第26話 勇者クラスパーティ

 戦術はホブゴブリン3体と戦ったときと同じだ。


 攻撃力の高いアレックスとセシリアが1体目を倒し、その後ブラッドリーが戦っている2体目に合流し、最後は俺が相手をしている3体目に。

 つまり俺は、他の2体を倒すまで一人で時間稼ぎをしなければならない。


「こんな気持ち悪い奴とサシか……」

 小さい蜘蛛ですら苦手なのに、こんな化け物みたいな蜘蛛を相手するなんて、つくづく俺は異世界に来たんだと思い知らされる。


 カタカタカタカタカタカタカタカタ


 ジャイアントスパイダーは常に変な音を発している。

 口らへんにある触手みたいなものが擦れる音だろうか。


「できればアレックス達が来るまで、ジッとしてくれてればいいんだが」


 俺はそう願いながら漏らしたが、その思いは一瞬で裏切られた。

 ジャイアントスパイダーが飛び跳ね、俺に前脚で攻撃をしてきた。


 ガチッ


 なんとか反応し棍棒で直撃は防いだが、それでもダメージを受ける。

 さらにジャイアントスパイダーは前脚攻撃と噛みつき攻撃を交互に繰り返してきた。


「く、くそっ」


 『ブロック』を使ってなかったら危なかったかもしれない。

 一撃一撃の強さはホブゴブリンの方が上だが、これだけ連続で攻撃されると、HPの減り具合が著しい。


「このっ、やろう!!」

 一方的に受けているわけにもいかないので、俺は棍棒で相手を殴りつけた。


 ダメージは5。効いているのかどうか反応からは分からない。

 ただ、一方的な攻撃は止まり、少し距離を取ったまま動かなくなった。


「おっと、俺を少し警戒しだしたか? 警戒してそのまま去ってくれると有難いぜ」


 ジャイアントスパイダーは俺の言葉を理解してか、その場で後ろに向きを変えた。

 俺は戦っている相手が蜘蛛ということを忘れていた。元の世界には存在しないような大きさだろうが何だろうが、蜘蛛は蜘蛛だった。


 シュッ


 突然、蜘蛛のお尻辺りから白い糸が飛び出してきた。


「しまっ!?」


 俺は自分の浅はかさに後悔する間もなく、蜘蛛の糸に巻き付かれた。

 辛うじて呼吸は出来るが、全身をぐるぐる巻きに締め付けられ、身動きがとれない状態だ。


 完全に蜘蛛が獲物を捕らえた状況で、あとは食べるだけ。

 やばい。足を引っ張らないどころの騒ぎではなくなった。

 頼む、助けてくれ――――


「エアシュート!」


 セシリアの声が聞こえたと思うと、目の前にいるジャイアントスパイダーの脚が数本ちぎれ飛んだ。


「キィィィィィ!」

 痛覚があるのか、ジャイアントスパイダーは奇声にも似た音を発する。


「騒ぐな、蜘蛛野郎!」

 ブラッドリーがジャイアントスパイダーを切りつけた。


「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 間髪を入れずアレックスがジャイアントスパイダーに剣を突き刺すと、残りHPの数値を越えたダメージが表示された。


