第5話

 世界に七つある印のうちの一つが、聖魔の印である。


 聖法と魔法を扱うことができるようになる聖魔の印は、ゲームで登場回数が最も多い。

 人間っぽい見た目をしたやつは大体この聖魔の印を持っているからだ。


 この始まりの村の住人も、体のどこかに聖魔の印が二つある。

 ゲームで言及されていなかったが、遺伝するのだろう。この村にいる全員が、必ず二つの聖魔の印を持っている。


 だが、俺には一つしかない。

 右手の甲に聖魔の印が輝いている。

 左手の甲にあったはずのは、ゲーム世界に入り込んだ今は綺麗に消えてしまっていた。


 この世界の大抵の住人は、体に二つ印を持つ。


 つまりは常人の半分しか力が出せないのだ。


 聖魔の印が二つなら、二重法陣というざっくり攻撃力が二倍になるスキルが使えるし、聖魔の印と時の印を持っていたなら、聖魔と時、二つの力を合わせたスキルが覚えられる。

 そのどちらもできない俺は、縛りプレイをしているに等しい。

 この世界がイージーモードだからと言って俺まで弱くなっていては、相対的に変わりがないのだ。


 それを解消するには、アーティファクトと呼ばれる印の力を持った装備が必要だ。


 例えばアーティファクト:聖魔剣なら、装備しているだけで聖魔の印が一つ増えるのと同じ効果を得られる。


 こっちの不死王が弱い世界でも、必ず欲しい。


 アーティファクトがなければ不死王を倒せなかったといえるくらいには最強装備なのだ。


 聖魔剣の場所はわかっている。

 不死王によって滅ぼされた王都の地下、隠された混沌迷宮にある。


 ラスボスを倒すために必要な装備がラスボスの居る王都の地下にあるせいで、何度ゲームオーバーになったことか。

 混沌迷宮を開く鍵も知らなければ詰みすらありえる。

 あそこにまた行くのは気が進まない。


 そこへ向かう以前に、まだ始まりの村から旅立ってないのだけれど。





 悩んでいた俺の下に、朗報が舞い込んできた。

 旅商人が来たらしい。


 村長の家に向かってみると、こんもりと膨らんだリュックをおろして丸太に座り込み一服している人がいた。

 美男美女だらけのゲーム世界において、懐かしさの覚える平凡な顔をしている三十代くらいの男だ。


「こんにちは。おじさんはどこから来たんですか?」


「南にあるファイワークってとっからだな。こっちは涼しくていいねえ」


 話を聞けば、たった一人で薬を売り歩いているらしい。

 行く先々で使われている薬を調べ、素材を集め、調合し、別の場所で売る。それを繰り返すことで知識を蓄積し、どんな病気でも直せるようになるのだ。


「この大陸にある国で、俺が行ったことのない場所なんてねえ。マジだぜ?」


 そう豪語するおじさんなら、不死王のことを知っているかもしれない。


「ノースシガに不死王がいるって聞いたんですけど」


「ノースシガねえ。酒はマズイが肉は美味い。アンデッドは骨のイメージがあるだろ。だがノースシガは寒すぎて肉が腐らないんで、フレッシュなままだ。良い感じに血の気が引いてるから、食ったらうまいかもしれんなあ」


 肉とアンデッドを一緒にしないでくれ。

 おじさんはタバコをたっぷり吸ってから続きを言う。


「御伽噺だと思っているやつが多いが、ノースシガの死魂迷宮の奥には、本当に不死王が居る。吹雪で死んだやつを、夜な夜な迷宮に連れ去ってるんだ。俺は見た。ホントホント。おおマジで」


