第4話 短い春
「お邪魔しまーすっ!」
二人の女子が部屋に入ってきた。
食事を済ませてから来ると言っていたが、どうやら風呂も入ってきたようだ。
匂いですぐに分かった。
「い、いらっしゃい」
俺はいつもの学園服姿じゃない二人に、緊張して少し言葉が詰まった。
正直、15歳の少女など恋愛対象ではなかった。高校一年生なんて子供に見えるし、もともと年上の女性が好みのはずだった。
なのに、少し赤みを帯びた表情の女子たちを見ると、心が揺さぶられた。身体が15歳になった分、精神年齢も下がったのだろうか……。
「わあ、男子の部屋って感じだねー」
「ホント、何の飾りっけもない、寂しい部屋ね」
「そうかな? まあ、テツヤ君は荷物が少ないからね」
ルームメイトが言うように、たしかにこの部屋は物が少ない。
テレビもネットもないこの世界、俺には何を置いたらいいのか分からないというのもあった。
おかげで部屋にいるときは、彼と話す以外、とくにやることもない。
「勉強道具ぐらいはあるわよね?」
「もちろんだ!」
俺は学園に支給された教材を出した。
着替えを除けば、唯一の俺の私物だ。
「じゃあ、早速勉強会を始めようか!」
ルームメイトの号令で、楽しい勉強会が始まった。
四人で始めた勉強会だが、時間が経つと自然に二対二に分かれて勉強を進めるようになった。もちろん男同士ではなく、男女一組で。
俺は石鹸の香りがする女子にドキドキしていた。
最後の彼女と別れてから六年は経っているし、その後は女性と二人で出掛けることもなかった。
こんなに異性と接近するのは久しぶりのことだった。
顔は幼いとはいえ、身体のラインはしっかり大人で、俺でも誘惑されてしまいそうだ。
いくらなんでも無防備すぎないだろうか。この世界の性の解放具合が分からないが、そういう関係になるには早すぎる。もう少し節度を持った方がいい気がするな。
理性ではそう思っても、俺は女子の身体を見ながら、あらぬ妄想をしていた。
「ちょっとテツヤ君、聞いてる?」
「あ、わりいわりい、ちょっとボウっとしてた……」
やばいやばい、俺の視線に気づいてなければいいけど。
「もう、しょうがないなー。じゃあ少し休憩にしよっか!」
「ああ、そうしよう!」
俺はわざとらしく背伸びをして、窓のところまで移動した。
勉強に疲れたわけではない。余計なことに気を取られて、まったく頭に入ってこないのだ。
ここは少し外の空気でも吸った方が良さそうだ。
俺は窓を開けベランダに出た。
外は夜になると、部屋着では少し肌寒い。季節感は日本に近いのだろうか。
入学して半月ぐらい経つが、陽気でいうと4月ぐらいの感覚だった。
「ん?」
こんな時間に、誰かが外を歩いていることに気付いた。
ここは一年生だけがいる寮の敷地。
とくに門限は無いので、一年生が歩いていても不思議ではないのだが、歩いている奴は見たことのない制服だ。
二年生か三年生かもしれないが、距離があってステータスは確認できない。
「テツヤ君、どうしたの?」
一緒に勉強をしていた女子が部屋から出てきた。
「いや、見たことない制服の生徒が歩いててさ」
俺は遠く離れた人影を指差した。
「え? あれって……」
女子の表情が曇った。
「知ってるのか?」
俺がそう言うと、女子は俺の手を引き、部屋に戻って窓を閉めた。
「あれ、勇者クラスの制服だよ。あの制服には気を付けないと……」
「勇者クラス? なにそれ? クラスって、魔王クラスとA~Eクラスの六つじゃなかったっけ?」
「例年はそうなんだけど、何年かに一回、勇者クラスが設置される年があるんだよね。今年は運悪く、勇者クラスができたの」
「勇者クラスって、Eクラスの下ってこと?」
「うん、そう……」
どうもこの世界の魔王と勇者は、俺がイメージしているものとは違うようだった。
魔王とは、遥か昔、この世界を統一していた偉大な王を指す言葉のようで、神のように敬う存在のようだ。
日本で言うと天皇や将軍、いや、世界を統一していたのだから、それ以上の存在にあたる。
逆に、勇者がよく分からない。
