第2話 第1章:不死王を倒せ

 目を開けて後悔した。

 違和感はあった。ベッドの感触が違うし、手足の感覚も随分と短い気がしていた。

 きっと気のせいだと言い聞かせて、現実から逃げるためにまどろみにしがみついていたけど、俺の危険センサーがビンビンになっている状況で、目を瞑り続けることはできなかった。


「……そーいうタイプね」


 見覚えがある部屋の風景。

 クリア・シンボルという呪いのゲームの主人公が最初にいる部屋が、ここだ。


「なるほど。クリアすると、ゲームに取り込まれるってタイプか。割とよくある展開……、いや、現実じゃありえねーけど」


 クリア・シンボルをくれた友人が、『ゲームにのめり込むと取り込まれる』なんて言っていたが、与太話だと信じていなかった。

 ファンタジーでよくある設定だが、俺の気分からするとホラーだわ。


 右手を見ると、聖魔の印が光り輝いている。

 左手には、まだ印は浮かんでいない。


 もう一回寝たら現実に戻ってないかなと、目を閉じようとして跳ね起きた。


「やべっ、逃げねーと!」


 ゲームのシナリオ通りなら、アンデッド兵の徴収という理由で名前も知らないこの村の住人を皆殺しにするために、不死の軍勢が進軍しているはずだ。

 軍勢と言ってもその時はたった1人だったが、始まりの村で相対するべき敵ではない。

 幹部クラスの敵なんて後半にしか倒せないだろ。


 ゲーム的に言うなら負けイベってやつだ。

 負けてもストーリーが進行するタイプではなく、戦ったら負けゲームオーバーという理不尽な方の負けイベ。


 雨戸から飛び出して壁に張り付く。

 悲鳴は聞こえない。血の匂いもしない。

 鳥の鳴き声が聞こえるほど呑気だ。


 ……まだ余裕があるのか?

