第7話

「人間にとって、最も困難なことは考えないことだと思う。」


「怖い話の一つに、二十歳まで覚えていると不幸になる言葉というものがあるが、忘れようと思えば思うほど、記憶に残ってしまう。」


「考えるという行為も同じで、考えてはいけないことほど頭の中をぐるぐると回ってしまうのだ。」


「普段なら頭の中を覗かれることはない。」

「だが、今はニゲラおじさんのヤバイ薬のせいで、考えたことが全て口に出してしまう状況だ。」


「だから絶対、クリア・シンボルというゲームのことは秘密にしておこうと思ったのに。」


「ゲームの登場人物にここはゲームですよと言って、理解してもらうことはできないだろう。」

「俺の頭がおかしいと思われるか、聞いた側の頭がおかしくなってしまうかのどちらかだ。」

「良い結果をうむはずがない。」


「考えないようにしていたのに。」


「アプロ、ここがゲームってどういうこと?」


「ゲームって遊びってことだよね。ここがゲーム? アプロは何言ってるんだろう。それにアプロは外からきたって言ってた。アプロが変わったのはそのせい?」


「ベルの脳内の声が聞こえる。」


「ベルは聞いてしまった。きっと俺を頭がおかしいやつだと思っただろう。」


「なんでもない、ベル。聞かなかったことにしてくれ」


「そんな言い訳で通用するわけないよなあ。」

「どんなことを追及されるのだろうか。うまく説明できる自信がない。」


「わかった、アプロ。わたしは何も聞いてない」


「えっ……通用した……?」


「アプロが言いたくないなら、聞かないようにしよう。アプロを困らせたくないもん。」


「良い子だ……。」


「アプロ、わたしが怪我してから、ずっと怖い顔してたから。これ以上心を重くして欲しくない。」

「アプロが一緒に遊んでくれるようになった日から、ずっと楽しそうだったのに。わたしの怪我のせいで。」


「そんなに怖い顔してた?」


「してた。人形みたいだった頃のアプロに戻った気がして、悲しかった。」

「生きているのが楽しくなさそうだった。」


「……そっか。俺は楽しくなかったのか」


「この世界がゲームじゃないって思うようになって、俺は楽しむことを忘れてた気がする。」

「俺以外が死んでしまうことに怯えていたのかもしれない。」


「せっかくゲーム世界に来たんだから、楽しまきゃ損だよな」


「うん。アプロはその顔が一番。」


「ここがゲーム世界だってことも、ゲームじゃないてことも、ひっくるめて楽しむ。」


「ゲームの頃になかった聖魔法を開発してみたいし、不死王のせいで行けなかった場所にも行ってみたい。」

「ゲームで説明されないままだったことも大量にあるから、それを調べてみるのもいい。」


「楽しみになってきた。ベル」


「うん。よかった」


「アプロが戻ってよかった。でも、でも……、わたしが居てよかったのかな。」


「ベルが暗い影を落とす。」


「わたしは、魔法を使えない。モンスターを倒せない。足手まといになるから、アプロは来ちゃダメって言ってたのに。……わたしのいる意味はないのかも」


「そんなことない!」


「ベルがいらないなんて思ったことはない。」

「ちょっとばかし喧嘩していたが、ベルと一緒の旅は、楽しかった。それだけでいいじゃないか。」


「俺は楽しむって決めたんだ。」

「強いからって理由で集めたガチパーティより、一緒に居たいやつを集めたパーティだっていいだろう。」


「それに、ベルには聖方がある。アタッカーだけが強いわけじゃない。」


「俺の旅には、ベルが必要だ」


「……そっか。うん。ありがと」


「ベルがにっこりと笑う。」

「それに釣られて俺も笑った。」


「うん? なんだろう。……アプロ、すきなひとは?」


「ベルが唐突に変なことを言い出した。」

「思考がダダ漏れのこの状態で、禁忌とも言える質問が飛んでくる。」


「考えたらダメだ。考えたらダメだ。考えたら、考え、好きな人は……はっ!」


「危ない、考えてしまうところとだった。」

「ダメだ。やはり考えないようにしようとすると考えてしまう。哲学だ。」

