第3話
クリア・シンボルはスキル制だった。
レベルの概念はないため、野良の敵を倒しても経験値なんてものはなく、素材と金策の意味しかなかった。
覚えたスキルはメニューでキャラを選択すれば一覧を見ることができる。
使いたいスキルを選べば、部屋の中でも、見知らぬNPCの前でもぶっ放すことができる。
メニューが開ければ。
「セレクトボタンなんてリアルにねえよ」
クリア・シンボルは噂によれば関西の大学にあるゲームサークルで作られたものらしい。
そのためゲーム機本体はプラスチックを貼り合わせただけの正方形の箱なのだが、コントローラーは市販のものを流用しているようだった。
世代じゃないので懐かしさなどは感じなかったのだが、親にでも聞いたら何時間も昔話を聞かされただろう。
ゲームの時はセレクトボタンを押せばパーティもスキルも持ち物を全て見れたはずなのだけれど、現実にコントローラーはない。
俺は河原に座るベルに泣きついた。
「ベル様〜、助言をください」
「こうやって、こう」
ベルが石を両手で持ち、首にある聖魔の印をぽうっと光らせて力を入れると、硬いはずの石がお餅のようにうにょんと伸びた。
印の光が消えると石は本来の硬さを取り戻し、地面に放り捨てられた衝撃で伸びて細くなった部分からぽきっと折れてしまった。
序盤で大変お世話になったスキル、魔法:フロウだ。
「直接見るとマジで魔法みたいだ。魔法だけど。どうやってるんだ?」
「気合」
「わお。ゲーム的中世ヨーロッパ世界観でも、説明まで前時代的だとは思わなんだ」
「アプロは前もできてた。やろうとしないだけ」
ベルが石を拾って投げ渡してくる。
気合なんかでできるわけがないと、俺は渋々右手の聖魔の印に力を込めると、ぽうっと弱々しい光が灯る。
硬く冷たかったはずの石がじんわりと熱を持って、掴んでいた指がぐにゅっと沈んだ。
魔法が発動したのだ。
「すげーっ! できた、見てこれ。やっぱ気合に勝るものはないな」
石がまるで粘土みたいだ。
柔らかくなった石をこねて形を整える。
非対称の太ったハート型に整えると、羽の意味を込めた線を付け、最後にクチバシとつぶらな瞳を付け加える。
うーん、ブサイクな小鳥だ。
魔法:フロウは硬いものを柔らかくするスキルだ。有機物には通りにくく、無機物なら多少の熱を発生させてドロドロにしてしまう。
有機無機といっても、正確には生物由来のものには通りにくいって意味で、厳密に有機物と無機物を区別しているわけではないが。
発動を止めれば元の硬さに戻るので、加工品を作るのに便利なのだ。
「情報料」
ベルがキラキラした目で石の小鳥を見つめている。
「これが欲しいの? もっと綺麗なものじゃなくていいの?」
「それがいい」
ブサイクな小鳥を受け取ったベルは大事そうに抱えて家に帰っていった。
聖法も教えて欲しかったのだけれど。
仕方がないので一人で印の練習をする。
メニューが開かなくても気合でなんとかなることがわかっただけでも十分だ。
何のスキルを持っているのかがわからないのが難点だが、
「チャレンジしてみるか」
聖魔の印一つで発動可能な魔法の中で、威力が高く、効果範囲が狭いものを選ぶ。
もしこれが発動できたのなら、スキルを覚え直さなくて良いことになる。
「魔法:エグジスタンスッ……!」
右手の印が神々しく光り、その上に法陣が浮かび上がろうとしたところで、ぼすんっ、と明らかに不発の音がした。
法陣はピザのひとピースもないくらいしか浮かんでいない。
これじゃ腹も膨れないじゃないか。
「はい、残念。また世界中を周って集めないといけないのか……」
「世界を周るより先に、魔力をつけんとな」
「ひぅっ……!」
完全に一人だと思っていたのに!