 やはり不死王はノースシガにいるのか。

 そこへ行けば、このゲーム世界のことがわかるかもしれない。もしくは、現実世界に戻れるかも。


「キャー、こわいよう」


「ねえねえ、しんだらアンデッドになっちゃうの?」


「それは、きちんと埋葬してやれば大丈夫だ。だが、恨まれていたりでもしたら……お前のうしろに!!」


「きゃっきゃっ」


 いつの間にか村の子供たちが集まっていた。

 旅商人の話は、限られた村という空間しかしらない子供たちにとって、大事な外界からの刺激なのだ。その中にベルもいた。


「おじさん、次はどこに行くんですか?」


「この辺を周ったら、王都に寄って、そこから東に行く。東の大森林は薬の宝庫だからな」


「王都!? 王都って大丈夫なんですか?」


 ゲーム時代なら不死王が居座っていたラストダンジョンだったのだが、考えてみれば不死王は今、ノースシガだ。

 この世界の王都は、滅ぼされずに平和ってことか。


 スニーキングしなくていいのか。アーティファクト:聖魔剣を取るために侵入して、不死の軍勢に見つかって何回もゲームオーバーにならないのか。


「大丈夫だ。何がか知らんがマジオッケー。人の多さを見ればビックリするぜ」


 その人の多さのせいでアンデッドが大量発生していたのだが。


「なら、俺も……」


 連れて行ってくれ、とは言えなかった。


 言おうとした俺をベルが見ていたからだ。

 ここで行きたいと言ってしまえば、ベルもついてくるだろう。

 だが、ベルは聖法は使えても魔法は使えない。パーティーに加えるには力不足だ。俺が常に守ることなどできない。


 それに不死王を倒して全ての謎が解けたら、俺は元の世界に戻り、この体はこの世界のアプロに返されるはずだ。


 この世界で部外者の俺のために、ベルが危険を犯すなんておかしいだろう。


 あとでこっそりおじさんに頼もう。

 ベルに秘密でこの村を出るのだ。


 その日の晩、俺はおじさんが休んでいる小屋に向かった。

 子供の俺を連れてくなど反対されるだろうが、俺はゲームプレイヤーだ。この世界の情報を話せば、役に立つことを理解してくれるはずだ。


 三日月の薄暗い道を歩いていると、後ろに気配がした。


「やっぱり、行くんだ」


 ベルだ。


「行かないさ。なんのことだい、さっぱりわからないな」


 我ながら白々しい。案の定ベルは騙されてくれない。


「不死王に会わなきゃ行けないんでしょ」


「……そんなにわかりやすい?」


「わかるよ。最近そればかり聞いてたし、倒すために聖魔法の練習してるのは見てればわかる。……わたしも連れてって」


 そこまでバレているのは予想外だった。ベルは想像以上に、俺のことをよく見ている。

 だが連れていくわけには行かない。

 薄暗くてベルの顔が見えづらいのが少し怖い。


「ダメだ。モンスターが出るだろうし、他の危険もたくさんある。不死王と戦って死ぬかもしれない。それに……」


 俺は続きを言いたくなくて迷っていると、ベルがその先を言った。


「アプロはアプロじゃないから、でしょ」


 俺は何も答えなかった。

 一番知って欲しくなかったことを、ベルは知っている。


「前のアプロは人形みたいだった。全然違う。今のアプロの方が、わたしは……、好き」


「ダメだ。ベルは連れて行けない。絶対にだ!」


 俺が叫ぶと風が止まってしん、となった。

 ベルにこれ以上傷ついて欲しくない。

 ドルジーク戦は俺の力不足のせいであり、あれと同じ目に合わせるわけには行かないのだ。


 ベルはきっと俺がピンチになれば、自分の身を顧みず助けようとするだろう。

 死んだら終わりなのだ。セーブロードはない。ベルは生きた人間だ。


 冷たい時間が流れて、耐えきれなくなったのかベルは走り去って行った。これでいい。俺はおじさんの元へ向かった。


 疲れ切っていた俺を、旅商人のおじさんは快く迎えてくれた。

 共に旅したいと告げると、おじさんは優しい笑顔で引き受けてくれた。これで俺はこの村から旅立つことが決まった。




 それから出発の日まで、ベルとは一度も顔を合わせていない。

 村長から旅用の古いリュックをもらって荷物を詰めた。食べ物もたっぷり入っている。

 体が重いのはリュックのせいだけではないはずだ。

 日にちを開けたせいか、頭が冷えてベルに謝りたいと思うようになっていた。


「さあ、行くか」


「……はい」


「やめとくか? 今ならまだやり直せるぞ」


「いえ、行きます。何故ここにいるのか知りたいから」


「マセてるねえ」


 おじさんの後ろについて歩く。

 村からこれほど離れたのは初めてで、早速俺は心寂しく感じていた。どうやらゲームの世界なれど、始まりの村を故郷だと思っていたらしい。

 それにベルにはもう会えない。


「あ、そうだ。この先に、他の旅仲間がいるから」


「え?」


 そこに立っていたのは、万全の準備を整えたベルだった。


「わたしはアプロについていくわけじゃない。ノースシガに用がある」


 ベルは勝ち誇ったように笑った。


「不死王に、アプロをたぶらかさないでって言いに行くの」

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