第12話  術式師

 俺と玄女は、横浜華僑街の本通り入り口に降り立った。

 通りの両側にレンガ造りや木造の二階建ての建物がずっと向こうまで続いている。一階はほとんど何らかの商店になっていて、どれも賑わっているようだ。

 銀座にも似ているが、それよかもっと密集して雑然として、活気に満ちていた。

 飛び交うのは主に広東語で、呼び込みや掛け声や話し声が方々から聞こえてくる。

 もう午後も遅く、油や香辛料の匂いが漂っていた。


『そういや玄女の出身地はどこなんだ?』

『山東半島に近い辺りだ』


 へぇ、北寄りなんだ。


 しばらく看板の並びを眺めながら雑踏を歩き、やがて狭い路地へ入った。

 表通りより更に雑然とした様子。人とすれ違うのもやっとで、得体の知れない店が連なり、迷路のように入り組んでいた。

 やがて道幅が幾分広くなったかと思うと、石造りの建物が両脇に並ぶ路地に出た。


『ここだ』


 辿り着いたのは、堅牢な門扉が備わった建物で、二階部分には柱が並んだベランダが設えられている。

 いつ来ても、どこの国にいるのかわからなくなるような雰囲気だ。

 木の扉を押し開け、暗いアーチを潜ると、広々とした中庭に出た。

 周囲の壁に淡い光のランタンが幾つも燈り、既に薄暗い中庭を幻想的に照らしている。

 庭の真ん中にある水盤には、ランタンの明かりと水仙や沈丁花の花影が揺れていた。


『遅かったの』


 中庭の奥から声がした。


『待つ時間もいいもんだろ?』

『なにぬかしよる』


 木の椅子に腰掛けていた老人が立ち上がった。


リーさんだ』


 俺は玄女にいった。


李雲リーユンです。お前がご婦人を連れてくるとはな』

『大人の事情だ』

『李大人、始めまして。玄女と申します』


 玄女は両手を合わせて武術家らしい挨拶をした。

 お、そんなきっちりとした挨拶出来んのかよ。俺にはしないのに。


『もう午後も遅いぞ。泊っていくのか?』

『さぁな。用件次第だ』


 李は杖を突きながら建物の中に這入るよう促した。

 部屋の中は外とはうって変わって凄まじく雑然としている。

 床、棚、机、あらゆるところが書物や紙や巻物で埋め尽くされていた。


『いつ来てもここはゴミ溜めだな』

『やかましい。これがワシの仕事の流儀だ。だいたいこの部屋にある全てのものはワシの創作の源泉であり成果であり作品だ』


 李爺さんはおん歳七十五で、俺の知る限り、この皇国でも指折りの術式師だ。

 良き術式師には、膨大な知識、強靭な意志、森羅万象への理解と圧倒的な閃きとセンス、ていうか半端じゃない努力が必要なのだ。


『で? 来るとだけ知らせてきたが、目的はなんだ?』

『それは・・・』


 いいかけたとき、玄女が一歩前に出て、答えた。


『金華秘書という書物を捜しております』

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