第41話  雨の日の訪問者

 三月末の、季節が逆戻りしたような冷たい雨の昼下がり、不意に骨董店の引き戸を叩く音が響いた。

 春日も玄女も留守にしていて、俺は珍しく一人で店番をしていた。

 こんな日に誰だよ、と魔術書から顔を上げ、薄暗いガラス戸に目を遣った。

 勝手に這入ってくりゃいいのに。

 すると引き戸がガタガタを開けられ、男が一人這入ってきた。


「いらっしゃい。仕事中に買い物ですかい?」


 俺はいった。

 傘を畳んで引き戸を閉めた男は、警邏の制服を着ていた。


「邪魔するぜ」

「・・・、あれ、どっかで遭いましたっけ?」


 警官のくたびれた風の顔は、なんとなく見覚えある気がした。


「あるっちゃ、あるな。オレは榎木二郎ってんだ」


 聞いたことあるようなないような、まぁいいか。


「で、なにをお探しで? 生憎ここは骨董屋ですが、差し上げ物でも?」


 買い物しに来たようには見えないけどな。一応店番だし、もし客だったら売り上げ逃したって春日に文句いわれるの嫌だし。


「あれ?」


 店に一歩這入った榎木から、わずかだが警戒の気配を感じた。

 自慢じゃないがここには一応結界が張ってあるのだ。


「あんた、もしかして、人じゃないのか?」


 曖昧に訊いたのは、それほど気配が微弱だったからだ。稀に人外のような気配を持つただの人もいるんだよな。


「驚きだなぁ。いきなりバレるとは」


 榎木はわざとらしく驚いてみせた。

 なんだ、感ずかれるの込みで、というか意図的に気配を曝してたって感じだな。

 しかし、それがなかったら全然人外だって気付かなかったかも。そうとうな変化の手練だ。

 そんな奴がいったいなんの用だ?


「あんまり警戒しないでくれ。オレは雨夜さんの使いで来たんだ」

「雨夜? あ、思い出した。あんたあのとき馬車で・・・」

「そう、桃雛邸爆破事件のとき、警視庁へ連行する馬車で挨拶したろ?」

「へぇ、雨夜様は人外の警官も手下にしてるのかい」

「・・・いろいろ誤解があるようだが、まぁいいだろう」


 榎木は不服そうな顔でいった。


「で? 用事は長くかかるのかい? 立ち話もなんだし、茶でもどうだい?」

「ありがたいね。今日は冷える」


 榎木に客用のソファを勧め、俺は火鉢の上の鉄瓶から茶を淹れた。


「雨夜様はなんだって? ラスプーチンの事件はもう済んだ筈だぜ?」


 熱い茶を啜る榎木に向かって俺は訊いた。


「ああ、一応、事後報告ってやつだ」

「そんなこと知らせてくれるんだ。警察も親切になったもんだ」

「それともう一つ、これは雨夜様の指示でもあるんだが、半分オレの個人的な興味でね」

「へぇ、もしかして俺って人気者?」

「トキジクさん、だったよな? あんたいったい、何者なんだ?」


 物憂げな目の奥から、鋭い眼光が俺を射抜いた。

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