振り向くと村長が髭を撫でながら笑っていた。
見られていたことの恥ずかしさがこみ上げてくるが、村長の言葉が気になった。
「魔力が足りないってこと?」
「そうじゃ。その魔法をどこで知ったのかは知らんが、発動自体はしておった。魔力が足りんから浮き出てはおらんがの。ゆっくりと発動し、魔力を注ぎ続ければいつかは使えるかも知れんが、何日とかかるじゃろうな」
魔法:エグジスタンスってそれほど魔力が必要なのか。
クリア・シンボルの体力や魔力は数値化して見えるわけではなく、総魔力量の何パーセントを使ったかがわかる仕組みだった。
魔力修練で最大量と回復速度を上げまくった後に手に入ったスキルなので、どれくらいの量が必要か気にしていなかったのだ。
「魔力修練からやり直しか……」
ゲームだったらボタンのポチポチで済んだが、リアルでやるとなるとかなりの精神力がいるだろう。
だが、魔力量が増えればどんな魔法でも使えるようになる。
「面倒くさい……けど、やるかあ」
「儂が手伝ってやろうじゃないか」
村長が満面の笑みで手招きしていた。
魔力を放出し、回復する。
それを常に繰り返すことが、回復速度をあげる魔力修練の内容だ。
最大量じゃなくて回復速度から修練しているのは、回復速度が高い方が最大量の修練結果がよくなるからだ。
最大量は魔力の過回復を利用している。回復量が多いほど上がりやすいのだ。
というのがゲーム知識。
ゲームならどちらを伸ばすか選び、時間指定すれば終わりだった。
だが現実はヒマ。
印の魔力を放出し続け、限りなくゼロに保たせる。
自然回復する魔力もすぐに放出する。
気を抜いたら村長が活を入れてくるので、ただ座ってるだけしかできない。
はっきり言って苦行だ。
気合が入らないままだらだらと、魔力修練する日々が続いた。
そんなある日の昼休み、遊ぶ時間が少なくなって拗ねていたベルと一緒に、大木の下でパンを食べていた。
口数は少ないけどゆったりとした時間が流れる昼休みは、朝も晩も修練で精神的にヘトヘトな俺の癒しになっていた。
ふわふわの髪の毛を揺らしながら、美味しそうに食べるベルを眺めてると小動物のような可愛さがある。
ベルはあまり喋らないけれど、顔に出やすいのだ。
俺は不死王に会うために、いつか旅立たなければならない。
その時、ベルはどんな顔をするだろうか。
俺が昔のアプロじゃなくて、ゲームプレイヤーのアプロだと知ったら、どう思うだろうか。
泣かれなきゃいいな。
パンを頬張っていたベルが驚いた表情でこっちを見た。
見ていたのがバレたのかと思ったが、ベルの焦点は俺ではなくその後ろを捉えていた。
「どうした、ベル」
うしろを振り向くと風景が陽炎のようにゆらゆらと揺れ、それが渦を巻いて形になっていく。
中心で欠けた印が光った瞬間、その場にモンスターが現れた。
——エンカウント。
不死の軍勢ではない、野良のモンスターとの遭遇。
クリア・シンボルの野良モンスターは
鋭い爪と引き締まった筋肉を持つ、首のない四足歩行の獣だ。その姿はゴリラに近い。
毛がマダラに抜け落ちているが、その跡が刺青のように見える。首からは粘性のある血があふれていた。
胸には歪な形の百獣の印が光っている。
首がないはずのモンスターがこちらを向いた。
「——ッ、シュート!」
石を拾い魔法:シュートを放つ。
加速した石がモンスターへと飛ぶが、分厚い筋肉に阻まれてダメージを与えられていない。
「ベル、逃げろ」
ドルジーク。
主に中盤に登場するザコ敵だが、始まったばかりで育っていない俺が倒すには厳しい相手だ。
序盤のスキルじゃ火力不足で倒しきれないが、強力な魔法を使うには魔力をチャージする時間がいる。
また石を拾い、今度はフロウの魔法で先端を尖らせて貫通力を上げる。
「シュートッ」
尖った先がドルジークの肩に突き刺さったが、倒すには至らない。
右手に光る聖魔の印に力を込め、魔法を発動待機状態にする。魔法を注ぐがまだ足りない。
魔力修練によって回復速度は速くなっているが量が少なく、倒せる威力のある魔法分のチャージが完了するまで数十秒必要だ。
その隙にドルジークの攻撃を貰えば、一発で死ぬ。
セーブロードのない、この世界での初戦闘が始まった。
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