第22話 一人だけの平穏
事前に担任が言っていたように、あれから全クラス合同授業は実施しなくなった。
一週間の授業は、講義が二日、スキルアップ訓練が二日、模擬戦が半日、ダンジョン実戦が半日のカリキュラムだ。
アレックス達はというと、強制参加の全クラス合同(そもそも全ての授業が強制参加なのではと個人的には思っているが)じゃなくても、模擬戦とダンジョン実戦に参加するようになった。
と言っても手抜きなのは変わらず、模擬戦はほぼ戦闘しないまま降参するし、ダンジョン実戦ではスライムと数戦もすれば地上へ戻ってしまう。
いったい何がしたいのやら。
そんな俺も、実技授業はアレックス達と似たようなものだ。
意味のないスキルアップ訓練はしても仕方ないし、やる気のないパーティメンバーと模擬戦やダンジョン実戦をしても、身になるものはない。
ただ、講義だけは真面目に聞いていた。
この世界の不思議な仕組みは聞いていても面白いし、何よりこれから生きていく上で常識のない俺には必要だ。
たまにセシリアに補足してもらいながら、この世界の知識を深めていった。
「ボス部屋?」
授業中にも関わらず、あまりに好奇心をくすぐられる言葉だったので、俺は思わず呟いた。
「なんですか、テツヤ君?」
担任が面倒くさそうに俺を見た。
「あ、いや、初めて聞いた言葉だったんで……」
「なるほど。たしかにダンジョン内にあるボス部屋なんて、冒険者ぐらいしか知らないですしね。プロの冒険者になったら、きっとボスモンスター討伐をするようになるでしょうから、しっかり聞いていてください」
担任の話は、俺が想像したとおりゲームのボスモンスターのようなものだった。
ダンジョンを潜っていくと、同じエリアのモンスターより格段に強いボスモンスターが現れる部屋があるようだ。
通常は3パーティ一組で挑み、一度倒したら現れることはなくなるらしい。
「なあ、セシリアはボス戦の経験あるのか?」
俺は授業以上の知識を求め、セシリアに尋ねた。
「ボスモンスターは基本的にダンジョンしかいないもの、あるわけないわ」
「ダンジョンしかいないと、何であるわけないんだ?」
「普通のダンジョンて、冒険者ギルドか王国からの許可がないと入れないのよ。冒険者学園内にあるダンジョンでさえ、学園関係者しか入れないわ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ正式な冒険者になるまではボスモンスターと戦うことはなさそうだな。――――あれ? 学園内のダンジョンにもボスはいるのか?」
「あのダンジョンにはいないわ。あれは学園が作った疑似ダンジョンだから」
学園が作った疑似ダンジョン?
そうか、本物のダンジョンは危険すぎるから、学園が疑似ダンジョンを作ったのかもしれないな。
となると、どんなモンスターが出現するかは学園次第となる。
ブラッドリーがあの件を学園のせいにする理由はそういうことか。
「テツヤぁ。てめえなんかがボス戦やるなんて百年はえよ。と言っても、オレ様たちもボス戦なんて出来ねえだろうけどな」
セシリアとの話が聞こえたのか、ブラッドリーが後ろから言ってきた。
「別にすぐやるなんて言ってねえよ。それより、お前たちでもボス戦はできないのか?」
「なんだ、授業聞いてなかったのか? 相変わらずボンクラだな。ボス戦は3パーティ組んで挑むって言ってただろ。オレ様たち勇者クラス出身と組むパーティなんざいねえよ」
「そういうことか……」
まさか卒業しても勇者クラスを引きずるのだろうか。
あまり聞きたくないので、そこは突っ込まないようにした。
「じゃ、じゃあ、一つのパーティだけでボス戦をやることはできないのか?」
「もちろん1パーティでもできるけど、勝つのが難しいわ。同レベルならまず不可能だし、ちょっとこちらがレベル高いぐらいじゃ相手にならないわ。強力なエクストラスキルかユニークスキルでもないかぎり。それに一番の問題は、ボス部屋は戦闘が終わらないと出られない仕組みになっていることよ」
「出られない?」
「ええ。ボスモンスターを倒すか、全滅するかの二択ってこと」
「……」
全滅って、全員死ぬってことだよな?