忌み嫌われる存在を指すようなのだが、具体的にはどんな人物だったのか、架空の存在のことなのか、皆知らないようだ。
ただ、悪魔や妖怪のように、嫌悪の対象であるのは間違いなさそうだ。
そんな言葉を、クラスの名前に冠するのはどうかと思うけど。
「どんな人たちがいるのか分かんないけど、関わりあわない方が良さそう」
女子は、ホントに嫌そうな顔をして言った。
「そっか、あの制服には気を付けることにするよ」
俺は、この大事な学園生活が壊されることを怖れ、あの制服には警戒することにした。
それから、もう少し勉強会は続いた。
俺が期待(?)したようなことは起こらず、健全なまま終了して、二人は帰っていった。
翌日からは、実技の授業が始まった。
事前に聞いた話では、剣や弓など一通りの武器の使い方も習うし、全属性の簡単な魔法も習うようだ。
また、罠の発見や解除、モンスターの索敵など、冒険に必要な多数のスキルも訓練するらしい。
さすが冒険者学園と言ったところか。
当然、元日本人の俺は何の武器も持ったことないし、冒険で使えるようなスキルはないので、これからこの世界で生きていくうえで、冒険者学園に入ったのは丁度良かったのかもしれない。
俺は実技の授業も楽しみにしていた。
「それじゃあ、まずはお前らの実力を見てみたい! 得意な武器を持って的に攻撃してみろ!」
午前の実技授業は武器訓練。担当の先生が大きな声で指示をしてきた。
生徒たちは順番に武器を持って、藁のようなもので作られた
使う武器は、木製ではあるが、剣や槍、斧など様々な物が用意されている。その中から得意な武器を選べということのようだ。
皆の攻撃を観察していると、筋力や生命力が高い奴は剣や槍を使い、知力と精神力が高い奴は杖や棍棒、敏捷性と器用さなら短剣か弓を使っている。
ある程度能力に合った武器をすでに使っているようだ。
「次、テツヤ!」
俺の名前が呼ばれた。
さて、何の武器を使ってみようか。
短剣で刺すだけなら簡単にできそうだが、どうせなら剣で颯爽と斬ってみたい。女子の前でカッコつけるのも、一つの青春だし。
基礎パラメータが全て同じだった俺は、たぶんどんな武器も同じように使えるんじゃないかと思う。
俺は武器置き場から木製の剣を取り出した。
思ったより重く感じる。
「テツヤ君がんばれー!」
女子の応援が聞こえた。
俺は思わずニヤけそうだったが、すましたフリして剣を構える。
的までは五メートルぐらい。
何歩か前に進んだら、思いっきり振り下ろしてみよう。剣道すらやったことはないが、戦士キャラにでもなったつもりで斬り込めばいい。
俺は、転生者としての自分の能力を信じて的を攻撃した。
コン!
木製の剣が地面を叩く音だ。
外した?!
こんな大きな的、外す方が難しい。目をつむってても当たりそうなのに、緊張して距離感を誤ったのかもしれない。
俺は恥ずかしさを帳消しにするため、もう一度、的を目掛けて剣を振り下ろした。
コン!
当たらない。
何度振っても、剣が的に当たることがない。
どういうことだ? まったく思ったように身体が動かない。
「そこまでだ、テツヤ!」
何度も試みる俺を、先生が制止した。
「ハア……、ハア……、ハア……、ハア……」
少し動いただけで、全力ダッシュでもしたかのように息が切れた。
見た目は15歳に戻っていても、体力は35歳のままなのだろうか。
「なんだテツヤ、得意な武器を使えって言ったのに、なんで使ったことのない剣を選んだんだ? まあいい、座ってろ」
俺は剣を戻すと、ルームメイトが座っている近くで座り込んだ。
「ハア……剣は……、ハア……俺には……、ハア……向いてなかったようだ……」
俺は、聞かれてもいないのにそう言ったが、彼は何も答えない。
調子が悪かっただけだ。
まだこの世界に慣れてないだけだ。
自分で自分に言い聞かせた。
クソ、なんかイライラする。
急に落ち着かねえ気分だ。
俺は、クラスの皆がひいているのを感じていた。
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