見やった。彼女はどうしたもんかと、頭を掻いている。


「それより。あなたもよろしければ手伝ってくれませんか!? 私、すごく困っているんです!! 」


 アルテミスはずいっとこっちに顔を寄せてくる。俺のパーソナルスペースなどお構いなしだ。俺は合わせるように後ろにのけぞった。


「実は、私はこの世界とは違う世界を管理しているんです! それで、その世界で、とんでもない力を持った人やら魔物やらが出てきてしまって、それが世界を脅かしてしまっているんです。その駆除をお願いしたくて!! 」


「く、駆除……?」


 今さらっと、「人」を駆除してくれって言ったよなこの人。


 つまり、そういう感じの……?


「まあ、間違っちゃいないわな。やる場所がここじゃないってだけで」

「世界って言ってたし、魔物って言ってましたけど……」


 俺はスマホを立ち上げて、アプリのゲーム欄から適当なものを選んだ。よくある剣と魔法の世界のファンタジー系RPGだ。


「こんな感じの?」

「そう! そんな感じです!! 」


 俺が示した画面に、アルテミスは頷く。かなりマッチしているようだ。


 つまりは、異世界ファンタジー……!!


「……って、そんなわけないでしょ」


 俺は冷静になってツッコんだ。


「いや、異世界とかね? そんな都合のいい話なんてないですよ。あなたの格好も、アルテミスのコスプレか何か?ごめんなさいね、俺いろんなアルテミス見てきたけれどその姿のアルテミスは見たことないなあー勉強不足でごめんなさい」


 そういう俺の耳に、フライパンを叩く音が聞こえる。


 見ると、レイラさんが片手にフライパン、もう片方の手に明らかに日本には生息していないであろう巨大なトカゲ(角付き)の頭を持っていた。


 俺の身体から冷や汗がどっと出る。


「……なんですかそれ?コモドドラゴン?」


「コモドじゃないけど、ドラゴンだよ」


 そして、俺は先ほど食べた丼ぶりを思い出した。


「……ドラ肉丼って、まさか……」

「食べたことある人は、ワニ肉に似てるんだってさ。まあ、同じ爬虫類だしね」


 手に持っていたビジネスバッグが、握力を失った手から落ちた。


***********************


 それから、トリックを疑うも、疑いようもない証拠を突き付けられて、俺はファンタジー世界の存在を認めざるを得なくなった。


 挙句の果てに異世界につながるゲートまで見せられてしまっては、完全に打つ手なしである。


「だから、手伝いはいらないって」


 レイラさんはそう言いながら、淹れたコーヒーを飲んでいた。アルテミスと俺は(俺は完全に帰るタイミングを失ってだが)カウンター席に着いている。


「そうは言っても……」

「大体ねえ、普通の人にそんなこと手伝わせられるわけないでしょうよ。やってること言っちゃえば人殺しだよ?」


 そんなストレートに言わないでくださいよ。怖いから。いくらファンタジーでぼかされているとはいえ。


「でも、もしもの事態があるかもしれないじゃないですか。こういうケースは、とんでもない力を持っちゃった人が欲にまみれて暴走するケースが多いんです。そうなると、もう世界の人や魔物では止められなくて……」


「ん?ちょっと質問いいですか?」

「何です?」


「世界の危機を止めるのに魔物って、女神さま的にはありなんですか?」

「ありですよ普通に。魔物だって生き物なんですから。人間みたいに信仰がないから積極的に味方はしませんけど。自然が解決するのであればそれに越したことはないんです」


「は、はあ」


 そう考えると、ゲームの世界の神って結構バイオレンスな思考を持っているんだなあ。魔物はとりあえず全滅しろ、みたいな風潮あるもんね。


「とにかく、もう自然ではどうしようもないものに関しては私たちが出て止めないといけないんですけど……うまくいかないことの方が多くて」


「なんで?」


「チート持ちなんですよね。そういうのの大半は。自然にイレギュラーが出てくるケースはほぼありません。かならず何かしら作為的なものがあるんです。そしてそんなことできるのは、私と同じく神なわけで」


「ああ、神がいじったものを神が止められる保証はないわけですか」


「そうなんですよね。いたずら好きとか、暇を持て余す神が適当にチート与えたりその人の能力をいじったりして、それでその人は大暴れするんです。困ったもんですよ」

「今日来たのも、そのチート持ちを何とかしてほしいって話なんでしょ?」


「はい」


 レイラの言葉に、アルテミスは頷いた。


「今、私の世界ではある男が一つの国の王となりました。彼は生まれながらにして最強の魔力と身体能力を持ち、エルフの森と隣の国を傘下に加えて、魔王討伐に乗り上がろうとしています。でも、魔王討伐されたら困るんですよね。統率効かなくなるから」


「ああ、それはまずいな」


「1番不味いのは理由なんですよね。……ハーレムを作りたいからっていう」


「……は?」


「まあ、そんなもんだろうね」


 どうやら情報の受け取り方に相違があるらしい。俺は困惑し、レイラさんは納得したようにコーヒーをすすっている。


「現に彼は今、エルフ、人間、さらには大地の精霊と海の精霊と言った女性陣を王室に置いているとか。魔王を倒そうというのも、魔物娘をハーレムに入れたいから、だそうです」

「なんだそのくっだらねえ理由!!」

「表向きは、魔族に虐げられている人々を解放する、という大義名分がありますけどね。女神の私には筒抜けですよ」

「あーきっと前世ではモテなかった奴だなーこれはなー」


「前世?」


「結構あるんだよねえ。こっちで死んだ奴が、異世界に転生するやつ。大体拗らせてチートを持つと、こうなるんだわ」


「戦闘力が高いので、敵対勢力は手も足も出ない状況なんです。……何とかなりませんかね?」


「いや、なるにはなるけどさあ」


 レイラさんはそう言って、俺の方を見やった。


「……あの、邪魔にはならないんで、連れて行ってもらえませんか」

「……本気?」


「だって、ファンタジーの世界ですよね!? 今の世界と比べたら、行ってみたいと思うのが普通じゃないですか!! 」

「そうかなあ、あたしこっちの方が暮らしやすいんだけど」


 レイラさんはそう言って頬を掻く。


「……まあ、いいけど。着いてくるなら別に。ただしあたしから離れて行動しないようにね?」


「いいんですか? 」

「手伝う手伝わないは、それから決めなよ?」


「は、はい!! 」


 俺が大きく頷くと、レイラさんは大きく背伸びをした。


「それじゃあ、今日はもう帰んなさい。とっくに店じまいなんでね。出発は一回寝てから」


 レイラさんがそう言って時計を指さす。すでに深夜の2時だ。

 俺は異世界に行く前に、どうやって家に帰るかを考えなければならなかった。

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