第30話 再びの有料ダンジョン

 夏休み最終日は、貯めたお金で買い物をすることにした。


 今まで稼いだ分は、まだ薬草代にしか使っていない。

 アレックス達には装備を買うように勧められてはいたが、なかなか使い道に踏ん切りがつかなかったのだ。


 だが、夏休みで何度も実戦を経験しているうちに、自分の目指す方向性が決まってきた。

 本当は、アレックスのような攻撃力重視の戦士か、セシリアのような攻撃魔法を使う魔法使いになりたかった。


 しかし、俺の武器スキルは棍だし、攻撃魔法の威力は知力に依存するらしいので、どちらも俺には向いてない。

 かろうじて今の俺に出来そうなことは、魔法で自分を強化し棍で戦うぐらいだ。


 そこで俺は、武器を『鉄の棍棒』に買い替え、補助魔法を一つ習得することにした。

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 グランドパワー

  属性 地

  消費MP 12

  使用条件 レベル10以上

  効果

   大地の力を借りパーティメンバー全員の攻撃力をアップさせる補助魔法。

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 魔法を習得する手間は大したことなく、魔法屋で魔法書を買うと、店内にある契約の魔法陣で習得することが出来た。


 これで俺は、レベルアップ、装備変更、魔法習得を夏休み中にしたことになる。

 アレックス達に比べればまだまだかもしれないが、それでも少しずつ強くなっていると実感していた。



 そして夏休みもとうとう終わり、冒険者学園の日常が戻ってきた。

 夏休みと言っても、ダンジョンに行く日はしっかり早起きをしていたので、こんな風にのんびり授業を受ける方が、なんだか楽な気がする。


 思い起こせば、俺は高校時代、弱小バスケ部に所属していた。

 夏休み中の練習は週に二回だし、練習と言ってもただバスケして遊んでいるだけだった。

 そんな部活に比べれば、ダンジョンでのレベル上げの方が遥かに一生懸命取り組んだと思っている。


「なあセシリア。魔王クラスのチェスターの件って、何の話もないのか?」


 俺は、ダンジョン内でブラッドリーとチェスターが戦ったことが気になっていた。

 模擬戦以外で学園生同士が戦うことは禁じられていたし、あのチェスターがあのまま引き下がる気もしなかった。


「そうね、とくに私も知らないわ。チェスターのパーティメンバーが見てたんだし、周りに話は伝わっていると思うんだけど」


「そっか……」


 チェスターはプライドが高そうなところもあったので、負けた話は内緒にしているかもしれない。

 俺はその程度にしか考えていなかったが、勇者クラスが魔王クラスに勝つことが、想像以上に大きなことなんだと、その後の出来事で思い知らされることになった。




「ええー……、今日のダンジョン実戦の授業ですが、えっと……、アレックス君たち第四パーティは、有料ダンジョンの一部を貸し切りましたので、そちらに行ってもらいます」


 朝から担任が、意味不明な話を持ち出した。


「は? おっさん、てめえ何言ってんだ?」

 ブラッドリーが脅すように言った。


「で、ですから、君たちのような優秀なパーティのために、有料ダンジョンを準備しました、ということです」


 担任の言っていることがおかしい。

 アレックス達はたしかに優秀だが、学園内ではまったく実力を見せていない。学園側から見れば、むしろ勇者クラスに相応しい劣等生のはずだ。


「全然言ってる意味が分かんねえって! 学園内のダンジョンじゃなく、有料ダンジョンのどこに行けってんだ?」


「君たちには、有料ダンジョンの地下五階に行ってもらいます。あそこで十分実力を発揮してください」


 地下五階?

