第29話 思いがけない遭遇
夏休み最終日前日も、俺たちはダンジョンに向かった。
経験値もお金も、夏休み中に稼げるだけ稼いでおくつもりだった。
「アレックスとテツヤ君がレベル上がってから、戦闘時間がだいぶ短縮されたわね」
半日ほど過ぎると、セシリアがそう言った。
俺も同じように感じているところだった。
アレックスは攻撃力がだいぶ高くなっていて、ジャイアントスパイダー相手でもかなり短時間で倒していた。
俺も、回避する回数が増えた分、攻撃する回数が増えるので、必然的に相手に与えるダメージ総量が上がる。
「おかげでエメラインの出番がほどんどないでーす」
エメラインはいつもどおり笑顔だ。
「おい、アレックス。そろそろ次でもいいんじゃねえか?」
ブラッドリーがアレックスを見た。
「たしかに、そろそろだな。地下五階は今日で最後にするか。テツヤ、お前はどうだ?」
「俺? そ、そうだな、もう少し強いモンスターでも大丈夫だ。薬草の使う回数も減ってきているしな」
急に意見を求められたので、俺は少し動揺した。
「なら決まりだな。このフロアは今日で最後にする。次からは地下六階にしてみるぞ」
おおぉ! 地下五階クリアってとこだな!
これであの気持ち悪い大きな蜘蛛と戦わないで済みそうだと思うと、俺はホッとした気持ちになった。
夏休みのほとんどを、この地下五階で過ごしてきたので、ある意味ここは思い出の場所なんだが、それにしてはあまりに色気のない場所だ。
名残惜しさより、次の階への期待の方が強かった。
「あれれぇ? 見たことある顔だなぁ!」
突然、誰かが俺たちパーティに声を掛けてきた。
ここは有料ダンジョンの中だが、他にも冒険者たちが使うことはあり、日に数回は他のパーティと出くわすことはあった。
ただ、そういう時は暗黙のマナーとして、狩場が被らないようお互い距離を置いて戦闘をしていた。
よっぽどの事がない限り、話しかけるようなことはないはずだった。
「て、てめえは、チェスター」
ブラッドリーが声の主にすぐ気づいた。
「おやおや、勇者クラスのクズが、こんな場所にいるなんてな」
現れたのは魔王クラスのチェスター。
一緒にいるパーティメンバーは18~19歳で、学園生ではなさそうだ。
「まさか、勇者クラスのクズの分際で、地下五階なんて強力なモンスターがいるフロアに来てるとはよ。貧乏平民が、魔鉱石目当てで無理してるって感じか?」
「チェスター、てめえには関係ねえだろうが!」
ブラッドリーが睨みつける。
「関係ない? テメエらみてえなクズにウロチョロされちゃ、こっちは迷惑なんだよ!」
「あぁ? クズはどっちだ? 目障りなんだよ、消えろや!」
「誰に口きいているか分かってんだろうな! ブラッドリー、テメエまた模擬戦の時みたいにやられてえのか?」
「笑わせんな! やってみろよ、コラァ!!」
ブラッドリーがチェスターの襟を掴んだ。
おいおい、まさかこんなところで喧嘩をする気じゃないだろうな。
「チェ、チェスターさん。こんな奴ら相手にするのはやめましょう!」
向こうのパーティメンバーが止めに入った。
「テメエらは黙ってろ! このクズとはここで決着をつける!」
年上相手に、チェスターの方が威張っている。
彼に雇われたメンバーなんだろうか。
「勝負だ、ブラッドリー!!」
チェスターはブラッドリーの手を振りほどいた。
「ああ、いいぜ。こっちもてめえにはムカついてんだ」
「お、おい。止めなくていいのか?」
俺はセシリアに声を掛けた。
「いいんじゃない? 学園の外ならワザと負ける必要がないし。――――それに、あの男には借りがあるしね」
アレックスやエメラインを見ても、止める気はなさそうだ。
どうやら模擬戦でのことを、みんな根に持っていたらしい。
「ほら、掛かってこいよ!」
ブラッドリーが挑発している。
「クズがぁ。調子に乗ってんなぁ!!」
チェスターが斬りかかった。
装備は二人とも軽装で短剣。
