第4話

 首のないゴリラ型のモンスター、ドルジーク。

 ドルジークというのは首のないモンスターの総称で、ゴリラ型以外にも虎だったり死人だったり竜だったり様々だ。

 序盤は強敵枠、中盤はザコ敵として登場する、不死王の配下ではない野良のモンスターだ。

 体のどこかに歪な印を持ち、首がないのは印の加護を得られなかったためであると噂されているが、真実は不明のままである。


 つまりは、ゲームオーバーもありうるってことだ。


 ドルジークは肩に刺さる尖った石を引き抜くと、怒りに任せて地面に叩きつける。

 ベルを標的にされないように放った牽制だが、かなりキているようだった。

 突進攻撃が来る。


「デカすぎだろ、車かよっ」


 アプロの体はまだ子供だ。

 全力で走って後ろにあった大木に回り込むと、ドルジークはその巨体を打ち付ける。

 大量の葉っぱが降ってくるほどの衝撃がはしるが、大木は折れることはなかった。

 幹には首から流れる血がべっとりとついていた。


「馬鹿でよかった。頭がないもんな」


 その言葉を理解したのか、それとも突進が外れたことに怒ったのか、大木に爪を突き立て俺の目の前に跳ねた。

 まだ倒せる威力の魔法は打てない。


 ドルジークは木の皮をバリバリと剥がしながら、俺を爪で引き裂こうとする。

 流石にまずい。避けられない。


 別の魔法で意識を逸らすか————


「いやああっ、シュート!!」


 上空から声がしたかと思えば、いつの間に登ったのか、首の印を光らせたベルが木の上から飛び降りてきた。

 手に持った太い木の枝をドルジークの首に突き刺す。

 重力と加速魔法シュートの二つの力が加わった木の枝は深々と突き刺さり、ドルジークは首から木をはやした醜い接ぎ木へと変わってしまった。


 ドルジークが声にならない叫びをあげる。

 無茶苦茶に振り回した手がベルに引っ掛かり、体の小さなベルは大きな爪傷を受けながら吹き飛ばされた。


「ベルッ!」


 すぐに助けに行きたかったが、俺はドルジークに向き直った。

 こいつを倒さなきゃゲームオーバーだ。助ける間もなく殺される。


 だがどうやればいい?

 ベルの攻撃は意表をつけたが、クリティカル攻撃にすらならなかったみたいだ。

 痛がっているが大したダメージは与えてないだろう。


 怒り状態から正常に戻り、より一層の殺意でこちらを狙ってくるドルザークに、逃げられないと判断した俺は狙っていた魔法をキャンセルして、別の魔法を放つ。

 ドルザーク:ゴリラには物理が効く。


「一旦キャンセル。からの、魔法:スパイク!」


 キャンセルで余った魔力を注ぎ込むと、聖魔の印の上に法陣が浮かび上がる。

 それに呼応して土が盛り上がり、ドルザークの胴体に突き刺さってその巨体をふわりと浮かした。


 キラキラとした粒子のエフェクトが入り、ドルザークが大きくひるむ。

 クリティカルになったらしい。


 だが、ドルザークは倒れない。高威力の魔法をまたチャージし直さなければいけなくなった。

 このまま倒せないと、一発食らえば死んでしまう俺は圧倒的に不利だ。


 大木の裏に身を隠し、焦りながらも俺は別のことが頭に浮かんでいた。


 クリティカルってなんだ?


 ゲームのクリア・シンボルにはクリティカルがあった。

 クリティカルが入れば大ダメージになり、粒子が舞うエフェクトが入る。さっきのスパイクと同じだ。


 だがここはゲーム世界ではあるが、ゲームではない。

 おかしい。俺のスパイクはクリティカルだったのに、完全に不意打ちだったベルの攻撃は違った。

 ゲームでは確率だと思っていたが、完全な運だよりなんてありえない。


 他のゲームなら、急所に当たった時だが——


「そういうことか」


 魔力をチャージしていた魔法を止め、石を拾い魔法;フロウで形成し先を尖らせると、大木から出てドルジークの前に立った。


「やっぱすげー迫力だな。VRも目じゃない」


 現実では体験できない、ゲームじゃ知ることのできない迫力。

 死ぬかもしれないってこんな感覚なのかな。

 心臓はバクバクうるさいのに、頭はクリアだ。

 ビビって逃げ出したくなるけど、視界に入る倒れたベルが、前に進む勇気をくれる。


 ドルザークは首から木の枝を生やしたままだった。

 大きく手を広げると逃さないとばかりに掴み攻撃を放ってくる。


 俺は体を低く構えると、


「魔法:シュート」


 自分の体に加速魔法をかけた。

 ぐんっと強制的に前へと引っ張られると、爪の鋭い手を避けてドルザークの懐へ潜り込む。

 人体に使用することを想定していない魔法のせいで、血液がシェイクされて吐きそうになるのを堪えながら体制を立て直す。

 目の前にあるのは、歪な百獣の印。


「聖法:エンチャント・シェル」


 尖った石に硬化の聖法をかけ、胸に鈍く光る印へと突き刺した。

 印が削れ、粒子が舞う。


 クリティカル発生。


 クリティカルはここだ。誰もが持つ、印に攻撃が当たることがクリティカルの条件なのだ。


「もう一発、シュート!」


 自分の右腕だけに加速魔法をかけ、逆流する血液で血管を破裂させながら釘のように深くまで打ち付ける。


 ドルジークが叫び声を上げて、印の光が消え失せると、それに合わせて強靭な肉体も消滅していく。

 突き刺さっていた石だけがぽろりと落ちた。


「ドロップもなしかよ。ツイてない」


 ファンファーレもレベルアップもない、地味な戦闘終了だった。

 だが、どんなゲームでもこの達成感は得られない。

 心から湧き出る歓喜に身を震わせる。だが、気持ちが落ち着くのを待たずにベルの元へ駆け寄った。


 聖魔法で回復は怖かった。未使用の聖魔法はどんな効果があるかわからない。それに医療行為は素人がやれば殺すことになる。

 血を流すベルを担いで、村長の家へ走った。





 村長の家で、座禅をしている。

 魔力を放出し回復を高める修練だ。


 深い集中が俺を包み込む。村長に活を入れられることは滅多になくなった。


 俺の力不足でベルが傷ついた。俺がもっと真面目に魔力修練に取り組んでおけば、俺がちゃんとここがゲームじゃないと理解していれば。


 ベルのお腹についた傷跡はずっと残り続けるらしい。

 もっと深く入っていれば、ベルの脇腹にある二つ目の聖魔の印に到達していたかもしれない。


 ベルは魔法が使えなくなった。


 聖魔の印に異常はないらしいから、精神的なものだろうと言われた。

 聖法は使えるが、魔法を使おうとするとドルザークとの戦闘がフラッシュバックしてしまうのだ。


 だが、ベルは隣で魔力修練に付き合っている。

 彼女は口数が少なくてきちんと言ってくれないが、俺を守ろうとしてくれているのは伝わってくる。


 ここではセーブロードは使えない。

 だから、ベルの傷は消えない。





クリア・シンボル:ノート2『ドルジーク』


 ドルジークは歪んだ印を持つモンスターのことである。

 戦闘訓練を行った者でなければ太刀打ちできないほど強く、種類によっては中盤でも苦戦することがある。

 また、逃げ切ることができれば、首がないため一日ほどで死ぬ。


 稀に首あり個体も存在する。

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