第2話  謎の拳法遣いと守銭奴探偵

 昼間からパブでエールを引っかけてきて、俺はご機嫌なまま神保町の骨董屋に戻ってきた。

 表の入り口の前を通ったら、店の帳場で春日が女の客に熱心に話しかけているのが見えた。

 ちょっと驚かしてやろうと気配を消して中に入り、女の客の後ろにこっそり立ち、春日に話しかけたら、客の方がもの凄い勢いで振り返った。


 お、なんだ? そんなに驚かしたか? ていうか随分な身のこなしだなこの人。


 そして女は俺の方を向いたと思ったら、ぐいぐい「おまえは不死人か」と迫ってくる。

 なんなんだコイツ、と警戒し始めた矢先、返答する間もなく女はいきなり襲いかかってきた。


 まず左手で小さくフェイントを入れてからの右手の裏拳を、俺の顔面めがけて打ってきた。

 変わった攻撃だなと思いながら、軽く頭を後ろに逸らした。


 すると裏拳が伸びてきた!


 いや、正確には手首をしならせ、掌を広げ指先で俺の目を狙ってきた。

 あらかじめ避けてくるだろうと予想しての攻撃。指の長さ分、伸びてきたのだ。

 かろうじて指先が目に当たるのを躱したが、一瞬怯んでしまった。

 その隙を衝かれ、腹に良いモノを喰らってしまった。想像以上に重いヤツ。


 うお、いくらなんでもあり得ない、こんなの普通じゃねー。

 衝撃弛緩の魔法使わなきゃ、確実に内臓いっちゃってたね。

 それでも余りに咄嗟だったから強力な魔法は使えなかった訳で、防ぎきれなかった衝撃の痛みに襲われ、俺は体を二つ折りにして屈み込んだ。


 低い体勢になった俺の顔面を、更に膝が襲う。


「師匠ぉ!」


 焦った春日の叫びが聞こえる。

 わかってらい。俺だってやられっぱなしは性に合わねぇ。

 俺は思いっきり後方に跳び、体を起こして右手にピースメーカーを召喚し、構えて撃鉄を起こした。


「てめぇ、動くんじゃ・・・」


 いってる側から女は大きく腕を振ると、袖の中から刃物が俺に向かって飛び出してきた。 


 問答無用で殺しにかかってきてるよ‼


 辛うじて刃物を避けると、女はその間に一瞬で距離を詰めてきて、俺の手から銃を払い落とした。

 今度は組手対決だ。

 怒涛の女の突きや膝や肘を受け流し、払いのける。

 クソ、この女強い。支那人だけに、何らかの拳法を修めた達人だ。このままじゃ押し切られる。なんとか距離を取りたい。


 そこで上手い具合に蹴りが胸に飛んできたので、同時に後ろへワザと跳んで、ダメージを最小限に減らした。しかし背後の骨董陳列棚に激突して、壺やらなにやらが棚ごと崩壊した。


 後で全部弁償させてやるからな! 


 好機とばかりにガラクタまみれで床に寝転ぶ俺にトドメを刺そうと飛びかかってきた女に向けて、キツイ術をお見舞いしてやろうと構えたら、間に春日が割り込んできた。


「おまえを拒絶する!」


 春日に拒絶された女は「ぎゃっ」と短い悲鳴を上げ吹き飛ばされ、漆喰の壁に激突して床に落ちた。


「師匠、大丈夫ですか⁉」


 体を張って立ちはだかり、荒い息のまま春日はいった。


「ああ、大丈夫だ」

 なんかの破片とか埃とかをコートから払いのけ、俺は立ち上がった。

「ありがとよ」

 そういって春日の頭をわしゃわしゃと撫でた。


 ま、正直助けがなくてもよかったんだけど、ここは褒めておくことにする。


「しかし、壁にヒビ入ってんぞ? 給料から天引きだな」

「この最低な守銭奴探偵‼」


 春日は顔を真っ赤にして奇声を上げた。

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