第5話 転落

 昼休み、ルームメイトといつものようには会話が弾まなかった。

 女子たちも誰も話しかけてこないし、なんだかクラスの中で浮いている気がした。


 たしかに午前中の実技授業では失敗したけど、そんなに距離を置くことはないんじゃないだろうか。

 もっと元気づけたり励ましたりしてくれてもいいんじゃないだろうか。


 しょせんはまだ子供だから、そういった気遣いができないのも分かるが、それでも少し腹立つな。


 俺は、クラスの奴らの態度が気に食わないと感じていた。



 午後の実技授業は魔法訓練。


「じゃ、まずは君たちの得意な魔法を一人ずつ見せてみて。攻撃魔法でも補助魔法でも、生活魔法でもいいからね。僕は魔力鑑定のエクストラスキルを持ってるから、それで君たちの能力がだいたい分かるんだ」

 午後の担当の先生が、授業が始まると同時にそう言った。


 また、いきなりやってみせろか。

 午前中と同じじゃねえか。


 俺は転生者だからかなり才能があるはずだ。

 教えさえしてくれれば、あっという間に何でも出来るようになると思うが、教わってもないのに試されるのは勘弁してほしかった。


 だが、俺の思いもむなしく、さっそく一人ずつ呼ばれて、魔法を使うことになった。


「フレイムアロー!」

 知力の高い生徒がそう声を上げると、炎の矢が放たれ的に命中した。


 すげえ、これが魔法か……。


 俺は目の前で見た魔法に感動した。

 空中に炎が現れたと思ったら、高速で動き出す。まるで一流のマジックショーでも見ている気分だ。


 ここは異世界。

 魔法が存在するファンタジーな世界に俺は転生したんだと、改めて実感した。


 それから、午前中と同じように順番に生徒が魔法を披露する。

 炎だけではなく、水や風の魔法を使う奴もいれば、ただ光ったり物を動かしたりする魔法を使う奴もいた。

 見た目上は、何が起こったか分からないものも。


 どれも魔法初体験の俺には物珍しく、興味をそそるものだったが、少しずつ近づく出番の方が気になった。


 まずい、まずい、まずい。

 この場をどうにか切り抜けないと。


 また、無様な姿をクラスの皆に見せたくない。

 皆からの評価を更に下げたくない。

 なんとか今さえ乗り越えれば、必ず評価をひっくり返す機会があるはずだ。


 俺は、この生活を失わないよう、必死で打開策を考えたが、何の結論も出ないまま順番が回ってきてしまった。


「じゃあ次、テツヤ君よろしく」


 先生の声が、死刑宣告のように冷たく聞こえた。

 やるしかない。偶然の魔法発動に期待して、手あたり次第試すしかないと思った。


「フレイムアロー!」

 最初の生徒の真似をしてみたが、何も起こらない。


「……エアシュート! ……ライト! ……キャリー! ……ヒール!」

 他の生徒の真似をするも、むなしく俺の声だけが響く。


 なんだよ、この恥ずかしくて情けない気持ちは。

 皆の俺を見る目が、怖くて仕方ない。

 そんな顔するなよ。そんな目で見るなよ。


「テツヤ君、習得してない魔法を使えるわけないでしょ。習得した魔法を使いなさい」


「え、いや……、そういうのはちょっと……」


「もういい、分かりました。疲れているようなので、今日は部屋に戻って休みなさい」


「は、はい……」

 俺は先生に返事をすると、地面に視線を向けたまま、ゆっくりと寮に戻っていった。


 ちくしょー、失敗してしまった。なんか恥ずかしいぜ。

 明日からは何としてでも挽回しないと。

 武器は隠れて練習するとして、魔法については正直に分からないと言って、ルームメイトに教えてもらおう。やり方さえ分かれば使えるはずなんだ。


 俺は色々納得いかないが、今日は自分を抑えて部屋で大人しくすることにした。

 その夜、ルームメイトが戻ってきても、気を使ってか空気が悪かったので、魔法のことは明日になって頼んでみることにした。




 翌日、教室に行くと、担任から衝撃の言葉を告げられた。


「せ、先生……。何を言ってるんですか?」

 俺は耳を疑った。


「ですから、今日からテツヤ君は、Cクラスじゃなく勇者クラスにクラス替えです。このまま地下にある勇者クラスの教室に行ってください」


「ちょっ、ちょっと待ってください。昨日すこし失敗しただけじゃないですか! たったあれだけでクラス替えですか?」


「失敗? 何を言っているんだ君は。あれは失敗なんかではなく、ただスキルレベルが低かっただけじゃないですか。スキルレベル4以上が一つもない君を、このクラスに置いておくわけにはいかないんですよ」


 スキルレベル?