たしかにゲームのボス戦なら全滅することはよくあるが、この世界はゲームではなく現実だ。
そんな危険を冒してまでボス戦に挑む理由はないだろう。
ブラッドリーが言う通り、俺たち勇者クラスはボス戦なんてできないというのが正解なのかもしれない。
勇者クラスの現実を、また突き付けられた気分だ。
それにしても、いつまで勇者クラスのレッテルを貼られたままなのだろうか。
日本なら少年法によって、罪を犯しても未成年は守られるのだが、この世界は勇者クラスに一度所属しただけで、その後の人生に影響してしまうのだろうか。
なんだか冒険者学園に残っていても意味がないような気がしてきた。このまま通っていても強くなれないし、卒業しても冒険者になれなそうだ。
どこかで見切りをつける必要がありそうだ。もう、青春なんて言っている場合じゃないかもしれない。
とは言うものの、まだ講義で得る知識は役に立つ。
模擬戦での事故やダンジョンのトラップの事も気になるし、俺はもう少し様子を見てみることにした。
それに、ブラッドリーの言っていた『契約』の話も聞いてみたいところだった。
それからは平穏な学園生活が、まさに何もない生活が続いた。
ふと、高校時代に家と学校を往復するだけの生活だなと感じていたのを思い出した。青春を取り戻したいと思っていたはずの俺が、今は寮と教室を往復するだけの生活だ。
全クラス合同の模擬戦もダンジョン実戦もないためか、とくに事件めいたことは起きない。
アレックス達も諦めたのか、探偵ごっこをしている様子もない。
トラブルもなければ楽しみもない。
ただただ、無駄に時間だけが過ぎていっている感覚だった。
「皆さん、来週から夏休みに入ります。授業もあと一週間ですので、最後までしっかり学んで休みを迎えてください」
何も起きない時期が2か月ほど続いたある日、週明けの朝っぱらから担任が6人しかいない教室で突然そう話した。アレックス達は四人とも遅刻のようだ。
「先生、夏休みも寮を使っていいんですか?」
一人の生徒が担任に質問した。
「もちろんいいですよ。実家に帰るのも、寮に残るのも、皆さんの好きにして構いません」
話を聞いていると、どうやら日本のように夏になると休みに入るようだ。
長い休みなので実家に帰郷する生徒がほとんどみたいだが、寮を使っていてもいいというのはちょうど良かった。
実家があるのかどうかも分かってない。もしあるなら、迎えに来てもらえればありがたいのだが、いまだに連絡一つよこしたことがない事を考えると、そもそも実家なんてないのかもしれない。
なので寮で過ごすしかなさそうだ。
ただ、問題は何して過ごすかだった。授業がないとなると、何をしていいか分からない。
普段の休日でさえ時間を持て余しているのに、長い夏休みはどうしたもんか。
俺は、この長い時間を使って何をすべきか悩んでいたが、彼らが教室に入ってくると、そんなことは一瞬で吹き飛んだ。
「ったりい。やっぱ夏はあちいぜ」
ブラッドリーが教室のドアを開け放って入ってきた。
たまたまだろうか、アレックスたち三人も一緒だ。
夏休みまで、あと一週間。彼らの変化に気付くのが遅れなくて良かった。
気付く前に夏休みに入らなくて良かった。
この連休前のダンジョン実戦では、間違いなくそうではなかった。
それは間違いなく、この二日の間にあったのだろう。
もちろん、たった二日でどうこうなったのではないと思う。
きっと、以前から続いていて、その結果がこの二日にあったのだろう。
俺は怒りにも似た感情が溢れてきた。
こいつらは模擬戦もダンジョン実戦も手を抜いていたくせに、裏ではしっかり何かをしていたのだ。
毎度のように、俺には何も言わず、こいつらだけでやっていたのだ。
気に入らねえ、気に入らねえ、気に入らねえ。
『慧眼』持ちの俺には一目で分かった。
ブラッドリー、セシリア、エメラインのレベルが13に上がっていたのだ。
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