第18話 事故

「どういうことだ?」

 俺は慌てるセシリアに訊いた。


「分からないわ。でも、あれほど強力な魔法が発動して、腕を失う怪我をしてるのに、闘技場のセーフティ魔法は何の反応も見せてないみたい」


「あれほどって、そのファイアストームはそんなに強力なのか?」


「ええ、発動したファイアストームは、レベル30以上の一流魔法使いが使う上級魔法よ」


「レベル30以上!?」


 そんな強力な魔法が使える魔法具を、学園の生徒が普通に持っているのか?

 セシリアは学園生が使う魔法具なんてたがが知れていると言っていたが、彼女の驚きようを見る限り、想定外の威力なのだろう。


「あの生徒、どうやってあんな魔法具を手に入れたのかしら……。なんにしても、今日はこれで模擬戦は中止のようね」


 セシリアの言った通り、残りの模擬戦は中止になった。

 闘技場のセーフティ魔法が動かなかった理由が分からず、このまま継続は危険と判断された為だそうだ。


 それから、残念なことに怪我をした生徒の腕は元に戻らなかった。

 この世界には光属性の回復魔法があるのだが、あくまで傷を塞いだり体力を回復させたりするだけで、無くなった腕を再生することはできないようだ。

 単純なゲームのように、HPを満タンにすれば元通り、ってわけにはいかないのがここの現実だ。



 翌日になると、担任から腕を失った生徒が冒険者学園を辞めたと聞かされた。

 片腕ではもう冒険者を目指せないってことらしいが、こんな勇者クラスにいるぐらいなら、その方がいいんじゃないかと思う。


 この勇者クラスの扱いもそうだし、学校の行事で腕を失うことも、普通は大問題になるんじゃないのか?

 ここが日本じゃないにしても、勇者クラスの生徒の親がこんなの黙っていないだろ。


 どうもこの勇者クラスに対しての学園の対応について、わだかまりが強く残る。


「で、おっさん、闘技場のセーフティ魔法が発動しなかった原因は分かったのか?」

 辞めていった生徒のことなどどうでもいいように、ブラッドリーが担任に尋ねた。


「それが、何の異常も見つかりませんでした。あの後、専門家を呼んで調べてもらいましたが、何故発動しなかったか原因も分からず、正常に発動することも確認できました。あの闘技場が出来て以来、こんなことは一度もなかったのですが……」


「チッ、分からないままってことかよ」

 ブラッドリーが苛立つように机の脚を蹴った。


「先生!」

 セシリアが良く通る声で手を上げた。


「な、なんだね、セシリアさん」

 セシリアに質問されるなんて珍しいからか、担任が戸惑いを見せている。


「相手の生徒が使っていた魔法具、Bクラスってあんな高性能なアイテムを持っているものなんですか?」


「ああ、あの指輪ですか……。あれは魔法具としては安価な指輪でした。フレイムアローしか発動しないはずですが、昨日は暴走してあんなことになったようです」


「魔法具の暴走? そうですか、ありがとうございます」


 おいおい、魔法具の暴走って……。

 じゃあ何か? 昨日はたまたま魔法具が暴走して、たまたま闘技場のセーフティ魔法が発動しなかったっていうのか?


 さすがに勇者クラスの生徒を怪我させるための陰謀ってことはないと思うが、偶然が重なった事故というには、あまりに都合が良すぎると俺は感じていた。


「あ、それとですね、全クラス合同の模擬戦は当分中止となりました。闘技場のセーフティ魔法に異常がないことは確認されましたが、また同じようなことが起きたら学園の責任問題になりかねませんからね」


「今回は責任とらねえってことか、笑わせやがるな。ダンジョン実戦はどうすんだ?」

 笑わせると言っておきながら、ブラッドリーは不機嫌そうに聞いた。


「全クラス合同のダンジョン実戦は、とりあえず次回までで一旦休止となりました」


「次回までで? クソが、あと一回はやるってことじゃねえか! ったりいな」


「まあ、そういうことになります。強制参加ですので、そこのとこ忘れずにお願いします」


「……」


 クラスの雰囲気が悪い。

 模擬戦ではあんな扱いをされ、クラスメイトは怪我をして退学。

 気分を切り替えて楽しくいこうとは、誰だってならないだろう。

 俺は昨日の事故の場面を思い出しながら、落ち込んだ気分のまま授業をうわの空で聞いていた。



 授業が終わると、最近見つけた道順を通って俺は寮へ向かった。


 教室から最短で寮へ行くと、たくさんの生徒と出くわすことになる。

 模擬戦の時のようにあからさまなヤジを言ってくる奴はいないが、この黒い学園服で差別的な視線を向けられるのは避けられない。


 その点、この道順ならほとんど誰とも会わずに、勇者クラス用の寮へ辿り着くことができるのだ。


「おい、てめえ、それは本当だろうな?」


 帰る途中、どこからか人の声が聞こえた。

 誰かは確認するまでもなく、この柄の悪い声はブラッドリーだ。


 誰かに因縁でもつけているのだろうか。

 俺はなんとなく気になり、声のする場所まで近づいてみた。


「嘘はついてないでーす」


 エメラインの声?

 たしか嘘を見抜くエクストラスキルがあるとか言っていたが……。


「ホントにあの指輪は、キミ個人の物じゃなく、学園から支給されたものなのね?」

 セシリアの声もした。


「あ、ああ、そうだ……。昨日の暴走で壊れたが、クラスで配られた魔法具だ」


 俺は見つからないように覗いてみると、アレックスの姿も見える。どうやら四人とも揃っているようだ。

 囲まれているのは、模擬戦で魔法具を使っていたBクラスの生徒。昨日の事故について聞いているのだろう。


「思ったとおりのようだ。悪かったな、帰っていいぞ」

 アレックスはそう言って、その生徒が通れるよう道を空けた。


「あんたら、まさか学園を疑ってるのか? いくらなんでもそれはないと思うぜ。俺があの指輪を受け取ったのも、勇者クラス戦で指輪を使ったのも単なる偶然だ。狙って出来る事故じゃないと思うが」


「そうね、キミの言う通り、私たちの思い違いかもね。協力してくれてありがとう」


「あ、ああ。じゃあ俺はこれで……」

 Bクラスの生徒は小走りで去っていった。


「へっ、偶然があんな重なるわけねえじゃねえか。状況は確認できたんだ、オレ様は帰るぜ」

 生徒が見えなくなると、ブラッドリーは寮へ向かって歩き出した。


「なんにしても状況証拠しかないわ。このまま様子見するしかなさそうね」

 セシリアがそう言うと、残った三人も寮へ向かった。


 状況証拠?

 なんだあいつら、探偵にでもなったつもりか?


 たしかに偶然が重なったにしては出来すぎだと俺でも思ったが、学園を疑って探偵ごっこみたいなことをしているとは笑えるな。

 普段は罵り合っているくせに、仲のよろしいことで。


 俺は疑惑の事故のことなんかより、相変わらず除け者にされていることの方が腹立たしかった。

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