 ひと夏戦い続けて分かったが、あそこにいるジャイアントスパイダーやインプは、学園の一年生で戦えるような相手ではない。

 もし、アレックス達が少し強い程度の生徒だったら、地下五階に行くなんて自殺行為だ。


 俺は何かが変わってきたと感じていた。

 ブラッドリー達が言うように、模擬戦での魔道具暴走や、ダンジョンでの高レベルのホブゴブリン発生が学園側の仕業だとしても、偶然や事故と言って片付けられる。

 だが、今回のように俺たちのパーティだけ、勝てもしないようなモンスターがいる場所に行かせるなんて、いくらなんでもあからさま過ぎる。


「先生! 地下五階なんて俺たちのレベルだと危険じゃないですか?」

 俺はわざとらしく聞いてみた。


「な、何を言っているんだテツヤ君は。そんなわけないじゃないか……」


 こいつ、分かって言ってるな。


「あ、そうそう」

 担任が最後に話を付け加えてきた。

「き、君たちのためにわざわざ貸し切りにしたんだ。短時間で帰って来るようなことがあれば、休日の外出を禁止にします」


「なんだとてめえっ!!」

 ブラッドリーが机を叩きつけながら立ち上がった。


「ひっ。わ、私ではなく学園長がお決めになったことです!」

 半分ビビりながらも、担任が言い返してくる。


 なるほどな。

 何が気に入らないのかまでは分からないが、少なくとも隠れてダンジョンに行っていることは学園側にバレてるらしい。

 俺たちでも苦戦するようなフロアに行かせて、外出禁止にするのが目的のようだ。


 だが、そもそも俺たちは、その地下五階に夏休み中ずっと通いつめていたのだ。

 残念だが、俺たちの実力を見誤っているので、学園側の目論見は達成されないだろう。

 俺は、そう思っていた。



「ア、アレックス君。本当に行くのかね?」

 王都内にあるダンジョンの入口まで来ると、担任が不安そうに言った。


「もちろんです。俺たちのために地下五階を貸し切ってくれたんですよね?」

 アレックスは表情も変えず言い返す。


「そ、そんなに外出禁止は嫌かね? 外出禁止と言っても、冬休みなど長期の休みは実家に帰ってもいいんですよ? 普段の休日は、学園の外に出なくても困らないでしょうに……」


 担任は、本当に俺たちが地下五階に行くとは思っていなかったらしい。

 どうやら外出禁止を言い渡すための、理由づくり程度のつもりだったようだが、危険な地下五階に俺たちが行こうとしているので、戸惑っている様子だ。


「ええ、分かってます。別に外出禁止が嫌なわけじゃなく、せっかく貸し切ってもらったので、無駄にしないようにと思っただけで。危険だったらすぐ帰ってきますよ」


 無表情で言うアレックスに、担任はこれ以上言い返せないようだ。

 そんな担任を横目に、俺たちはこの前まで散々使っていた転移の魔法陣に乗り込んだ。


「へっ。まさかこんな強引な手でくるとわな」

 地下五階に着くと、ブラッドリーが不機嫌に言った。


「そうね、もうなりふり構わずってことかしら」

 セシリアも同意する。


「やっぱチェスターの件が原因なのか?」

 俺はセシリアに聞いた。


「少なくとも、私たちがダンジョンに来ているのを話したのはチェスターでしょうね。外出禁止を決めたのは、学園長あたりだと思うわ」


「学園長が? なんでだ?」


「……」


 俺の言葉に皆が沈黙した。

 何か俺の知られたくないことがあるのだろう。

 そういえば『契約』についてもいまだに分かっていない。

 それと関係あるのだろうか。


「まあ何にしても、地下五階なんて今まで通りだし、魔鉱石集めでもしてから帰ろうぜ」

 俺は空気に耐えられず話題を変えた。


「それがそうもいかないわ」

 セシリアが静かに言う。


「え? 早く帰ったら外出禁止なんだろ? ならいつもどおりジャイアントスパイダーやインプでも狩って時間潰そうぜ」


「だからそうもいかねえって言ってんだろ!」

 ブラッドリーが強めに言った。


 こいつら、いったい何をまだ隠しているんだ?


 夏休みの間、ずっと一緒に過ごしてきたメンバーだが、彼らとの間に見えない壁がまだあることに、俺は苛立ちを感じていた。


「じゃあどうすんだよ!?」

 俺はリーダーであるアレックスを見た。


「テツヤ。お前だから言っておくが――――」


「アレックス! てめえ余計なこと言う気じゃ」


 ブラッドリーが怒鳴ったが、アレックスは彼を抑えるように手を上げると、理由を語りだした。


「俺たちは確かに地下五階で戦ってきた。だが、今回はここで戦うわけにはいかないんだ。俺たちのレベルがバレてしまうからな」


「バレる?」


「ああ、俺たち四人は、学園側にレベル11だと思われている。そのまま11だと思っていてもらいたいが、それ以上だとバレるのは面倒だ」


 レベル11? 普通の新入生はレベル10のはず。学園側はアレックス達が優秀だと分かっていて勇者クラスに入れたってことか?

 しかも、実際はそれ以上のレベルで、アレックス達は学園側に知られたくないということになる。


 一体どういうことだろうか。

 ここまできたら、いい加減説明してもらいたい。


 俺はアレックスの言葉を聞き、考え事をしながら地下五階最初の部屋を歩き回った。


「まっ、待てテツヤ! 罠があるぞ!!」

 ブラッドリーが叫んだ。


 この地下五階には、夏休みに何度も来たが、罠なんて仕掛けられていたことはなかった。

 罠なんてあるはずがないと思ったが、部屋全体に魔法陣が浮かび上がった。


「転移の魔法陣よ!」


 セシリアがそう言い終わる前に、周辺の景色が切り替わった。

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