 もしかして時間がずれているのか。

 左手にあるはずの主人公の証、時の印がまだ現れてないのだから、ゲームスタートしていない可能性は高い。

 だが、不死の軍勢の策略である可能性は捨てられない。


「……かくれんぼ?」


「ひぅぅっ!!」


 後ろから声をかけられて飛び跳ねる。

 そこに立っていたのは、ショートのふわふわした髪の女の子だった。


「初めて見るキャラだ……。っと隠れないと!」


「アプロ、また変なことしてる」


 首を傾げる彼女の手を掴んで家の間を駆け抜ける。

 村は平穏そのものだけど、不死王の罠かもしれない。

 ゲーム世界に取り込まれたのも、不死王が死際に何かしたからである可能性がある。


 俺の最後の記憶が確かなら、不死王は倒せていたはずだ。

 クリア・シンボルに取り込まれたのは、ゲームオーバーになっても諦めなかった俺を、別の方法で諦めさせようとしている結果なのかもしれない。


 細かいルートを通って村の端の大木に身を隠す。


「よし。ここで様子を見よう」


「おにごっこ?」


「違うよ。ええっと……誰だっけ」


 この村は早々に逃げ出したので村人との交流は一切なかった。

 村人はアンデッド化して不死の軍勢に加わったのだろうから、この少女のこともさっぱりわからない。

 ザコ敵として倒していたかもしれないと思うと、申し訳ない。


 走って逃げてきたせいで汗が滴っている彼女は子供っぽく(実際に子供なのだが)唇をとがらせた。


「それは怒るよ。アプロ。それとも初めましてごっこ?」


 どうやらいつも遊ぶ仲なのだろうけど、俺はついさっきこのゲームに取り込まれたばかりで彼女の名前すら知らない。

 ここは彼女の言葉に乗っかっていこう。


「初めまして。俺の名前はアプローズ」


 役者にでもなったかのように跪いて手を取ると、彼女は頬をあからめる。

 主人公のイケメンフェイスでクリティカルヒットだ。


「わ、わたしはベル。どうすれば?」


「この村に不死の軍勢が迫ってきています。姫様、逃げましょう」


 ベルはお姫様ごっこは大層気に入ったらしい。

 隠れ進む俺の後ろをついてきてくれたが、もうすぐ森へ入れるというところで繋いでいた手が引っ張られた。


「だめ。これ以上は」


「森へ行かないと隠れられないだろ」


「森は危険。これは村長の言葉」


「姫様、不死の軍勢が迫っております。村長の言葉より、命を大切にしてくださいませ」


「だめ!!」


 なだめるように芝居がかった口調で語りかけたが、大人しそうだったベルが大声を上げて拒否した。

 ベルの顔は泣きそうだった。怒りと戸惑いと、声を荒げてしまったことを後悔している顔だ。


 恥ずかしいことなのだけれど、その時初めてベルの顔をちゃんと見た。

 今まで彼女をゲームのキャラクターとして、テキストとポリゴンの塊の延長戦でしか見てなかったのだ。

 俺はビビっていた。


「ごめん。森へは入らない」


「今日のアプロ、変。少し怖い」


「……ごめんな。一度村へ戻ろう。村長に会いたい」


 ベルの知ってるアプロじゃなくてごめん。






 村は平穏だった。

 不死の軍勢どころか、不死王の脅威に怯えている気配すらない。

 ここにきて、ただの背景だと無視して処理してきた違和感を認識し始めていた。

 平和だ。あまりにゲームと違いすぎる。


 村で一番立派な家にお邪魔すると、白い髭を蓄えた優しそうなおじいちゃんが出迎えてくれた。

 手はインクで汚れている。この人が村長なのだろう。


「どうした、ベルにアプロ。喧嘩でもしたのかい?」


 使い古されたティーカップに暖かいお茶を入れてくれた村長の質問を答える前に、俺は真っ先に聞きたいことを尋ねた。


「村長、不死の軍勢は?」


 村長は心底不思議そうに目をぱちくりさせた。


「不死の軍勢とはなんだい?」


 不死の軍勢を知らないなんてありえるのか。

 すでに術中で、村長もアンデッドだったり……なんてことは流石にないはず。


「不死王が操っているしもべのことです」


「不死王……ずっと北にあるノースシガの御伽噺じゃないか。よく知っているねえ」


「いや、そんなはずは……」


 不死王が御伽噺なはずがない。

 不死王は世界を死の恐怖に陥れたラスボスだ。

 誰もが怯えていたし、その名を恐れない者などいなかった。


 なのに、ここでは違う。

 俺はあることを思いついた。


 不死王が世界征服をしていない理由。

 それは不死王はしないのではなく、のではないか?


 セーブロードを繰り返したら、不死王の意識データも繰り返していた。

 オーバーテクノロジーで馬鹿馬鹿しい話だが、不死王は俺と戦うごとに力をつけていった。

 つまり、セーブロードを繰り返さないのなら、不死王は弱いままなのだ。


 ゲーム完成リリース時点の、まっさらな状態の世界。


 俺がゲームをプレイする前は、友人のシュウが遊んでいたと言っていた。

 シュウの前にもプレイヤーは居たはずだ。

 その前にも、さらに前にも。


 何人ものプレイヤーがセーブロードを繰り返すごとに、不死王は力をつけていった。そして、俺が始めた時は不死の軍勢が迫ってくるほどになっていた。


 だとしたら俺が迷い込んだクリア・シンボルのこの世界は、セーブロードが繰り返される前の、不死王が弱い世界ではなか。


 だから村は平和で、不死の軍勢も来ない。

 不死王はノースシガの御伽噺でしか語られていない。


 俺は左手の甲を見る。

 本来なら時の印が浮かんでいるべき場所には何もない。

 ゲーム設定ではセーブロードは時の印の力によるものとされていた。時の印がない今はセーブロードに頼ることはできない。


 この時の印が発現していない世界では、一度も繰り返されていないのだ。


 ゲームの不死王との戦いは、高度な心理戦と呼ぶべきものだった。

 それは不死王がセーブロードで培ってきた戦いの記憶を持っていたからだ。

 その積み重ねがないのなら、ゲーム難易度が超絶難しいエクストラハードから楽勝イージーに変わったようなものだ。


 セーブロードのないゲームはクソゲーかもしれない。

 だが、人生にセーブロードなどなかったのだ。


 俺の人生は、イージーモードのゲームに取り込まれた。


 なぜこうなったのかはわからない。

 なぜゲーム世界に取り込まれたのか。

 なぜ時の印が発現していないのか。


 俺が考えたことは、全て的外れかもしれない。

 だが、ノースシガにいるらしい不死王に聞けばわかるはずだ。

 わからなくても、不死王を倒せば現実に戻れるかもしれない。


 俺の底から新作のゲームを開封する時のようなわくわくが湧いてきた。


「今度こそ、このゲームをクリアしてやる」





クリア・シンボル:ノート1『シンボルについて』


 印の勇者が生み出した七つのシンボルは世界へと広まり、多くの生命が七つのうちの二つを体に宿して生まれてくる。

 シンボルは人々に知恵と力を与え、組み合わせは多様性を生んだが、印の違いが争いを引き起こすこともあった。

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