第9話 小さな反抗、あるいは犯行

「そ、それは……」


 守山が細く、切れてしまいそうな声を出す。戸惑いだろうか? 彼女の声音に浮かんだ感情を拾い上げることは叶わなかった。真正面に不快感を前面に押し出した少女がいたからだ。


「まさかと思うけど、先月のことは忘れちゃった?」


 高島は皮肉も言える。新しい発見だ。これが楽しい場面、もしくは他人事であれば愉快の日常の一ページに刻めただろう。だが、残念ながらこれは僕の身に起こったことで、楽しいとは到底言えない惨事になってしまった。早速前言を撤回して後悔したくなってきた。


「まさしく、まさかだ。忘れるはずがない」


 こちらも少し皮肉めいた口調になった。別に挑発する意図はなかったのだが、それによって彼女の沸点を超えてしまったようで、声が少し大きくなった。


「そ。なら佐和山君は私たちが受け入れるはずがないのも知っていたよね?」


 もちろん知っていた。今後ろで苦々し気な顔を浮かべている班員たちだって同じ思いだろう。


「だから、私たちはそれを受け入れない。不可能には挑まないし、同じ挫折もしない。それが私たちと安土さんの選択。そうだったはずだよ」


 安土さんというのは前任の班長である安土奏多さんのこと。高島に特訓を施した張本人であるが、なぜか高島からは感謝されている。


「これはすべての班員の総意か?」


 高島の後ろで班員たちが首を縦に振る。まあ、ここまでは想定通りだ。最悪の場合僕と守山の実質二人班状態になるが、ギリギリのところで班が機能すると考えている。恐ろしいほどの激務が予見できるが、必要経費だと割り切った。


 不意に、守山が口を開いた。数度、予行練習のように口を動かした後で紡がれるだろう言葉を全員が待った。


「私も同じ思いです」


 ともすれば秒針が刻む音に負けてしまいそうなほど小さな声で彼女は、守山沙奈は明確にNOを突き付けた。


 ああ、絶望したときって本当に目の前が真っ暗になるんだなあ。

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