第21話 仕組まれたもの

 ホブゴブリンを倒すと、エメラインが勇者クラス第三パーティの回復を始めた。

 HPが一桁まで減っていると、出血もひどく自分で動くのも難しい状態だが、腕や脚を失っているわけではないので、HPさえ回復すれば問題なさそうだ。


 と言っても、ホブゴブリン戦でエメラインのMPも僅か。

 全員自分で動ける程度までの回復に留まった。


 そういえば戦闘中、HPが半分になったから回復させたとエメラインは言っていた。


「なあ、エメライン。さっきはHPが半分になったのが分かったってこと?」


「そのとおりでーす。名前が黄色くなりましたからー」


「名前? パーティステータスの?」


「はーい」


 そういうことか。

 俺は『慧眼』があるからパーティステータスなんて見ないが、他の奴らはそれで判断できるのか。


「『ブロック』が切れそうなのもパーティステータスで分かるわ」

 話を聞いていたセシリアが入ってきた。


「魔法が切れそうなのも分かるのか?」


「ええ。補助魔法の効果がある間は、名前の横に小さくマークが出てるのよ。防御力が上がる『ブロック』なら盾のマークとかがね。それが点滅しだすと、効果がなくなりそうな合図になってるわ」


「なるほど……」

 ゲームのような仕組みだ。


「それにしても、キミの『慧眼』は役に立つわね。必要以上に警戒することもなくなるし、変に油断することもないわ」


「ったく、相手のレベルが分かるって汚ねえよな。勝手に見られるのはなんかムカつくぜ」

 ブラッドリーが少し嫌な顔をする。


 言われてみれば、他人のステータスが見えるって、ある意味プライバシーの侵害だ。

 『異世界人』とやらが嫌われているのも、『慧眼』持ちっていうのもあるのかもしれないな。


「戦う者からすれば『ブロック』も悪くなかった」

 アレックスが珍しく声を掛けてきた。


「そ、そうか、なら良かった」


「皆さんの受けるダメージが減ると、回復としては助かりますー」

 エメラインはニコニコして言った。


「へっ、こいつ自身は弱っちくて役立たずだがな」


「ブラッドリー、またそんなこと言う!」


 ブラッドリーの言葉をセシリアが戒めてくれた。


「そうですよー。テツヤさんは役に立ちましたー」


「はは、まあ、俺が弱いのは事実だけどな」


「そんなことないわ。冒険者の強さは直接的な強さだけじゃなく、パーティ戦でいかに大きな役割を果たせるかよ。その点テツヤ君は『慧眼』持ちで地属性の魔法を使えるから、冒険者に向いていると言えるわ」

 セシリアは俺に気を使ってか、フォローしてくれた。


「それは言えるな」

「そうですねー」

「けっ」


 俺なんかの話題で会話が盛り上がるなんて、なんだか不思議な気分だ。

 戦いの後で皆のテンションが高いのか、このパーティで、こんな会話が弾んだのは初めてのような気がした。


「制限時間が過ぎたようだ。戻るぞ」

 アレックスが皆に声を掛けた。


「てめら少し待て。ちょっと気になることがある」

 ブラッドリーは皆を制止すると、部屋の中を調べだした。


「どうしましたー? 落とし物ですかー?」


「そんなんじゃねえ」

 ブラッドリーは立ち止まると、

「――――やっぱな。何かのトラップが仕掛けられた跡がありやがる」


「本当か?」


「ああ、間違いねえ」

 ブラッドリーがアレックスに答えた。


「どこ? 私にも見せて」

 セシリアがブラッドリーに近づいていった。


「ああ? シーフ系でもねえくせに分かるのかよ」


「これね。魔法探知にも反応があるわ。何かの魔法が起動するトラップの可能性が高いわね」

 セシリアはブラッドリーなど気にも留めずに言う。


「そういうことか……」

 アレックスが感情を読み取れない表情で呟いた。


「誰かが罠を仕掛けたんですー」

 エメラインが皆の言いたいことを代弁した。


「……」


 トラップって、さっきのモンスターのことか?

 誰かがわざと強力なモンスターが出現するように仕掛けたってことか?


