第144話総合格闘技と私

会場は熱狂と怒号で包まれた。女子王者のタイトル防衛と続く好試合にファンたちの情熱は冷めない。


「綾小路さん、凄いでしょ」


田野君にそう言われてええ、と答えた。1回しか観戦していないが確かに格闘技としては完成されていると思う。いや、まだまだ無数に変化していくのかもしれない。シビアな打撃、油断できない寝技での攻防、逆転劇もある。しかし私は総合格闘技と言う存在と距離を置こうと思った。人間とは本来は自由であるべきだ。何にも縛られない、ありのままで居られると言うのが本来であると思う。しかし格闘技は違う。何でも有り、と言う風にしてしまえば人間はけものになるしかない。厳格なルールの中で競技者が技を磨く、心を磨く。言わば格闘技とは厳格に決められた規則の中で戦うからこそ格闘技なのだ。帰り道、田野君と車の中で話に華が咲いた。田野君はどの試合も凄かった、あんなに近くで観られるのはもう無いかもしれない、普段は口数少ない田野君が饒舌じょうぜつになっている。


「綾小路さん、総合格闘技は興味ない?」


ん?やってみないかって事?


「うん、相性良いと思うんだ」


でも今は自分が打ち込んでいるものに向き合いたいの。


「なるほど、その考えは大切にしないといけないね」


おや、田野君、グイグイと来そうだけど来ない。


「格闘技ってさ、格の有る競技だと思うんだ。だから綾小路さんみたいな意見が有っても全然おかしくないよ。むしろ正しいとさえ思う」


田野君は他人の思慮にさえ細かい気遣いができる人だ。そして私よりずっと冷静だ。田野君の家まで送った。ちょっと待ってて、と家に入り、土産物を持って来てくれた。


「皆さんのお口に合うかわかりませんが」


虎屋の羊羹ようかんだ。ありがとう、みんなで食べるよ。田野君を送った後、五十嵐と話をした。


「総合格闘技は如何でしたか」


ちょっと品が無いね、強いのは確かだけど。


「左様でございますか」


うん、やっぱり私は今やっている事をやり抜きたい。


「京子様なら必ずや頂点に立てるでしょう」


五十嵐がめったに言わない言葉を口にした。しかしその後、私は総合格闘技の渦に巻き込まれるとは思ってもいなかった。

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