第5話 義和団事変
行き倒れ勘違い暴力女の玄女は、「金華秘書」という書物を探していて、そこには不完全な不死化の法が記されているという。もしその不完全な不死の法を施せば、後悔することになるとか。
いったいどんな後悔をすることになるのか。
それにしても最近、不死不死って多くない? 世間で流行ってんの?
ま、不死の俺がいうのもアレだけどさ。
『で? あんたとその書物との関係は? どうして探し求める』
『それについては話が長くなる。それより追加の握り飯はまだかい?』
『おいテメェ、ウチの春日君怒らせると本気で怖いよ? 俺なんかよりよっぽどタチ悪いからね?』
俺は玄女の向かいの椅子にドカッと大きな音をたてて座った。
「トキジクさ~ん、なんかいいました~?」
律義に握り飯を作ってる春日が敏感に反応して、厨の奥から訊いてきた。
「なんでもねぇよ。握り飯最高に美味いってさ」
「そうすかぁ」
意外に嬉しそうな声が返ってきた。
『ほら、話の続き。長いとかいって誤魔化すな』
鉄瓶から番茶を湯呑に注いで、女の目の前に置いた。
『では・・・』
玄女は語りだした。
私は昨年、清国で吹き荒れた義和団事変の渦中に居た。日々外国勢力に蝕まれていく祖国、利権を食い物にされ、生活は困窮、国土は荒れ果て、宣教師たちが布教と改宗を説いて跋扈していた。やがて貧しき民衆は自分たちの為の真の祖国を取り戻そうと、各地で外国勢力とその影響を排除し攻撃し始めた。それらを牽引したのが義和拳教団だった。この教団は白蓮教や民間宗教、拳法武術が融合したようなもので、広く農村部の若者たちに広まっていた。特徴は祖国回復と排外思想、いわゆる扶清滅洋。そして鍛錬と術によって超人的な能力と不死の肉体の獲得だった。
「そこに探している書物が関係してくるのか?」
「そうだ」
玄女は番茶を啜って、また続きを話し始めた。
催眠術や呪符の力で一般人でも強靭な肉体を手に入れていた。更に道士なども加わり、暴動を起こしていった。やがてどこかで誰かが「金華秘書」を持ち出し、呪法を施し、不死の者どもが現れた。
不死の者ども? なんか含みがあるいい方だな。
『しかし、それは不完全な不死、だったんだろ?』
『そうだ。やがて鎮圧され、殲滅された・・・』
殲滅? 確かにあの事変は外圧連合軍によって制圧されたとは聞いていたが。
『アンタはそこでなにをしてたんだ?』
『初めは、純粋に郷土の回復の為に戦いに参加していた。しかし、次第に義和団の運動は、ただ悪戯に破壊と暴力を広めるものになっていき、とどめはあの不死化の法の乱用で、決定的に団の志は醜悪なものに堕ちてしまった。』
玄女は今にも割ってしまいそうなほど、湯呑を強く握りしめていた。
『だから私は仕方なく、連合軍の方に加わり、事態の収拾に手を貸した。だが結局、国が内と外から蝕まれていくのは止められないらしい。しかしせめて人が残れば、また国は創れるだろうさ』
『おいおい、まだ滅んじゃいないだろ』
『時間の問題だ』
『そんなに国を憂えるあんたが、どうして皇国なんかに?』
『だから「金華秘書」を探しにさ』
『あ、そうだった』
『あの書物は、義和団の混乱の中で、所在が不明になっていた。私は二度と乱用されないよう、封印の為にも、探し求めた。やがて、日本の兵士が偶然見つけ、興味本位でか、国に持ち帰ったという噂を聞き、それを追って私が今ここに居る訳だ』
『興味本位で?』
『あの書物の価値に気付いていれば、この国でももっと噂になっているだろう。おそらく今でも単に所持しているだけか、売ってしまったか、あるいは・・・。ま、それでこの国に来てみたはいいが、言葉もわからず、手がかりも無く、用心棒なんかをして糊口をしのいでいたが、金が足りなくてな、ひもじい思いをしていたのだよ』
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