第35話  阿修羅

 前から後ろから、ぞくぞくと二階デッキへ死人どもが集まってくる。

 正直いって、俺は飛行術を使えば簡単に逃げることができるんだ。

 しかし、何故そうしないのかといえば、コイツ等を、今、ココで、始末しなければならないからだ。

 でなければ、死人どもはやがて船から溢れ出し、市井で生きた人たちを襲うことになるだろう。


 感染して死人になった者たちは、理性を失い、動きが緩慢だから倒し易いが、数で来られると面倒だ。

 それ以上に厄介なのは、直接術を施された奴は、理性を或る程度保ちながら、むしろ行動力は増すってことだ。

 術の宿主はこのデッキに、或いは船の中に潜んでいるかもしれない。そいつ等は、確実に倒さなければならない。

 

 ラスプーチンの野郎、糞みたいな手を使いやがって。


 どちらにしろ、ヤルなら早ければ早い方がいい。そして決定的に、徹底的に、殲滅あるのみだ。


 さて、この初手はしくじれない。ここが未来への分岐点だ。

 では、いざ・・・。


「師匠ぉぉぉぉ‼」 


 春日の声?


「こっちです、こっちぃぃぃ」


 上?


 頭上を見上げると、三つの人影が勢い良く落ちてきた。

 春日と玄女と光だ。

 三人は絶妙な加減で木製のデッキへ着地した。


「師匠、無事ですか!」


 春日駆け寄っていた。

 まるで頭撫でてといわんばかりに。


「だーれに向かって訊いている?」

「へへ、そうですよね。今はオレが重力を拒絶して、玄女の飛行術でここまできたんすよ!」


 今度は褒めて欲しいらしい。

 ふん、なんか急に頼もしくなりやがって。

 俺は春日の頭に手を置いた。


「よし、まずこいつらを一気に倒すぞ。ちょっとの間だけ近づけるな。出来るか?」

「もちろんっす」

「おし、じゃぁ、後ろの二人に見せ付けてやるぞ!」

「ガッテン!」


 春日はデッキ膝を付き、床に掌を当てた。


「オレは拒絶する!」


 春日の能力の発動で、死人どもの近づいてくる動きが、まるで見えない壁に阻まれたように止まった。


「呪符召喚!」


 俺は二十枚の呪符を手元に召喚し、それを空中に放り投げた。


「呪符展開!」


 呪符は俺を中心に円陣を組んで浮遊する。


「放て!」


 その言葉で呪符は二十本の短剣に変化し、矢のように放たれ、それぞれ死人の眉間に深く突き刺さった。


 さぁ、次だ。

 畳み掛けるぞ。


 俺は液体の入った小瓶を召喚し、中身を一気に飲み干す。

 これは術式が描かれた紙を燃やし、その灰を溶け込ませた、俗にいう符水だ。


「化生、阿修羅」


 俺の頭の側面に二つの顔が出現し、両肩から二本ずつ、計四本の腕が生えてきた。


「来い、荼毘丸!」


 掌に妖刀荼毘丸を召喚し、更に一定時間、物の複製を作る術式を発動させた。

 俺は三面の顔に六本の腕に三本の妖刀を持った、正に阿修羅そのものの姿となった。


「いざ」 


 気合と共に死人共の群れの中に真正面から突っ込んでいく。

 そして三本の荼毘丸で三方の死人を次々と斬り付けた。

 荼毘丸で斬られた死人は紅蓮の炎でその死肉を焼かれ、ことごとく火柱となっていく。


 そうだ、燃えろ燃えろ、すべて燃えて灰に還れ。

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