第6話 守山のやる気

 いや、そんな話はどうだっていい。また、考え込んでしまった。しかし、手は無意識に動いていたようで教えるべきロープワークの見本を手早く作り上げていた。


ある程度慣れてくると、この結びを作ろうと思った時には具体的な手順を思い出す必要はなくなる。手が勝手に覚えた手順をリピートするのだ。なんだか機械じみてきた僕の手に戦慄しつつ、班員たちに練習しておくよう言った。


「指導の必要はありますか?」


 守山が問いかける。計画書にはそこまで書いていないため純粋な提案だろう。別に自分で仕事を増やさなくてもと思いつつ必要があるかどうか検討してみる。


 今回新しくボーイ隊に入ったスカウトはいない。みんな去年一年を生き抜いたベテランぞろいである。であれば基礎の基礎ともいえるロープワーク程度自分でどうとでもできるだろう。というかできなければ困る。主に僕の仕事量的な意味で。


「見ているだけでいい。どうしてもわからなさそうなスカウトは報告してくれ」


 そう言うと、少しささくれだった木製の椅子に腰かけた。


図工室とか技術室とかにありそうな直方体の形をした椅子である。先輩が作ったものらしいが、どう考えても三十年以上は使い込まれた年代物だ。


「わかりました」


 そう守山は言うと近くの椅子に腰かけると思いきや、目の前で立ったまま動かない。


 仁王立ちというにはやや華奢すぎるが、足を肩幅ほどに開いてしっかりと立っている。目はしっかりとこちらを向いていて、時々目が合う。え、なに? なんか用?


「どうした? まだ何か提案があるか?」


 とりあえず目の前に立たれっぱなしだと落ち着かないので声をかけてみる。もともと業務連絡以外で口を開くことの少ない守山はこういうイエスかノーで答えられない質問は苦手だ。しかし、推測して尋ねようにもあまりにも材料が少なすぎる。


「……! いえ、なんでも……」


 ぼーっとしていただけなんだろうか、守山は驚いたような素振りを一瞬見せるとそのまま隣の椅子に座った。


 驚いた素振りというのは目を少し見開いただけである。恐ろしく速い体制の立て直し、僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。


……とまでは言わないが、これが見分けられるのは幼少期からの戦友たちだけではなかろうか。学校ではどんな風に思われているんだろう、とか益体もないことを考えた。


 学校での彼女なんて関係ない。僕にとって守山は次長で、守山にとって僕は班長である。そこを超えた想像なんて気持ちが悪いだけだ。


 そんなことはわかっている。わかっているはずなのに、それ以上を求める自分の心を僕は否定しきれないこともまた、知っているのだ。


 僕がこれを言うことを、守山は許してくれるだろうか。


 きっと許してくれるのだろう。傷つきやすくて、同じくらい傷つけるのを嫌う彼女だ。


 だから、僕はこの集会に一言、告げるのだろう。すなわち、次こそは勝ちたいと。

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