第6話
「どうしてベルを連れてくんですか、おじさん」
「いや、だってねえ。道の真ん中であれだけ喧嘩されたら、どうにかしたくなっちゃうでしょ」
ポリポリと頬をかいて困ったように言うおじさんを間に挟んで、俺たち三人は次の村を目指して歩いていた。
「聞いてたんですか!?」
「噂で聞いた。マジで。ほら、隣の隣のおばさんが言ってたぜ」
おじさんは目をキョロキョロさせながら言った。
ちなみに、おじさんが泊まってた小屋の隣の隣は一人暮らしのお爺さんである。
「田舎の噂話は怖いよなあ、一晩でひろまっちまうから」
「みんな俺が旅に出ること知ってたのは、おじさんが話したからなんですね。人と会うごとに『相談乗るよ』って心配されて、大変だったんですから」
「秘密にしといてって言ったのになあ……。あ、いやなんでもない。誰にも喋ってないよ。ホントホント」
嘘がバレバレすぎる。
そんな性格でよく旅などできていたものだと思ったが、適当な性格だからこそ旅商人をしているのかもしれない。
ちらりと反対側にいるベルを見れば顔を赤くして「聞かれてたんだ」と呟いていた。
「俺はまだ、ベルが来ることを認めてませんから」
「はいはい、強情だねえ。
「おじさん」
ベルが睨むと、おじさんは下手くそな口笛を吹いて誤魔化した。
昭和かよというツッコミは飲み込んだ。
俺はこの先が心配になってため息を吐いた。
このゲーム世界で旅人はかなり珍しい。
人の多い都市をめぐることはあるだろうが、田舎の村まで旅する人はごく稀だ。
モンスターが突然現れることがあるし、そもそも旅をする必要があまりない。
村でモンスターとエンカウントすれば、村にいる守り人が退治してくれる。
加工品は聖魔の印の力を使ってほとんどのものを作り出せる。
塩は塩虫を飼っているし、金属もモンスターがドロップしてくれる。
かなり難しい聖魔法を使えば、望む物質を生み出すことさえできる。その役目は村長が担っていた。
つまり、村で完結しているのだ。
村を出る時は飢饉か、村の守り人が倒せないモンスターが出現した時だ。
そうなってしまえば、村人のほとんどは死んでいるだろうが。
「構えろ。エンカウントだ」
おじさんが言う。
道の先がぐにゃりと歪み、渦を巻いていく。中心で欠けた百獣の印が輝き、狼の形を得る。
シベリアン・ハスキーに似た白黒のカラーリングであるモンスター、キャスト:ドッグだ。
「ファイア」
姿を確認できた瞬間、俺は右手を突き出して魔法を放つ。
消費された魔力は修練のおかげですぐに回復する。
キャスト:ドッグは序盤に登場する敵だが、一体ではあまり強くない。
だが、倒すのに時間をかけてしまうと仲間を呼ぶ設定がある。
この世界なら、間髪入れずに魔法を放てばすぐに倒せるだろう。
「ファイア、ファイア」
一発目は避けられ、二発目は前足にあたり、三発目は鼻を捉えた。
キャンと、見た目通りの泣き声を上げてキャスト:ドッグが倒れる。すでに近づいていた俺は、取り出した短剣を首にある印に突き刺した。
キャスト:ドッグはクリティカルが致命傷となり、消えてしまった。
「楽勝」
歩きながらも回復量を増やす魔力修練を続けていた俺は、強くなっているようだった。
ドルジーク:ゴリラを倒せるほどではないが、雑魚に苦戦はしないだろう。
単純に魔力回復量が上がっただけでなく、モンスターを倒すことに躊躇いが無くなったせいでもある。
日に何体も戦闘してれば、そりゃ作業みたいになるだろ。
「やるねえ、少年」
「少年はやめてください。俺はアプローズです」
「なら俺はおじさんじゃなくって……そうだな、君たちに倣ってニゲラと呼んでもらおうかな。アプロ君にベルちゃん」
含みのある言い方だが、おじさん——ニゲラおじさんは嘘つきだから本名を知られたくないのだろう。
追求せずに「よろしく」と答え、握手しようと手を出すと、ベルも俺に対抗して握手をニゲラおじさんに求めた。
「ギスギスした旅はきらいなんだけどねえ」
突き出される二本の手を見て、ニゲラおじさんは困っていた。
三人の旅はベルの加入という大事件以降、順調に進んでいた。
エンカウントするモンスターも序盤にふさわしい、キャスト系の弱いものばかりで、怪我することなく五つの村を訪れた。
ニゲラおじさんは薬売りなので、唐突に山に進路を変えて、何に効くのかさっぱりわからない木の根やキノコを取ったりしていた。