 学園側がサプライズで仕掛けたのなら、いくらなんでも度が過ぎる。俺たちが来なければ第三パーティで死者が出ていてもおかしくなかった。

 では他に誰が、何の目的で仕掛けたのだろうか。トラップというからには、誰かを引っ掛けるために仕掛けるはずだが……。


「これ以上ここにいても何も分かんねえぜ」

 ブラッドリーは部屋を調べるのをやめた。


「ああ、そうだな。地上に戻ろう」


 アレックスの合図で俺たちは第三パーティを連れ、ホブゴブリンと戦った部屋を出た。



 帰りは皆ほとんど喋ることもなかった。

 第三パーティのメンバーは、やっとの思いで俺たちに付いて来ている。

 戻る道でもスライムとの遭遇戦は起こるが、アレックスとブラッドリーが簡単に片づけ、あとは黙々と出口を目指した。


「テツヤ君。スライムのレベルは?」

 セシリアが小声で聞いてきた。


 通常のスライムのレベルが5か6。だが今日のダンジョンではレベル7か8だった。

 それは意図的じゃないと有り得ないという話だったが、さっきのトラップとも関係あるのだろうか。

 これがトラップだというなら、『慧眼』を持つ俺にしか気づけない巧妙な手口だ。


「帰りは5か6しか見当たらないな……」


「そう、戻ってるのね」


「ああ、そうみたいだ。なあ、先生には報告するのか?」


「報告?」


「スライムのレベルとか、ホブゴブリンが現れたとか」


「もちろん報告なんてしないわ。先生には何も期待してないもの。あ、キミ、『慧眼』のエクストラスキルがあることは内緒にしておいた方がいいわよ」


「そ、そうだな……」


 そういえばスライムのレベルが違うと報告したら、『慧眼』があることがバレてしまう。

 皆が俺を『異世界人』と疑ったように、学園からも疑われてしまう。変に波風たたせないよう、セシリアの言う通り隠しておくことにしよう。


 ただ、この前の事故といい、今日のトラップといい、さすがに何か陰謀めいたものを感じる。

 いくら嫌われているとは言っても、まさか勇者クラスを狙ってということはないと思うが、こうなった理由は確認したい。

 俺は、このままにしておくのもどうかと思い始めていた。



 次の日の勇者クラスは、とても静かな授業だった。

 もちろん授業中が静かなのはいい事なのだが、問題は静かな理由だ。


「なあ、おっさん。これが学園の望んだことか?」

 ブラッドリーが担任を睨んだ。


「な、な、何を言っているんだ、ブラッドリー君……」


「だからよ、こうなることを望んでたのかって聞いてんだよ!」

 ブラッドリーは教室内を指差した。


 実は昨日の合同ダンジョン実戦、勇者クラスの他のパーティでも重傷者が出ていた。

 地下二階に辿り着いた第一、第二パーティは、いつもより強いモンスターを相手に、全滅しかかったようだ。


 そして、次の日にクラスへ来てみると、生徒の半分が学園を辞めており、教室内は閑散としていた。


「そ、そんなわけないでしょう! ブラッドリー君はいったい何を勘違いしているのかね!?」


「ああ? じゃあ言ってやろうか? 合同模擬戦で勇者クラスを見せしめにするのも、事故に見せかけて魔道具を暴走させるのも、ダンジョンにトラップ仕掛けるのも、全部オレ様たちの邪魔をするためなんじゃねえのか!?」

 ブラッドリーは教室の前まで行くと、教壇を叩きつけながら言った。


「さすがに今回はやり過ぎだ」

「昨日のはもう少しで死人が出てたわ」

「あからさま過ぎますー」

 アレックスたち三人も担任に詰め寄った。


「魔道具の暴走? ダンジョンにトラップ? き、君たちは何を言ってるのだね!? 学園がそんなことやるわけないでしょう! たとえ勇者クラスであろうと、学園は平等に皆さんを扱っています!」


「はっ? どうだかなぁ。いいか、こっちはちゃんと契約は守ってんだ! 余計な真似してんじゃねえよ!!」


 ブラッドリーは一度担任の襟をつかんで凄むと、教室から出ていった。

 アレックスたちも続いて出ていき、教室には6人の生徒しか残らなかった。


 ブラッドリー達は、一連の出来事を完全に学園側の仕業と思っているようだ。そう思う根拠があるのだろうか。


 それに、ブラッドリーは『契約』と言っていた。普通、学生が担任に向かって使う言葉ではない。

 俺が仲間に入れないことと何か関係があるのだろうか?


 俺は数々の疑問を残したまま、元の学園生活に戻っていった。

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