 なんだそれ? 聞いてない。


「そ、そんなのすぐ上げてみせます! だから、いくらなんでもクラス替えとか止めてください!」


「スキルレベルがすぐ上がるわけないでしょう! いいから、さっさと地下に行きなさい」


「ふ、ふ、ふざけんなよ!! なんだよクラス替えって! あんなんで俺の能力が分かるわけないだろ! もうちょっと確認しろよ!! 俺ならすぐ上がるはずなんだよ! なあ、皆も何とか言ってくれよ!」

 俺はルームメイトや一緒に勉強をした女子を見た。


 なんだその顔!


 二人はあからさまに嫌な表情をしている。

 まるで巻き込まないでくれと言わんばかりに。


「みっともないから静かにしなさい! もう決まったことなんです!」

 担任が強い口調で言った。


 みっともないだと?

 このやろう、見下しやがって。

 俺から見ればテメエだってガキなんだよ。

 二十代の若造が、偉そうに俺に指図するんじゃねえ。


 俺はぶん殴ってやりたい衝動を堪えた。


「分かったよ! 行けばいいんだろ、行けば!! みんな、すぐに上がってくるから待っててくれ! 努力次第で戻ってこれるんだったよな? もう会えなくなるわけじゃないんだしさ! わりいけど、魔法だけちょっと教えてくれよ! な? な?」


「ごめん、テツヤ君。勇者クラスに落ちたら、もう卒業するまで上がれないんだ。それに、勇者クラスの人となんか関わりたくないよ」

 ルームメイトの男子が目線を合わさずに言った。


「な、なんだよ、それ……。落ちたら上がれない? それにそんな言い方ないだろ。俺たちルームメイトじゃん。友達じゃなかったのかよ」


「正直、テツヤ君と話すとイライラするんだよね。大人っぽいけど、まるで皆を見下してるみたいで。しかもほら、そうやって幼稚にわめき立てるとか、いかにも勇者クラスっぽいよ。君にはそっちの方が向いてるんだよ、最初から」


 こんのクソガキィィ。


 頭に血がのぼった。

 手のひらを返したように非難してきたルームメイトに、憎悪さえ覚えた。


 だが、それと同時に寂しさにも包まれた。

 俺は今度こそうまくやれていると思っていた。今回はクラスに溶け込んでいると思っていた。


 でも、そうじゃなかったようだ。

 輪の中になんて、入れていなかった。


 ルームメイト以外の生徒を見ても、俺に同情してそうな奴はいなかった。皆、同じような表情、同じような目で俺を見ている。

 俺は何しに来たんだろうか。ここでも、求めるものを手に入れることができなかったんだろうか。


「そっか、分かったよ……」

 怒りより寂しさが大きく上回った。


 俺はCクラスの教室を去り、地下の教室へ足を向けた。


 また、俺は青春を失敗してしまった。

 せっかく与えられたチャンスを、ものにすることが出来なかった。


 元の世界に戻ることもできないし、これからどうすればいいんだろう。

 このまま学園にいても仕方ないが、退学しても生きていく術がない。帰る場所さえないのだ。


 俺はこの世界での目的を失った。

 そして、この世界では独りぼっちだということを、急激に自覚した。


「とりあえず、冒険者学園を続けて、冒険者にでもなってみるか……」


 勇者クラスの前に着くと、もうそれしかないのではと思いながら、俺は教室のドアを開けた。


 ガンッ!


 突然、短剣が顔の横にあるドアに刺さった。


「誰だてめえ。死にてえのか?」


 ガラの悪い男が俺にそう言い放った。

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