チェスターの職業は『冒険者見習い』となっているが、シーフ系の能力なのだろう。
さすが魔王クラスだけあって、同学年の奴らより素早い動きでブラッドリーに攻撃を仕掛けた。
シュッと、チェスターの攻撃が空を切る音を鳴らした。
ブラッドリーに難なく避けられ、攻撃したチェスターが驚いた表情を見せている。
「なっ?」
「おいおい、どこを狙っている。当てる気あるのか?」
さらにブラッドリーが挑発する。
「な、舐めんなぁぁ!」
ブラッドリーは口が悪く気性も荒いが、戦闘中はいつも冷静だ。
今もチェスターの攻撃を見極め、全て避けている。
回避のスキルレベルがどれだけあれば、ここまで差がつくのだろうか。
「ブラッドリーの強さは、回避のスキルレベルだけじゃないわ。エクストラスキルの『見切り』と彼の判断力の高さが、能力値以上の実力差を見せているの」
セシリアが聞かずとも俺の疑問に答えてくれた。
「『見切り』?」
「ええ、回避率が上昇するエクストラスキルよ」
なるほど、そういうエクストラスキルもあるのか。
コモンスキルにしてもエクストラスキルにしても、自分に合ったものをしっかり考えるのも楽しそうだ。
「ぎゃあぁぁぁ」
チェスターが腕を抑えて声を上げた。
ブラッドリーに斬られたようだ。
「なんだてめえ。情けねえ声出すんじゃねえよ」
「クズがぁ。平民の分際で見下した顔してんなぁぁぁ!」
カキン
チェスターが斬りかかるが、今度は避けずブラッドリーが短剣で受けた。
「いいかげん、勝てねえことに、気づけや!!」
ブラッドリーはチェスターを蹴り飛ばした。
「く、くそ」
チェスターは痛みを堪えた様子で立ち上がる。
「コラ、チェスター。まだやんのか? あ?」
「当たり前だろうが! 俺がテメエみてえな平民にやられるわけねえ!」
「あ、そう。なら、死んでろ」
それからは一方的だった。
ブラッドリーは短剣を使わず、殴る蹴るの暴行を繰り返す。
もう、こうなったらただの喧嘩だ。
こいつら止めないのか?
同じパーティならHPが半分以下になってるの気づいてるんだろ?
俺はチェスターのHPを確認しながら、まったく止めに入ろうとしないチェスターのパーティメンバーを見た。
ブラッドリーに気圧されているのか、ビビっている表情だ。
チェスターはほとんど反撃する気力は残っていない。
完全にブラッドリーのサンドバッグ状態で、HPがみるみる減っていく。
待て待て、本当にブラッドリーは殺す気なんだろうか。
少しも手加減することもなく、攻撃を続けている。
チェスターは気を失い、HPも残り少ない。
本当にこのままでは……。
「そこまでだぁ!!」
俺は慌てて大声を上げると、チェスターの攻撃が止まった。
「そ、そこまでだ、ブラッドリー」
チェスターのHPは一桁まで減っていた。
危なく0になるところで、なんとか止めることが出来たようだ。
「てめえら、こいつをダンジョンの外で回復させてやんな」
ブラッドリーがチェスターのパーティメンバーに指示をした。
「あ、ああ。そうする……」
彼らはチェスターを担ぐと、逃げるように去っていった。
「ブラッドリー、お前本当に殺す気だったのか?」
俺は戻ってきたブラッドリーに声を掛けた。
「あ? てめえが見てんだ、んなわけねえだろうが。止めるのが遅えんだよ!」
は? 止めるのが遅い?
なんで俺のせいにしてんの、こいつ?
「テツヤ、もう少し早く止めてやれ」
アレックスが俺の肩に手を置いて言った。
「テツヤ君、ちょっとやり過ぎだったわよ」
「HPが見えてるのはテツヤさんだけですー」
みんなして何言ってんだ?
まさか『慧眼』でHPが見えるから、俺が止めるべきってことか?
俺はこの時、ブラッドリー達の言っていることに、まったく納得がいかなかった。
だが、これは少しずつ彼らから信頼されていっていることなのだと、後から気付くのだった。
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