「別のことを考えろ。考えろ。考エロ。エロ?」


「やばい」


「頭の中に、ベルには聞かせられない妄想が渦巻く。」

「この状況で、最も考えてはいけない発想にたどり着いてしまった。」


「俺にとって幸いだったのは、エロいことは理性ことばじゃなくて本能イメージで考えるものだったことだ。」


「俺の過激な妄想と性癖は、言葉にならずにすんだ。」

「ベルとまた仲良くなれそうだったのに、こんな馬鹿なことで嫌われたくない。」


「俺がそれでもピンク色の妄想を止められないでいると、ベルがまた質問してきた。」


「おしり? それとも胸?」


「どっちかっていうと太も……はっ!」


「変態」


「ハメられたっ……」


「いや待て。」

「ベルは俺の性癖を問うような人間ではないはずだ。」

「それに、さっきから棒読みだし。」


「俺が後ろを振り向くと、にやにやと品性の欠けた顔をしたニゲラおじさんが立っていた。」

「その手には『おしりorむね』と書かれたカンペを持っている。」


「あー、バレちゃった?」


「殺す。」


 心の底から出た言葉だった。


 魔法でニゲラおじさんのカンペと髪の毛をちりちりにして、俺は薬の効果が切れるまで離れていたのだった。





 王都が近いためか道が整備されており、人の気配も多い。

 にもかかわらずエンカウントするモンスターは一向に減らない。

 本日七回目の戦闘を行いながら、慣れた俺たちは淡々と対処していた。


「いやあ、仲直りしてくれて良かったよ。ホント」


「ニゲラさんのことは嫌いになりましたけど」


「わたしも」


「厳しいねえ。おじさん悲しくなっちゃう」


 蜂に似た音を出しながら高速回転する金属円盤は、キャスト:カット・ドローンだ。

 機械の印を持つ、世界観にそぐわない形状をした円盤は敵対者を細切れにしようと接近する。


 スピードはお掃除ロボット程度なため、俺はしゃがんで簡単に避けた。


「それにしても、エンカウントが多いと面倒だねえ。おじさんが一人旅の時は、一日に一回も戦闘がないくらいだったのに」


「そうなんですか?」


 ゲームの頃だって描写される時間は圧縮されていたが、これくらいの頻度だったが。


 しゃがんだ状態で下から機械の印に突き刺せば、クリティカルが発生してカット・ドローンは粒子になった。


「ホントホント。じゃなきゃ旅なんて誰もやらないよ」


 心当たりは……俺が主人公だったことくらいか。

 だが、主人公はエンカウント率が高くなるなんて説明、ゲーム時代になかったはずだ。


「気になりますね」


 村の中でもエンカウントが発生するのだから、疫病神だと村を追い出されたことがあった。

 解決しないと、王都でも危険になるかもしれない。


 キャスト:カット・ドローンは刃を兼ねるプロペラをドロップした。

 魔法:フロウで捏ね回し、金属球に変えてリュックへしまう。


 雑魚モンスターならすぐに対処できるが、ドルジークのような中盤に登場するモンスターが出れば、人の多い王都では死人が出る可能性がある。


「なんでだろう」


「……さあ」


 どんなジャンルのフィクションでも主人公はトラブル体質だと言われるが、エンカウント率が高いという実害がでるとは思わなかった。


 物置でもいいから、人の少ないところに泊めさせてもらえればいいが。


 すぐにアーティファクト:聖魔剣を入手して、王都から離れよう。

 どうせ、手に入れたらお尋ね者になるのだから。






クリア・シンボル:ノート4『キャスト:カット・ドローン』


 機械の印を持つモンスター。

 円盤から六枚の羽を出し、獲物を切り刻む。

 しかし動きは鈍く、子供でも注意すれば倒すことができるモンスターである。


 地面に落ちていても触ることはおすすめしない。

 機能停止しているわけではなく、魔力を充填しているだけである。急に動き出して指が切り落とされる事例が報告されている。

 簡単にいうと、蝉ファイナルみたいになる。

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