時間旅行

usagi

第1話 時間旅行


真っ白な部屋の中に、白いガウンを羽織ったおじいさんが正面に立っていた。おじいさんは、とにかくうれしそうな表情をしていた。よく知っている人のように思えたが、しかし誰だか思い出すことはできなかった。


「君に未来を見せてあげよう。」

そう言うと、おじいさんは僕の肩にポンと手を置いた。


次の瞬間、僕の体は胎児のような格好になり、真っ暗な空間の中で小さく体を上下させていた。


正面には真っ青な地球が見えた。まんまるの地球は、まさに「そこにポンと置かれている」ようだった。


地球の方は徐々に僕に近づいてきた。


そして、僕の目線はグーグルアースのように地球に向かって一気に移動すると、高層ビルのひしめく東京都心や、世界中の様子が頭の中に吸い込まれていった、、、。「見る」というよりも、色やにおいや、音などのすべての様子がごちゃ混ぜになり、頭の中に「ボン」と入ってくるような感覚だった。


すると、おじいさんは僕の腰をポンポンと2回たたいてきた。

「これが君の80年後の未来だよ。」


その世界の様子は、すべてが新鮮でキラキラしていて、未来だと言われて素直に受け入れることができた。僕の想像していた未来とは少し違っていたが。


今月号雑誌で特集されていたリニアモーターカーは実用化されておらず、宇宙進出も大した進展無し、家政婦ロボットも無し、床を自動で這いまわる掃除機くらいしかなかった。車の自動運転や、カーナビゲーション、携帯電話には感心したが。いや、だからと言って残念な気分にはならなかった。正直言うと、僕のワクワクは爆発しそうで、最高の気分だった。


僕はおじいさんに聞いた。

「おじいさん、僕にこれを見せに来たの?なんで?」


「特に意味はないんだ。」

おじいさんはニコニコしながら答えた。


「えっ?」

僕はおじいさんの目を見た。


「でも面白いだろう?未来を見るってさ。」

「いや、もしかして見たくなかったかな。」


「ううん、最高に楽しかった。今までの人生で一番!」


「ははは、それは良かった。」

おじいさんは、再び本当にうれしそうに笑った。


僕は初対面の人と話すのは苦手だったが、不思議とおじいさんは話しやすかった。


「もしかして、未来の世界を僕に見せることで、僕が大人になった時に役立つようにしてくれたったの?」


「いや、そうか。確かにそういうこともあるかもしれないな。」

おじいさんは首を振った。


「いやいや。そういう難しい話じゃないんだ。とにかく、君の意識と共有したかっただけなんだ。」

「とにかく、ね。」


「それで僕は今、最高の気分なんだ。」

おじいさんは、また心からうれしそうな笑顔をした。


「じゃあ元気でな。」

おじいさんは、今度は僕の肩を三回たたいた。


すると、おじいさんの姿はだんだんと薄くなり、消えそうになった。

いきなりの展開に僕は驚き、僕は大きな声を出してしまった。


「ちょっと待って!」


まだ聞きたいことがたくさんあるんだ。僕はおじいさんに向かって手を伸ばした。

消えていく様子を見て、お腹がいたくなるような、体の深いところからの熱い悲しい気分を感じた。そして、僕の意識はふっと遠のいた___。



目を開けると僕は病院のベッドに横になっていた。

「ああ。そうか。」

なんだか、体の奥に詰まっていたものがスーっと抜け出たような快感を感じた。


自分が小学1年生のころ、夢の中で不思議なおじいさんに会った。それこそが何よりの証拠だったんだ。そのおじいさんの姿は、今の自分そのものだった。僕は白いガウンを着て、やせ細った自分の腕を眺めてそう確信した。


意識は過去に飛ぶすことができたんだ。有機物のタイムスリップは無理でも、無機物である意識は時空を超えられたってことか。まぶたがグーっと重くなり、僕はゆっくりと目を閉じた。



「先生、すぐに来てください。」

巡回していたナースが僕の様子に気づき、担当医がすぐにやってきた。


「ご臨終です、ね。」

担当医は僕の両目を確認すると、小さな声でつぶやいた。


「それにしても先ほどまで全く問題なかったのに、急変するなんて考えられませんね。」

言い訳をするように、看護師に話しかけていた。


やはり、時間旅行はタブーだったのか。時間旅行の実行は時空の歪みを生じさせるリスクがあり、できないようにフタがされてしまったのだろうか。


僕の意識は無機物となって、自分がベッドに横たわる姿を見下ろしながら、担当医や看護師の様子を眺めていた。


看護師が担当医に話しかけていた。


「この患者さんの『時間旅行』って小学生の時に書いたものなんでしょう。」

「当時は『預言が出現した』って盛り上がってたわね。あまりに詳細までがリアルで、とても小学生が思いつけるようなものじゃないって。」


「ああ。」

担当医はあまり興味がなさそうに相槌を打っていた。


「私も読んでびっくりしたもの。面白いかどうかは別として。で、実際に次々と世の中が追い付いていくって感じになったでしょう。」


でも、これじゃ足りなかったんだな、時間旅行を証明するには。

僕の本は確かにベストスラーになったが、フィクションとして捉えられてしまった。伝えたなかったことは未来の内容ではなく、なんで未来のことがわかったのかということだったのに。


が、それでよかったんだ、きっと。

僕の意識は1年生の自分へ、そして1年生の僕は今の僕になっていく。


僕はさっきの夢の中で、小さいころの自分に会って胸が一杯になった。

小学校1年生の僕には、キラキラの未来が詰まっていた。その様子を見て、僕は満足したんだ。


ただ繰り返されていくんだ。何も変わらずに、ずっと。

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時間旅行 usagi @unop7035

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