第3話 学園生活の始まり

 担任の説明が終わると、今日は解散となった。

 家に帰れと言われても、自分がどこに住んでいるのかも分からないし、そもそも家があるのかすら怪しい。


 だが、都合の良い事に、冒険者学園は全寮制。

 食事も住むところも、とりあえず気にする必要はなさそうだ。


「テツヤ君! 同じ部屋みたいだし、一緒に寮へ行こうよ!」

 隣の席に座っていた男子が声を掛けてきた。


 寮の部屋は二人で一部屋になっており、ルームシェアの相手は必ずクラスメイトがなる。

 となればクラスが変われば部屋も変わるということだろうか。それだと煩わしいが、変わらなければいいだけだ。


 俺はその男子と寮に戻ることにした。

 部屋には先に個人の荷物が届いており、何故か俺の分も置いてあった。中身は服など生活用品。この世界としての俺の家族がいるのかもしれない。


 もしかしたら、俺は自分にそっくりな男の中に転生したのかもしれないな。ま、そのうち分かるかね。


 ルームメイトの男子は、この王都セントグレスリーに実家があり、父親も学園出身の冒険者だったようだ。

 おかげでこの世界について全くの無知な俺も、彼からの貴重な情報で少し事情が分かってきた。


 この世界の人間は、産まれた時レベル1から始まり、成長するにつれレベルも上がる。ただし、訓練を受けてない一般人は、大人になってもレベル7か8止まりのようだ。

 学園に入学するためには、15歳でレベル10に達する必要があるので、新入生のほとんどが、初等学校と呼ばれる訓練校に通いレベルを上げている。

 そういう彼も王都内の初等学校出身で、俺も地方の初等学校に通っていたと話を合わせた。


 三年間、冒険者学園に通うと、レベルが5ぐらい上昇するようで、卒業したら冒険者ギルドで冒険者登録をする。

 そのときに、戦士や魔法使いなどの正式な職業に就くので、それまでは冒険者見習いってことになるようだ。


「魔王クラスっていうのは?」


「魔王クラス? そうか、テツヤ君は地方出身だから知らないのかもしれないね。稀に15歳でレベル11以上になってる凄い人たちがいてね。そういう人たちが入る特別なクラスが魔王クラスさ。新入生代表の挨拶をした首席ともなると、レベル12か13って話だよ!」


 あいつは確かレベル13だったな。

 普通はレベル10から始まり、三年間でレベル15か……。最初からレベル13ってのはかなりのアドバンテージだな。


「なんで『魔王』って言うんだ?」

 俺は名前の付け方が気になった。どちらかと言えば『勇者』じゃないのだろうか。


「そりゃあ凄いって言ったら『魔王』だからさ!」


 たしかに『魔王』は凄いんだろうけど、どうも言っていることがピンとこない。

 いくら凄かろうが、敬意を称して言う名前ではないと思うが。


 違和感は残るが、他にも聞きたいことがたくさんあった。

 俺はその夜、遅くまでこの世界で初めてできた友人と語り合った。



 翌日から、俺の青い春が始まった。


 運の良いことに、最初の友人になったルームメイトは人付き合いが良く、彼といるとあっという間にクラスの全員と仲良くなった。

 高校時代の俺にはありえないことだが、一週間もすればクラスの女子とも普通に会話をする関係になっていた。


 クラスの空気を壊す不良もいないし、嫌味ったらしい奴もいない。

 男女関係なく皆が仲良くなり、Cクラスは一体感のあるクラスになっていった。

 間違いない。ここには俺の求めていたもの、俺が手に入れたかったものがあった。


 授業も面白かった。

 大人になると誰かに教わるようなことがなくなる。お金を払って講習を受けることは出来るが、社会に出ると誰も教えてくれず、自分で学んでいくしかない。

 そのせいか、久々に誰かに教わることが楽しかった。


 また、授業の中身が新鮮だったことも、その一因かもしれない。

 冒険者になるための基礎知識はもちろん、この世界の歴史や一般常識、どれもが俺の知らない話で、まるで絵本を読み聞かせされている子供のような気持ちになった。



「テツヤ君って大人っぽいよね!」

 あるとき、休憩時間中にクラスの女子の一人が、俺をそう評した。


「うん、僕もそう思う! なんかいつも冷静で、子供っぽくはしゃいだりしないしね。もしかしたら魔法使いに向いているのかも!」

 ルームメイトの男子も、その女子に同意する。


 大人っぽいのは当たり前だ。お前らと違って中身は35歳だからな。

 でも、魔法使いに向いているか……。あんまり冒険者には興味なかったが、せっかくファンタジーのような世界だ。どうせなるなら魔法使いがいいかもしれないな。


「はは、魔法使いか、考えておくよ。君たちは何になるか決めてるのか?」

 俺は二人に聞いてみた。


「うーん、基礎パラメータが100を越えているのは敏捷性と器用さしかないから、弓使いかシーフにしかなれないんだよね。本当は戦士になりたかったけど、少し筋力が足りなくて…」


 彼の言う通り、ステータスを見ると100以上はその二つだけだ。

 基礎パラメータは職業の向き不向きというより、もっと条件的な位置付けなのかもしれないな。


「私は知力と精神力だから、僧侶か魔法使いにしかなれないかな。でも、もともと僧侶希望だから、何の問題もないけどね!」

 女子が嬉しそうに言う。


「そっか。ま、職業に就くのは卒業してからなんでしょ? 気長に考えればいいと思うぜ」


「テツヤ君、そういうセリフが大人っぽいよねー」

 女子が笑って言った。


「そ、そうかな?」

 そんなつもりは全くないが、無意識に大人が子供にアドバイスをするように言っているのかもしれないな。

 変に距離をとっていると思われたくないから、少し気を付けてみるか。


 ただ、こうやって雑談をするのは楽しい。

 会社でしていた同僚たちとの会話とはやっぱり違う。あれは面白くもないところで笑う必要があったり、大人同士の社交辞令だった。


「で、テツヤ君、今夜で大丈夫?」

 女子が俺の顔を覗き込みながら言った。


 そうだ、今夜は俺たちの部屋に女子が二人やってきて、勉強会をすることになっていた。

 すぐ皆で集まって何かをやりたがる。こういうところが若者っぽいのだが、ここではその輪に俺が入ることが出来ていると実感する。

 あの時、横断歩道の向かいにいた学生たちに、俺はもう追いついているんだと感じていた。


「ああ、大丈夫だ。な?」

 俺はルームメイトの男子に同意を求めた。


「うん、テツヤ君が良ければ、僕も今夜でいいよ!」


「わかったー! じゃあ夕食を済ませたら二人で部屋に行くね!!」

 女子はそう言って自席に戻っていった。


 なんだろう、この達成感は。

 初めて彼女が出来た時の感覚に近いが、もっとワクワク感が強く、声を上げてはしゃぎたい気持ちだ。


 俺は机の下で小さくガッツポーズをとっていた。

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