「大丈夫か? テツヤ」

 アレックスは転がっている俺を見下ろしながら言った。


 この恰好を見て大丈夫に見えるかと言ってやりたかったが、命拾いをしたのも事実だ。


「ああ、助かったぜ。他の2体はもう倒したんだな」

 俺はアレックスにそう答えた。


「たくよ、いきなり世話やかせんじゃねえよ」

 ブラッドリーが、俺に巻き付いている糸を切り、解放してくれた。


「悪い、油断した……」


「仕方ないわ。ジャイアントスパイダーとの実戦は初めてだし、テツヤ君じゃまだレベル差があるから」


「そうだな。おかげでこちらは2体に集中できた」


「……」

 セシリアとアレックスのフォローは嬉しいが、もう少しどうにかできただろうし、役に立てなかったのは事実だ。正直悔しい気持ちだった。


 アレックスはそのまま話を続けた。

「いいかテツヤ、今みたいに大蜘蛛が3体のときは迷わず『ブロック』を使うんだ。それ以外のときは戦況見てお前が判断すればいい。」


「それじゃ、MPがあまり持ちそうもないが……」


「たぶん大丈夫よ。私たちはここに何度も来てるけど、ジャイアントスパイダー3体の組み合わせが現れたのは、まだ2回目なの。そうそうないと思うわ」


「セシリアの言う通りだ。その組み合わせ以外なら、お前が大蜘蛛を相手にする必要はない。インプやオークはお前で何とかしろ」


「インプやオーク?」


「このフロアは、ジャイアントスパイダー・インプ・オークの3種類のモンスターが主に現れるのよ」


「なるほど、分かった」

 俺はアレックスとセシリアに言った。


「おい、一匹だけ落としたぜ」

 辺りをウロウロしていたブラッドリーが、何かを拾い上げて言った。


「3体で1個なら調子いいですー」

 エメラインはブラッドリーが摘まんでいる、黒い石のようなものを見て言った。


「それは?」

 俺には単なる石にしか見えない。


「あれは魔力の詰まった鉱石、魔鉱石よ。モンスターを倒すとたまに落とすの」


「もしかしてお金になるものって」


「ボンクラにしては冴えてんじゃねえか! そうだ、この魔鉱石が金に換えられる。ダンジョンから出たら換金するから、役に立たねえてめえが持ってろ」

 ブラッドリーが魔鉱石を俺に向かって放り投げた。


「っと」

 俺は魔鉱石を受け取ると、手に取って眺めてみた。


 大きさは親指程度で、真っ黒というより少し薄い黒だ。

 魔力が詰まっているってことだが、何に使うんだろうか。


「おい、進むぞ。今のはまだ一戦目だ」

 アレックスは俺に構わず進みだした。


 そうだった。

 まだ一戦しただけで、疲れている場合じゃなかった。

 俺は魔鉱石を鞄にしまうと、慌てて四人について行った。



 それから何度も戦闘を繰り返した。

 どこかへ行くのが目的ではないため、ひたすらモンスターを探し回る一日だ。


 同じような敵と何度も戦っていると、色々なことが分かってきた。

 レベルはあまり変わらないが、ジャイアントスパイダー → インプ → オークの順で強い。


 ジャイアントスパイダーだけは、アレックスもブラッドリーも一対一で相手をする形になるが、インプとオークなら一人で2体まで相手にできる。

 その溢れた分が俺の持ち分ってことになった。


 また、魔鉱石を落とすのはジャイアントスパイダーかインプと決まっているらしい。

 アレックスがこのフロアを選んだのも、その2種が比較的多く出現するのが理由だった。


「MPは残りどれぐらいだ?」

 アレックスが戦闘終了時に皆に聞いた。


「そうね、あと魔法1回か2回分ってとこかしら」

「ヒール2回が限界ですー」

 セシリアとエメラインが答えた。


「テツヤは?」

 アレックスは俺に視線を向ける。


「えっと、『ブロック』があと1回だ」


「そうか。そろそろってとこだな。魔鉱石は?」


「魔鉱石?」

 ああ、何個あるかって意味か。言葉を省きすぎなんだよ……。


「12個あるようだ」

 俺は鞄の中を数えて答えた。


「そんなところだろうな。薬草もあまりない。今日はこれぐらいにする」

 アレックスは剣を鞘に納めると、最初の地点に向かった。


「なんだか今日はいつもより疲れたぜ」

「インプが多めな日だったわね」

「エメラインは満足な一日ですー」

 他の三人もアレックスに続いた。


 やっと今日のダンジョンが終わった。

 疲れて座り込みたい気分だが、遅れないよう何とか俺も足を動かした。


 今日一日パーティ戦をやって、改めて実感したことがある。

 レベル10の俺と、レベル13のアレックス達とでは、思っていた以上に実力差があった。


 俺の持つ『慧眼』はかなりレアスキルのような話だったが、未知の敵でも現れない限り、別になくても困らない。

 『ブロック』による防御力アップは悪くないが、実際には俺自身のために使っているだけで、アレックスとブラッドリーにはそれほど必要なさそうだ。


 彼らでも『ブロック』が必要なモンスターを相手にするとなると、俺が戦いにならないだろう。

 結局のところ、俺のこのパーティでの役割は、アレックスとブラッドリーから溢れた敵を、セシリア達女性陣に行かないようにするだけだ。


 そんなの誰でもよくないか?


 俺はそう思ったが、誰でもいいからこそ俺でもできる役割だと、自分でも気づいていた。


「おいボンクラ、何してる!? さっさと魔法陣に入れ!」

 考え事していると、ブラッドリーが怒鳴ってきた。


 帰りも転移の魔法陣を使うようだ。

 俺が中に入ると、魔法陣が光り出し、辺りの景色が変化した。

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