第11話  荒くれ港町事情

 横浜駅で下車し、駅舎から出だ。目の前には立派な噴水があり、その向こうには大岡川の河口と海が広がっていた。

 ぎゅうぎゅう詰めの車両から開放され、潮の空気を目一杯吸い込み、華僑街のほうへ歩を進めた。

 するとたちまち車夫たちが寄ってきて、乗って行けとまくしたてた。

 英国風のジャケット姿の男と、支那服の女など、横浜では珍しくないだろうが、商売魂に変わりはない。


『この様子は清と同じだな』


 玄女はいった。


 歩けない距離でもないが、と思案していると、目につく車夫がいたのでそいつの車に乗せてもらうことにした。


「どうも旦那、若いのにお目が高い」


 痩せた老人の車夫は軽く頭を下げた。

 うーん、もう若くはないんだが。


「いやいや、来るのは一年振りくらいでね。この辺り、なんか変わったかい?」


 人力車に乗りながら、俺は訊いた。


「さてねぇ、この辺りといいましてもぉ」


 車夫の老人は梶棒を引き上げながらいった。


「大丈夫だ。俺は東京の小十郎の客だ。それと、行先は華僑街へ」


 小十郎とは、東京で贔屓にしている車夫だ。車夫仲間の繋がりで広い情報網を持っている。ちなみに正体は妖狐だ。ということでこの爺さんも、まぁみなまでいうまい。


「へいへい、そうでやしたか、小十郎のお客さんで」


 老人は納得がいったようで、車を曳きながら滔々と喋り始めた。


「そりゃ明治になってから右肩上がりで外国人の出入りは多いんでがすが、ここ最近は特に増えたねぇ。外交官やそれに付き添いの人々、貿易商売人、旅人、船乗り、なんかとは別に、得体の知れない奴らが目立つようになったね。それに合わせてなのか、港辺りのガラが悪くなったよ。

 いさかいや暴力沙汰、売春に人売りに人買い、阿片に呪い、なんでもありだね」

「阿片に呪い?」

「そうさね。外国からはいろんな物が入ってくるよ」


 人と物の出入りが激しくなれば、そりゃいろいろあるさ。

 うーん、開国に文明開化様々だな。

 沢山の珍しい物が入ってくるのはいいが、同時に国外の呪術、呪具、術式も持ち込まれる。

 それぞれの土地特有のモノなので、いろいろ厄介だ。


「まぁ、今更鎖国へ逆戻りも出来ないしな」

「そういつはそうだ」

「ところで、最近の華僑街はどうだい?」

「賑わってきてるよ。人も増えたしね。本土があの有様だからねぇ。移民は多いよ」


 そんなことを話している内に、目的地の華僑街に到着した。

 俺は車代と情報料を払った。


「今後ともよしなに。それとここも最近じゃ物騒になってきたからね、気ぃ付けな」


 車夫兼情報屋の老人は笑顔で去っていった。

 ふむ、金を受け取った妖狐の話は、ある程度信用出来るだろう。

 せいぜい用心するぜ。


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