村には半月ほど滞在することもあれば、一泊することなく出発したり、自由気ままに旅していた。
薬の調合を見せてもらったのだが、現代医療に慣れた俺は引っ掛かることが多すぎて、すぐに見るのをやめてしまった。
赤い乾燥きのこをすりつぶす時に、小便を混ぜたりするのを見せられれば、誰でも気分が悪くなるだろう。
その薬が、訪れた村で包帯熱で苦しんでいた患者を三日で直したのだから、このゲーム世界の医療は摩訶不思議だ。
まだポーションとかいわれた方が納得できる。
俺はニゲラおじさんの薬の調合は駄目だったが、ベルは興味を持ったらしい。
旅の道中も村の中でも、常にニゲラおじさんを質問攻めにしていた。
才能の方もあるらしく、四つ目の村をまわる頃には調合を手伝うようになっていた。
俺とベルは必要最低限のこと以外は話さないまま——ベルは元から無口なので変わらないが——六つ目の村を目指して歩いていた時、おじさんが言った。
「もう我慢ならん」
おじさんが水筒にリュックから取り出した薬を二、三粒入れ、俺たちに手渡した。
「俺は薬草取ってくるから、これでも飲んで待っといてくれ」
「何の薬を入れたんですか」
「水がジュースになる薬。マジで美味いから絶対飲め」
おじさんはそう言い残して何処かへ行ってしまった。
薬の不衛生な調合方法を見てしまった俺としては、絶対に飲みたくなかったのだが、ベルが躊躇いなく飲んでいるのを見て、負けてられるかと一口あおった。
「うげえ」
病院で飲まされたシロップ剤に、ぶどうジュースを混ぜたような味がする。
少しのとろみがあって、喉を通っていく感覚がはっきりとわかった。
胃まで到達すると、じんじんと熱を発し、それが身体中に広がってぽかぽかし始めた。
「やべージュースだろこれ」
頭の中までぽかぽかが到達して、「考えていることがグルグル」と回ってる感じがする。
「おいしー」
ベルがそう呟いたのを「聞いて俺だけでなくベルも変になっている」ことに気がついた。
ベルは「すっかり水筒の中身を飲み干していた。」
「顔を赤くして目はとろんとしている。俺がまだ一口しか」飲んでないのを見て水筒をひったくった。
「まだいっぱいある。もっと飲みたい。アプロ怒ってないかな。あれ、アプロ変な顔してる。飲みたかったのかな。ううん、でもアプロはまずいって顔してたし、きっと飲みたくないんだ。だからわたしがもらっちゃっていい。アプロはわた」
ベルが独り言を「言うのは珍しい。無口であまり喋らないから、酔っ払ってるみたいな顔も合わさって可愛く見える。」
「あれ、俺、喋ってた?」
「アプロが可愛いって言ってくれた。わたしにずっと怒ってたのに。可愛いって。んふふふ。わたし可愛」
「泡のように考えていることが次から次へと生まれては言葉になっていく異常事態に、嫌な予感がしていたがどうすることもできない。」
「口が勝手に喋ってしまうのだ。」
「考えていることが、一言一句、言葉になって口からこぼれている。」
「自白剤よりヤベー薬だこれ。脳内丸裸かよ」
「俺の心の防壁は薬のせいで吹き飛ばされてしまった。」
「子供に飲ますべきものじゃねーだろ。廃人にならないか」
「恐らくニゲラおじさんが、仲直りしない俺たちに強硬手段を使ったのだろう。」
「もう意地をはるのはやめてベルに謝ってしまいたいと思っていたので助かるが、勢い余って余計なことまで言ってしまうかもしれない。」
「考えただけで言葉になってしまうのだ。」
「絶対に考えてはいけない。俺がアプロじゃないことに、ベルが気がついていたとしても。」
「ここはゲームの世界で、俺はアプローズに乗り移っているだけの外から来た存在だとかは、絶対に考えてはいけない。」
「あっ」
「えっ」
クリア・シンボル:ノート3『キャスト』
歪み欠けた印を持つ、序盤でも倒せる雑魚モンスター。
キャスト系はドルジークと違い首がついているため、印の状態が良いものは野生化することがある。
そのため、雑魚モンスターだからといって、逃げて放置するのはおすすめしない。
キャスト:ドッグは倒せないと『遠吠え』を行い最大三匹の同名モンスターを呼び出す。
キャスト:ドッグの『遠吠え』で呼び出される同名モンスターは、空間から現れるのではなく野生化したものである。
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